第36話 お財布
「よぉ、坊主。ちょっといいか?」
冒険者登録を終えてギルドを出ようとした俺たちの行手を阻んだのは、左手に酒瓶を持ち、腰には新しい剣を下げた三人の男たちで、彼らは酔っているの顔を赤くしながらニタニタと下卑た笑みを浮かべていた。
(来たな。俺の財布)
それに対し、この状況を待ち望んでいた俺も思わずニヤリと笑ってしまうが、男たちはそれが気に障ったのか、瞳の奥に怒りの感情が見えてくる。
「なんで笑ってやがんだぁ?」
「頭おかしいのか?」
「それとも状況がわかってないのか?坊主」
「あはは。状況って何のことだ?」
男たちは自分たちが強く出れば俺たちが怯むとでも思っていたのか、俺が笑ったことで呆気に取られたような表情へと変わる。
「その状況と言うのが、お前たちが俺たちの道を塞いでいる事を指すのなら、それは気にするほどのことでも無いな」
「なんだと!!」
「お前たちは一々気にするのか?道端に落ちてる小さな小石を。人目のつかないところに生えている雑草をさ」
「俺たちをそれだと言いてぇのか!」
「察しが悪いなぁ。第一、こんな昼間から依頼も受けずに飲んだくれて威張り散らしてる奴らを、今も命懸けで戦ってる他の冒険者と同じ目で見ろってのが無理な話だ。お前もそう思うよな?ルシル」
「そうですね。登録したばかりの冒険者にしか威張ることのできないそのちんけなプライドは、道端に落ちてる小石にすら及ばないほど小さく醜いですね」
「こんの!小娘どもが!もう許さねぇ!!」
真ん中にいた男は大声で怒鳴ると、左手に持っていた空の酒瓶を掲げ、馬鹿正直に正面から突っ込んでくる。
「はは!酒瓶も立派な武器だよなぁ!」
「かはっ?!」
「な!?」
「は?!」
俺はその時を待っていたとでも言わんばかりに振り下ろされた酒瓶を避けると、下から男の顎を掌底でかち上げ、後ろに後退したところに容赦なく側頭部目掛けて回し蹴りを食らわす。
男は床に思い切り叩きつけられると、そのまま呆気なく意識を手放した。
「さて、まず一人」
「い、いや、まて!俺たちがわる……」
俺が謝罪をしようとした男の口を手で押さえて黙らせると、エレナももう一人の男の背後へと回り込み、鞘付きの短剣を口へと突っ込んだ。
「ダメだぞ。それ以上言ったら、今度は俺たちが悪者になっちまう」
「残念ですが、すでにあなたたちに発言権はありません」
「んぐぐ!」
「んご!んごご!!」
「そうかそうか。お前らの装備と金を全部くれるんだな」
「嬉しいですね。おかげでイグニスさんと二人で良い宿に泊まれそうです」
「んん!んんんん!!」
「んじゃ、これに懲りたらちゃんと働くんだな」
俺はそう言って〈毒の王〉を使用すると、睡眠薬を生成して男を眠らせ、エレナはもう一本の短剣を取り出して雷を纏わせると、その雷撃で男を気絶させた。
「さてさて。それじゃ、金と装備を全ていただきますか」
「お手伝いしますね」
そして、俺たちは男たちの装備と金を全て奪うと、それをカバンへとしまい、すっかり静かになってしまったギルド内へと意識を向ける。
「受付のお姉さん」
「は、はい」
「これ、俺たちの正当防衛が成立しますよね?最初に手を出してきたのは向こうですし、酒瓶も人を殴ればダメージを与えられますから。なので、こいつらの金や装備を持って行っても何の罪もありませんよね?」
「そ、それはもちろんです。規定では、最初に攻撃を仕掛けた者に全ての責任があり、攻撃をされた側には自身の身を守るための反撃と、慰謝料としてお金や装備を持っていく権利があります。しかし、その……最後の方はやり過ぎと言いますか、降参しようとしていたような……」
俺たちの担当をしてくれた女性は、若干引き攣った表情でそう言うが、俺はそんな彼女に対して笑顔で言葉を返す。
「降参なんてしてましたか?」
「え?あの……」
「してませんよね?少なくとも、俺には彼らがその言葉を口にしたという記憶はありませんが」
