月餅們(月餅たち)
中原恵一
月は無慈悲な夜の女王じゃないっ!
1. 月宮唐人街(月面中華街)
チャイニーズ・ディアスポラ——東南アジアからアメリカ、ヨーロッパまで、世界中に移住して巨万の富を築いた中国人たちが今や月面に進出し、そこに
「おい、月餅!」
分厚い耐圧ガラス越しに映るまん丸い地球をぼんやりと眺めている
「……その呼び方、やめてくれない?」
彼女は眉間に
「ほら、もうすぐ中秋節だろ?」
二〇五〇年の九月も半ばに差し掛かった頃、月面都市「
「地球の暦の話なんて、どうでもいいわ」
「それより、私が月餅なら、アンタなんて餃子よ」
彼女はフン、と毒づいた。
「そうかも」
「何分待ったと思ってるのよ」
「ごめんごめん。お昼ご飯、どうする?」
「私、今朝は
「いつも思うけど、そこは中国人なんだね」
彼らはしばし雑談に花を咲かせていたが、やがて
二人が付き合い出してから一年。途中、一時的に地球と月との超遠距離恋愛になったこともあったが、今でもなんとか続いている。
メインストリート沿いに立ち並ぶお店の幟には「蛋黄月餅」に「葱油月麺」などの文字が踊っていた。
フードコートにやってきた二人は、これまたお決まりのごとく中華料理を頼んだ。
買ったのは
「しっかし、20年で月面に人が暮らせるこんな立派な都市を建設するなんて、イカれてるよな」
盛況な
「もう少し、人道的なやり方をしてほしかったものね」
「まー、最初の入植者にとって月は金儲けの道具でしかなかったワケよ。月の土地が購入可能になってからはバブルとかもあったし」
「……そりゃあ、君たちからしてれみれば色々と複雑なんだろうけどさ」
申し訳程度に申し訳なさそうな顔する彼に、彼女はぴしゃりと一言。
「こんな空気も何もないマイナス二百度の砂漠の土地を買って何が楽しいの?」
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
「……まあ、私にとっては、ここが故郷なんだけど」
「『さぁさぁ、月餅たちの皆さん、今年も『中秋彩票』の季節がやって参りました! 今回の当選者は一体、誰なんだぁ〜?』」
突然、街頭テレビが特別番組を映し出した。
これは
当選者はなんと、地球に行くことができる。
「お、これこれ! 実は俺、
「お金の無駄だからやめたほうがいいよ。親戚みんなで今まで何百枚も買ったけど、当たった試しないから」
「『えー、それでは皆さんお待ちかねの当選番号を発表します。』」
続いて司会者の男が番号を読み上げた。
「『C397L!』」
この時、
「あー、これで三枚外れた!」
「ほら、言ったじゃない……」
しかし、
「あれ? 一枚だけ当たってない?」
「え、ホント?」
彼らが一喜一憂している間にも、次の番号が読み上げられる。
「『A179D!』」
「また当たってる!」
「ウソ?」
「『Q801E!』」
最後の番号が読み上げられた瞬間、二人は歓喜のあまり思わず立ち上がった。
「当たった……?」
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