22:確信
任命式が明後日に迫っていた。エルシーは、午前中はいつも通りの講義を受けて、午後は儀式での振る舞い、流れなどの最終チェックを終わらせた。
「明日は、午前中に衣装をもう一度合わせて最終調整、また、午後はライナス王子殿下と来賓のお出迎えをしていただきまして、当日となります」
王城でもう何年も働いているベテランの執事からの説明にエルシーは頷いた。
「ですので、明日は講義はございません」
「わかりました」
「何か聞いておきたいことはございますか?」
「……特にありません」
「それでは、私はこれで退室させていただきます」
執事が部屋を出ていったのを見届けて、エルシーは思案する。ライナスに関する事件は何も解決していないことを。本当に明後日までに解決するのだろうか。
ライナスを信じる気持ちの方が強いが、一抹の不安を感じながら、いつも通り資料室に向かおうと立ち上がった。
「失礼致します」
そこへ、使用人が一人ノックをして部屋に入ってきた。そして、護衛を兼ねているエルシーの使用人に話しかける。どうしたのかと見ていると、部屋に入ってきた使用人がエルシーを振り返った。
「お嬢様、明後日のことで王妃陛下がお呼びでございます。ここからは、私が護衛を兼ねてご案内させていただきます」
「突然ですね……」
「王妃陛下もお忙しくしておいでで、やっと時間が取れたとおっしゃっておりました」
王妃も式典にはもちろん参加する。ライナスの母親として役割があり、忙しいのだろうと予想できた。
ただ、王妃がエルシーに話したいことというのが、皆目見当もつかない。エルシーの知らないことで王妃から伝えなければいけないことがあるのかもしれない。
「もし、ご都合が悪ければ出直しますが……」
「いえ、王妃陛下のお申し出を断るわけにはまいりません。行きますわ」
使用人の後について、エルシーは王妃の元へ向かう。
着いた先は、以前訪れたサロンではなく、王妃の私室だった。まさか、私室に呼ばれるとは考えていなかったエルシーは驚いてしまう。
使用人に促され、部屋に入ると、サロンのように緑があふれた広く美しい部屋が目に入った。
「いらっしゃい、エルシー。待っていたわ」
ソファにゆったりと腰掛けた王妃が、席を勧めながら微笑む。
「お待たせいたしました。王妃陛下」
「いいえ、忙しいのに急に呼び立ててごめんなさい」
勧められたソファに腰掛けると、ジョイが王妃とエルシーにお茶を出してくれる。王妃が口をつけたの見て、エルシーもお茶を飲んだ。
「明後日のことで、何か心配なことはない? 困っていることとか……」
「いえ、特にはございません。心配してくださったのですね」
「ええ、もちろん。婚約者となってから、初めての大きな式典ですもの。緊張やプレッシャーは避けては通れないでしょう」
「そうですね……。お気遣い、ありがとうございます」
王妃も国王のもとに嫁ぐ時、同じように緊張やプレッシャーを感じたのだろう。温かい心遣いに、エルシーは微笑んだ。王妃も微笑み返して、すぐに悲しそうな表情になる。
「ねえ、エルシー。私は心配なのよ。きっとライナスの件は解決しないまま、おそらく当日を迎えてしまうと思う。あなたは、不安ではない?」
「それは……」
「このまま、婚約者でいれば、あなたも巻き込まれてしまうかもしれないのよ」
エルシーは思わず口籠もる。
「もし、エルシーが少しでも怖いと思っているのなら、候補から外すことを私から進言することもできるわ」
婚約者候補を外れる。王妃からの申し出に、エルシーは無意識に首を横に振っていた。
初めの印象は、本当に最悪だった。半ば脅される形で仲間に引き入れられ、仮初の婚約者として振る舞うことになり、早く解放してほしいと、確かにそう思っていた。
けれど、スキルを使うことに怯えるエルシーを理解して、まだ具合が良くなりきっていないのにスキルを使ってまで慰めてくれた。一人にしない、自分を頼れと。本当に救われた気がした。
他にも、ほぼ毎日ライナスは自分の時間を使って、エルシーを手伝ってくれた。その知識の豊富さ、真面目さは尊敬に値するもので。
エルシーの質問に答えてくれるその横顔を気付かれないように時々盗み見る時間が楽しみだった。目が合えばいいと思う気持ちと、気付かないでほしい気持ちがいつも交錯していた。
王妃に尋ねられる前から、もうずっと本当の気持ちに気づいていた。でも、認めたくなかった。だって、この事件が解決すれば、契約通りにエルシーは解放されるから。自分で決めたことなのに、それで悲しむ自分を見たくなかった。
けれど、エルシーは、ライナスのことを大切にしたいと、自分が傍でこれから先も支えていきたいと願ってしまったのだ。
臣下としてではなく、一人の女性として。たとえ、期限がもう、すぐそこだとしても。
エルシーはまっすぐ王妃を見つめた。
「私は、心からライナス殿下をお傍で助け、支えて差し上げたいと思っております」
ライナスに恋をしている。はっきりと、エルシーが自覚した時、彼の青い目と笑顔が脳裏をよぎって、胸の鼓動を痛いくらいに鳴らした。
「……そう。あの子を大切に思ってくれているのね。ありがとう。それじゃあ、お話はおしまいよ」
王妃が優しく微笑む。
エルシーは退室しようと立ち上がると、強い立ちくらみに襲われた。
「あれ……?」
「……エルシー? 大丈夫? 疲れが出たのかしら……?」
王妃が心配する声が聞こえるが、急に頭がぼーっとして、考えがまとまらない。そのまま、エルシーの意識は闇に呑まれた。
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