第23話 残滅卿
南側の入り口にいた暗殺者を始末した後、今度は北側にある入り口を見張っている暗殺者のもとへとやってくる。
(こっちも変わらず一人だな)
念の為建物の影に影移動で移動した後、町全体を気配感知で調べると、リーダーの男も他の二人も変わらず同じ場所にいるようだった。
(さて。サクッとやりますか)
前回と同じように影移動で暗殺者の背後に移動すると、騒がれる前に手で口を塞ぎ、右手に持った短剣で首を切り裂く。
暗殺者は力無く地面に倒れて息絶えたので、悪喰のスキルを使って取り込むが、残念ながら今回はスキルは手に入らなかった。
「残念。今回はスキル無しか」
『仕方ありません。本来は確率が低いですからね。前回は運が良かっただけです』
「だな。高望みするのは良くない。手に入ったら運が良かったと思うくらいが丁度良いか」
仮にスキルが貰えることを想定して戦えば、貰えなかった時に不利になる可能性があるし、何より貰えなかった時にガッカリしなくて済む。
「んじゃ、一度宿屋に戻ってエレナと合流するか」
エレナとの事前の話し合いでは、俺が最初に影移動を使って入り口にいる暗殺者たちを始末し、それが終わったら宿屋で合流することになっていた。
なので、俺はまた影移動のスキルを使うと、誰にも気づかれることなく宿屋へと戻るのであった。
「ノア様遅いですねー。生きているのでしょうか」
「残念だが生きてるぞ?」
「はわっ?!の、ノア様!!」
宿屋にある部屋へと影移動で戻ってくると、ベッドに横になりながら足をパタパタさせていたエレナがおり、俺が声をかけると驚いた様子で飛び起きる。
「俺が生きててガッカリしたか?」
「ま、まさか聞いていらっしゃったのですか?」
「生きているのかって話ならな」
「そ、そうですか……そこだけなら問題なさそうですね」
「何か言ったか?」
「いえ!何も言ってません!」
「そうか」
最後の方はエレナが小声で呟いていたためよく聞こえなかったが、特に気になるわけでもなかったため聞き返さなかった。
「それで、暗殺者たちの方はどうなりましたか?」
「問題ない。予定通り入り口の二人は殺してきた。あとは宿を見張ってる二人とリーダーの男だけだな。ただ、向こうも気配感知は使えるだろうから、早めに行動した方がいいだろう」
常時展開している気配感知には今のところ動きはないが、それでも向こうも暗殺のプロだ。気配感知を使われれば他の奴らが死んだことには気付かれるだろうし、寧ろ今現在まで気づかれていないことの方が幸運だと言える。
「いや、待て。幸運……?寧ろ運が良すぎないか?相手は三殺卿の一人だぞ。まさか……」
俺は一つの可能性に気づいた瞬間、急いで気配感知から魔力感知へとスキルを切り替えると、なりふり構わず声を出す。
「エレナ!短剣を持って窓の外に飛び出せ!!」
「ど、どうしたんですか?」
「早くしろ!!……くっ!!!」
「きゃ!!ノア様!!!」
エレナがいつも枕元に置いている短剣を手に持って窓から飛び出した瞬間、部屋の中の影が揺らめき、そこから拳が打ち出される。
俺は何とか腕をクロスして受け止めるが、身体強化を使う余裕がなかったため、そのまま壁をぶち抜いて外へと放り出された。
何とか空中で体勢を立て直し地面に着地すると、穴の空いた宿屋の壁からこちらを見下ろす暗殺者の姿があった。
「あぁん?気付かれちまったかぁ……面倒だなぁ。今の一撃で死んでおけよなぁ」
気怠げな声と共に姿を現したのは、漆黒のローブに身を隠し、深くフードを被っていることで顔は見えないが、声と背丈からは彼が男であることが窺える。
「あ、あの人はまさか…三殺卿、『残滅のゲイシル』!?」
「あぁん?俺のこと知ってるのか?面倒だなぁ」
残滅のゲイシル。三殺卿にはそれぞれ特技があり、スキルと技術のみで完璧な暗殺をする『神技のレンドリグ』。隠密性に秀でており、例え人混みの中でも誰にも気づかれることなく対象を殺すことができる『必黙のマーマリー』。そしてどんな技を使っているのかは知られていないが、殺した相手は死体はおろか髪の毛一本すら残らないと言われる『残滅のゲイシル』。
(よりによってゲイシルか。運が悪いなくそ)
技のみで暗殺をしてくるレンドリグや隠密を得意とするマーマリーも厄介だが、一番厄介なのは今目の前にいるこの男、ゲイシルである。
三殺卿はみんなそれぞれユニークスキルを持っているが、ゲイシルの所持しているユニークスキルは〈
しかも、それはただの毒ではなくありとあらゆる毒を自身の体内で生成し、さらに自由に合成して新しい毒を作ることも可能なヤバいスキルなのである。
俺も一応は毒耐性のスキルを所持しているが、通常のスキルはユニークスキルよりもランクが下であり効果が薄くなるのと、毒耐性のスキルは通常の毒に耐えられるだけのスキルなので、毒の王のスキルによって作られた新しい毒にはほとんど効果がない。
精々、死ぬまでの苦しむ時間が伸びるだけだ。
何故俺がここまでゲイシルのスキルについて詳しいのかといえば、それはゲームの時にあいつと戦ったことがあるからだった。
