25:壊れた心
ジョイは、隣国で生まれ育った。
ライナスの母である王妃――ローナは、その国の侯爵家の娘で、ジョイの母親が乳母を勤めていた。そのため、幼い頃から一緒に育った姉妹のような関係だ。
ローナには二つ違いの妹がおり、ローナと妹とジョイの三人で過ごすのが当たり前。とても仲良しの三人組だった。
このまま大きくなって、ローナと妹はそれぞれ幸せな結婚をし、自分はそんな二人の暮らす国を守る女騎士として活躍するのだと疑うこともなかった。
けれど、そんな平和は長く続かなかった。
王家による圧政にあえいだ一部の貴族による反乱が起こったのだ。その小さな火種はたちまち大きくなり、国全体を巻き込む内乱となってしまった。
ローナの父親である侯爵は、王家側の陣営に加わって、内乱をおさめようとした。しかし、王家は次第に不利な立場になっていく。そうして、誰が見ても、勝つ希望は見出せない状態になっていった。
状況の深刻さに気づいたローナの母親は、ライナスの家系が代々治める国に住む実の姉と連絡をとった。
公爵夫人であるその姉は、愛する妹の娘であるローナたちの保護を申し出てくれた。
間も無く、王家側として戦いに参加したために、侯爵と夫人は命を狙われることとなる。そして、二人の乗った馬車がとうとう襲われてしまった。
二人の死を悲しみ、弔う暇もないまま、ローナと妹、そして護衛として選ばれたジョイは国を後にすることとなった。
それから、ローナは生き残った自分をひどく責めた。誇りある侯爵家の娘として、父と母のように堂々と国のために命を散らすべきだったと言うのだ。妹とジョイは、二人でローナを慰めた。
亡くなった二人の分も生きて、幸せになろうと。
いつしか、ローナはそれを口癖のように繰り返すようになった。
その後、両親を亡くしたローナと妹は、養女として公爵家に引き取られることとなった。公爵夫人は亡くなった妹の娘たちを本当の娘のように可愛がってくれた。
ジョイも二人の使用人として働くことを許され、公爵邸に住むこととなった。
次第に明るさを取り戻していくローナは、特に妹を大切にした。血のつながった大切な家族として、それまで以上に世話を焼くようになった。
もちろん妹も姉を大切に思っていた。ジョイも今度こそ、二人が幸せになれると安心していた。
しかし、ローナのデビュタントの年、妹が倒れた。ただの風邪との診断だったが、一向に症状が良くならない。手を尽くしたものの、体力がだんだんと落ちていき、食事が取れなくなり、ローナに見守られながら亡くなった。
大切な人の死を相次いで体験し、ローナは狂いそうな悲しみに襲われた。ぼろぼろと泣く彼女をジョイは抱きしめる。
「ジョイ、私、父様や母様、あの子の分まで生きるわ」
「はい、いつまでも私がお支えします」
「……あのひとたちが死んでしまったから
私は生きるの」
「ローナ?」
「そうでしょう?
私も本当は一緒に今すぐいなくなりたいわ
けれど、死んでしまったみんなの代わりに
私が生きて幸せにならなければ」
「……ローナ!」
「ふふふ、ねえ、ジョイ、
みんなが亡くなったから今、
私は生きているって強く感じるのよ
生きるって素晴らしいわね」
ローナの瞳はジョイを映さず、虚に光っていた。その日、ローナは壊れてしまったのだ。大切な家族がみな死んだことによって。
この時に、ジョイはローナをその手で楽にさせてあげるべきだった。けれど、ジョイにとってはローナこそ生きる意味、たった一人の大切な人だった。そんなことができるはずもない。
その日から、ローナは必死で自分を磨いた。そして、見事、舞踏会で今の国王――ライナスの父親にみそめられ、ジョイと共に王宮へ移り住むこととなった。
数年後、二人の王子をもうけて、幸せな日々が続いていた。ジョイは安堵した。やっと王妃は幸せになれた。これまでの努力が報われたのだ。
しかし、ある日、何気なく王妃にかけられた言葉にそんなことはなかったと思い知らされることとなる。
「ねえ、ジョイ。また誰かが死ねば、生きているって感じられるのかしら。生きてと言ってもらえるのかしら」
「ローナ様……」
「誰でもいいわけではないの。大切な人でなければ。……ライナスなんて適任ね」
「王子を……!? 私では駄目なのですか?」
「あなたではダメよ、ジョイ。あなたは私と一緒に生き続けるのよ」
ジョイは苦しむ王妃にどんな言葉をかければいいのか分からなかった。なぜなら、ジョイにはもう、自分から悲しみを増やそうとしている王妃の気持ちは理解できなかったから。きっと誰にも壊れてしまった王妃の気持ちは理解できない。
だから、せめて王妃の願いは叶えてやりたいと思った。それで彼女が自分をそばに置いてこれからも一緒に生き続けてくれるなら。
一方で、叶えたくない気持ちもあった。叶えたが最後、彼女の心がさらに壊れてしまうことは目に見えているから。もうこれ以上、彼女の悲しみを増やしたくない。
この期に及んでもジョイは、そんな相反する想いを抱え、悩み続けていた。どんな結末であろうと、私だけはローナの傍にいよう。
話し聞かせている途中で意識を失ったエルシーを一瞥し、部屋を後にした。
◇
「エルシーは元気そうね」
階段を上って、王妃の部屋に顔を出すと、もう夜も遅いというのに王妃はゆったりと椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「はい。もう一度寝かせました」
「そう。いつ、あなたはライナスの元へ行くのかしら?」
「お嬢様は知らないふりをしていましたが、おそらく厄介なスキル持ちは彼女でしょう。これで、王子を助ける者は排除できました。式典中の油断している時を狙うつもりです」
「では、もうすぐ聞けるのね。あの言葉を」
ジョイは外してあった床を元に戻して、カーペットを被せた。
王妃が手招く。すぐにジョイは側へと寄ってかしずき、王妃の手をとった。王妃はいつもの柔らかい笑顔も浮かべず無表情で、ジョイを見つめる。
「あなたの手で、私に生きている実感を頂戴ね。そして、これからも共に生きて」
「もちろんです、ローナ様」
冷たいその手に口付けを落として、ジョイは頷いた。
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