第14話 成長

「そもそもですが、人族から魔族になる事は可能なのですか?」


 しばらく沈黙が続いた後、エレナはそこが気になると言った様子で尋ねてきた。


「可能だぞ。一般には知られていないが、二十種類の魔物を千体以上食べれば魔族に進化する資格を得られる。その後、種族進化の儀をすれば魔族になれるって訳だ」


「そうなんですね。ですが、食べればいいだけなら、なにも生で食べなくてもいいのでは?」


「それが条件があるらしくてな。生肉を未調理の状態で食べないと意味がないらしいんだ」


「何故ですか?」


 俺はエレナの質問に対し、公爵領を出たばかりの頃にレシアから聞いた話を思い返しながら彼女にも説明をする。


「魔物とは、悪魔たちが住んでいる世界。つまり魔界にある魔気を動物が大量に摂取したことで魔物になったものらしい。そして魔族も同様に、その魔気を体に取り入れて進化することで魔族になるんだ。だから、人間から魔族になるためにはその魔気を自身の体内に入れないといけない訳だが、空気中にある魔気の量はそこまで多くはない。だから、魔気によって体が汚染された魔物を食べることで、体の中に魔物の血と魔気を入れる必要があるって訳だ」


「だから生で食べる必要があると?」


「その通り。焼いたり蒸したりしてしまうと、魔気が魔物の体から抜けてしまい、ただの肉になってしまうから意味がない」


「理屈はわかりました。ですが、その説明だとおかしくはありませんか?空気中に存在する魔気が少ないのであれば、どこから魔物が生まれたのですか?それに、魔族に進化するとは?」


 エレナの疑問は尤もで、俺もこの説明を初めてレシアから聞かされた時は同じ質問をしたが、世界の管理者のレベルが低いという理由で答えを教えてくれることはなかった。


「俺も詳しくはまだわからないが、確か聖典の一節には大昔に魔界から悪魔たちが攻めてきたということが記されている。その時から魔族や魔物も発見されるようになったらしいから、おそらく悪魔が攻めてきた時に大量の魔気がこの世界に広がり、魔族や魔物が生まれたんだろうな」


「待ってください。その話が本当なら、魔族は元々普通の人間だったということですか?」


「そうなるな。まぁ、動物が魔物になるんだから、人間が魔族になっても不思議ではない」


「ですが、もう一つ疑問があります。魔族や魔物が元は普通の人間や動物であったのなら、今も減らずに増え続けている理由は何なのですか?」


「そりゃあ魔族は魔族、魔物は魔物で子孫を繁栄させてきたからだろ。同じ人間だったとはいえ、自分たちと違う種族になったものを人間たちは嫌う。だから魔族たちは今の魔大陸へと移り、そこで独自の繁栄をしてきたんだろうな。魔物だって、魔気が発生した当時の方が得られる魔気が多かった分強かったはずだ。その時に繁殖していたのなら、今の魔物の多さにも頷ける」