一般的には三殺卿のユニークスキルは知られていないが、ゲームのストーリーで公爵家と戦うことになった際、必然的に三殺卿とも戦わなければならなかった。
その時にゲイシルとも戦ったわけだが、毒耐性を持っていたにも関わらず俺たちは何度もあいつの毒による継続ダメージによって敗北し、そして命を失ってきた。
しかも戦闘後も通常の回復魔法では治すことが出来ず、エリクサーという万能薬か、勇者の仲間である聖女の回復魔法でなければ治らない。
だからゲームの時は必ず聖女をパーティに入れて挑む必要があった訳だが、今回はその聖女が側にはいない。
つまり、奴の毒を食らえば待つのは死のみであるが、残念ながらあいつを相手に毒を食らわず勝利できるほど俺はまだ強くはなかった。
(はぁ。魔皇に会うまで死ぬつもりはないんだけどなぁ。自由に生きさせてくれるって割には、これはハードすぎるんじゃないですかね)
「お前どうやって俺に気づいたぁ?確かお前は雑魚だって聞いてたんだけどなぁ?さっきの動きからして、そっちの女が最初に気づいた感じもしないしなぁ。気づいたのお前だよなぁ?俺の部下を殺したのもお前かぁ?教えてくれよ…なぁ」
独特な喋り方で話しかけてくるゲイシルは、穴の空いた壁の縁に座ると、組んだ足に肘をつき、頬に手を当てながら見下ろしてくる。
「質問が多い奴だな。俺がどうやって気づいたかなんてどうでもいいだろう?それに、仮に俺がお前の部下を殺したからって何だっていうんだ?まさか、暗殺者なのに部下の仇を〜とか言い出す気か?」
「あはは。お前面白いなぁ。確かにお前の言う通り、お前が俺にどうやって気づいたなんてどうでもいいことだなぁ。それに、部下なんて言ってもほとんど関わったことのない奴らだぁ。死んでも何とも思わないんだよなぁ」
ゲイシルは何が面白いのかは分からないが、そう言ってまた笑い出す。
実際、俺が奴の動きに気づけたのは、気配感知ではなく魔力感知を使ったおかげだった。
暗殺者のスキルには身代わりというスキルがあり、このスキルは死体に自身の魔力を流し込むことで、その死体を自分と同じ気配を放つ身代わりにできるという効果を持つ。
ただし、身代わりとして使うものは死体であること、そして使うものが死体であるため、自分の魔力を溜めさせることができないという二つの欠点がある。
だから俺が気配感知で調べた時はゲイシルが動いていないように認識してしまっていたが、実際のそれは身代わりであり、魔力感知で調べるとその気配がある場所からは魔力を感じることができず、本体がこちらに向かっていることに気づけたのだ。
「お前面白いから殺すのもったいないけど、これも任務だからなぁ。殺さないと俺が殺されるし、何より殺しは楽しいからなぁ。お前らもそう思うだろぉ?」
ゲイシルがそう呼びかけると、建物の影と屋根の上から二人の暗殺者が現れ、俺とエレナを囲むようにして、ゲイシルを頂点とした三角形を作り出す。
「ノア様…」
「エレナ。最後の確認だが、お前はどっちにつく」
「え?」
「ここで命乞いか俺に脅されたとでも言えば、もしかしたらお前は助かるかもしれないぞ?」
確率としては低いだろうが、彼女が必死で言い訳をして命乞いをすれば、エレナだけは助かる可能性もある。
これから俺は、命を賭けて全力で勝ちに行かなければならない。
そんな状況で背後からも仲間に狙われるようでは面倒なので、ここで彼女がどうするのかを聞くことにした。
「私はノア様についていきます」
エレナは少しも迷った様子を見せることなく即答すると、俺が渡した短剣を構え、二人の暗殺者を見据える。
「いいんだな」
「はい。私がここで命乞いをしたとしても、助かるかはわかりませんからね。それに、私はノア様にどこまでもついていくと決めましたから。例えここで死ぬのだとしても、あなたのお側にいます。私はノア様のワンコですから」
「ふはは。そうか。そうだな、お前は俺のワンコだ。なら、負け犬じゃなく猟犬としてあいつらの首を噛み切ってやれ」
「了解です。後ろの二人は任せてください」
エレナはそう言って後ろにいる暗殺者たちのもとへ駆けていくと、俺の邪魔にならないよう上手く立ち回りながら戦闘を始める。
「いい忠誠心だなぁ、彼女。あんな犬、俺も欲しいなぁ」
「残念だがあれは俺のだ。それに、お前にあげたところで飼い主がすぐに死んだら野良犬になっちまうだろ?」
「あはははは。そうか…そうだなぁ。なら、お前を殺して野良犬になったら、俺がもらって虐めて虐めて虐め尽くして、最後は最高の絶望と一緒に殺してあげようかなぁ。でもその前に、お前も虐め殺してやるよぉ。お前の泣き叫ぶ声、俺に聞かせてくれぇ」
「存分に聞かせてやるよ。お前の泣き叫ぶ声をな」
ゲイシルはフードの端から見える口元をニタァと歪ませると、音もなく地面へと降り立つのであった。
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