「で、ですが……」
「私も残念ながら聞いていませんね。仮に聞いていればすぐに止めたのですが、さすがは先輩冒険者とでも言うべきなのでしょうか。自分たちの行動に誇りを持っているからか、そんな情けない言葉は最後まで口にしませんでしたね」
俺たちのあまりの態度に困惑を隠せない受付の女性は、どうしたら良いのかと視線を彷徨わせているが、残念ながらこの場にいる人たちは関わりたく無いらしく、全員が視線を逸らす。
「わ、わかりました。私も降参する言葉は聞いておりませんので、何も問題ありません。規定通り、そちらのお金と装備は慰謝料としてお待ちください」
この場に自身の味方がいないと悟った女性は、目元に僅かな涙を浮かべながら、それでもプロとしての意地なのか笑顔でそう言ってくれた。
「ありがとうございます。でも、お姉さんにも迷惑をかけてしまったので、お詫びとしてこれを受け取ってください」
俺はそう言って男たちから回収した袋から金を少し取り出すと、それを女性へと渡す。
「ありがとうございます!また是非いらしてください!」
彼女は何とも現金なもので、お金を貰うとたちまち笑顔になり、俺たちのことを手を振って見送ってくれた。
あの状況を見ていた他の冒険者たちは、俺たちと関わることがやばいと感じたのか、入ってきた時とは違い誰一人として俺たちのことを見ようとはしなかった。
その後、冒険者ギルドを出た俺たちは、街をしばらく見て回ったあと、そこそこ良い宿屋で部屋を借り、その日は早めに休むのであった。
それからしばらく経ち、ナシュタリカの街に来てから早くも一週間が経った。
この一週間は依頼を受けながらたまに絡んでくる冒険者を倒してお金を稼ぎ、それ以外は初めてみる大きな街の雰囲気を楽しみながら飽きない日々を過ごしていた。
(まぁ、初めてみる大きな街っていうのが自分の生まれた領地ってのも変な話だけどな)
ナシュタリカの街で一週間過ごして分かったことだが、どうやらファルメノ公爵家の長男ノア・ファルメノは、俺の予想通り死んだことになっているらしい。
しかも、犯人は貧民街にいた男性で、動機はお金が欲しかったからというありきたりな理由によるものだった。
すでにその犯人は処刑されており、公爵家の元家族たちは俺が死んだことで悲しんでいるらしく、その家族愛に同情する人たちがかなりいるそうだ。
「ほんと、気持ち悪い奴らだな」
あのクズ共が俺の死を悲しむなんてことがあるはずも無く、寧ろ殺そうとしてきたのはあいつら自身であるにも関わらず、それを上手く利用して周囲から同情されているこの状況が気持ち悪くて仕方がない。
なので俺は、ノア・ファルメノがまだ生きている可能性があるということをあいつらに教えてやるため、一週間経ったこの日に予定していたことを行動に移すことに決めた。
本来であれば、死んだことを利用して見つからないように逃げるのが得策だが、俺は逃げることが嫌いだ。
俺がこの世界で最強になると決めた時点で、逃げるなんて選択肢は俺の頭の中には無く、さらに言えば、奴らの都合の良いように動いているこの状況が非常に不愉快で仕方がなかった。
という訳で、俺は自身を殺しに来たゲイシルたちの死体をお届けするため、公爵家へと忍び込むことに決めたのである。
「ノア様。無事に帰ってきてくださいね」
「ありがとう。まぁ、死体を置いて帰ってくるだけだからな、すぐに戻ってくるよ」
今回は時間をあまりかけたくないため、俺一人で公爵邸へと潜入することに決め、エレナは宿屋で待機することになった。
二人で行くと人に見つかる確率が高くなるし、何より死体を置いてくるだけなので、エレナを連れて行く意味も無いからである。
「それじゃあ行ってくる」
「はい」
こうして俺は、〈影法師〉のスキルを使って自身の影に潜り込むと、公爵邸へと向かって移動するのであった。
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