「なるほど…」


 実際のところ、俺自身も何故今も尚魔物が増え続けているのかは分からないが、俺にとってはどうでも良いことだし、俺が魔族になれるのならせいぜい糧になってもらうだけだ。


「まぁ、そういうことで、俺は魔族になるために魔物を食べなければならない訳だ」


「そこまでして、その女性にお会いしたいのですか?」


「あぁ。彼女は俺の全てだからな」


「そうなんですね。ではお相手の方も…」


「さぁ、それはどうかな。向こうは俺に会ったことすらないし」


「……え?」


「ん?」


 エレナはしばらく間を空けたあと、まるで言葉が理解できないといった様子で俺のことを見てくる。


「あの、聞き間違いでしょうか。今…お会いしたことがないと…」


「合ってるぞ?ちゃんと会ったことは一度もない」


「こ…」


「こ?」


「怖い怖い怖い。会ったことないって…え、本気で言ってますか?」


「本気だが。なんでそんなに震えてるんだ?」


「いや、そんな話を聞かされたら普通に震えますよ。怖いですもん。一度も会ったことがない人に、大切だとか俺の全てだとか言われたら誰だって恐怖で震えます」


「そうなのか」


 俺は未だ人の感情というものがよく分からず、エレナの気持ちに共感することはできないが、一般的に考えればそういうものらしい。


「けど事実なんだよなぁ。まぁ、この話はこれで終わりにしよう。そろそろ次の魔物を探さないとな」


「はぁ。私はもう精神的に疲れてしまいました」


「あはは。お疲れ様。そんなエレナに朗報だ。次の獲物が来たぞ」


 俺は疲れ切った表情のエレナに笑い掛けると、タイミングよくゴブリンの群れが現れ、俺たちは武器を構えて再び戦闘を始めるのであった。





 双子の森で魔物狩りを始めてから三ヶ月。今のところ暗殺者たちからの襲撃もなく、俺たちは順調にレベル上げと戦闘技術を磨くことに力を入れていた。


「エレナ!」


「任せてください!」


 この三ヶ月間、俺たちは毎日のように森に入っていたおかげで連携もかなり取れるようになり、今では指示を出さなくともお互いにカバーし合えるようになった。


「ふぅ。オーガもだいぶ楽に倒せるようになったな」


「ノア様。こちらオーガのお肉になります」


「あぁ。ありがとう」


 エレナはオーガを解体して肉を二人分持ってくると、片方を俺に渡し、残った方は彼女自身が食べる。


「はぁ。もう魔物のお肉を食べても、なにも感じなくなってしまいました」


「それには同感だな。俺もすっかり慣れてしまったよ」


 三ヶ月の間で大きく変わったことの一つは、エレナも俺と一緒に魔族になることを目指すようになったことだ。


 最初は俺が魔大陸に行くまでの間だけ行動を共にする予定だったのだが、どういう心境の変化か魔大陸までついてくることにしたようだ。


 それからは彼女も嫌がりながらも魔物の肉を食べるようになり、今では二人とも味覚がやられたのか何も感じなくなってしまった。


 次に変わったのはステータスで、レベルやスキルもかなり増やすことができた。


※※※※※


【名前】ノア

【年齢】12歳

【種族】人族

【職業】魔法剣士

【レベル】48


【スキル】

〈剣術(レベル1)〉〈刀術(レベル4)〉〈弓術(レベル2)〉〈短剣術(レベル2)〉〈体術(レベル3)〉〈気配感知(レベル5)〉〈魔力感知(レベル4)〉〈身体強化(レベル5)〉〈毒耐性(レベル3)〉〈疲労回復(レベル2)〉〈疲労軽減(レベル2)〉〈縮地(レベル5)〉〈魔力操作(レベル3)〉〈詠唱無効〉〈隠密(レベル2)〉〈遠見(レベル2)〉


【魔法】

〈火魔法〈レベル1〉〉〈水魔法(レベル2)〉〈風魔法(レベル3)〉〈土魔法(レベル2)〉〈雷魔法(レベル3)〉〈氷魔法(レベル1)〉


【ギフト】(隠蔽状態)

世界の管理者アカシック・レコード(レベル1)〉〈神眼(レベル1)〉〈成長速度上昇(レベル2)〉〈完全記憶(レベル1)〉〈成長限界突破〉〈スキル獲得制限無効(レベル2)〉


【称号】

世界を救いし者

元主人公


※※※※※


 レベルは48まで上がり、成長速度上昇のギフトのレベルも上がって獲得経験値も1.3倍になりはしたが、それでも最近ではレベルが上がりにくく、少し伸び悩んでいる状態だ。


 スキルの方は刀以外にも弓や短剣を使って戦闘をすることが多く、気づいたらスキルを獲得することができていた。


 そして、一番大きいのはやはり六属性魔法のスキルを手に入れたことだろう。


 魔法は基本魔法の火・水・風・土の四属性に加え、元素魔法と呼ばれる雷と氷を習得することができたが、通常であれば魔導士の職業を授かっていなければ覚えることはできない。


 しかし、俺にはスキル獲得制限無効のギフトがあり、さらにギフトのレベルが上がったことで獲得率が6%になったおかげで、本来なら二属性の魔法しか覚えられない魔法剣士であるにも関わらず、六属性の魔法を覚えることができた。


 魔法を覚えるには、本来であれば覚えたい属性の魔法について書かれた技術書を読む必要があり、その内容を理解することで魔法のスキルを獲得することができる。


 しかし、覚えると言っても書かれている内容は魔力の使い方、変質のやり方、その魔法がどのように発動し、どんな効果を齎すのかを長々と書かれているだけで、要は魔力の使い方とその魔法がどのような効果や攻撃を可能とするのかを理解し、イメージできれば魔法を使うことができる。


 そして、幸いにも俺にはゲーム時の記憶が全て残っており、当然だが魔法の効果やどのような攻撃なのかも全てイメージすることができる。


 結果、俺はイメージに従って魔力を魔法へと変質することができ、スキル獲得制限無効の効果も相まって、六属性の魔法スキルを獲得することができたのだ。


「ノア様。私たちたちは今何体くらいの魔物を食べたのでしょうか」


「だいたい490体くらいかな。種類は12種類」


「あと510体もこんな生活が続くのですね」


 魔物を食べる事に抵抗が少なくなったとはいえ、やはり精神的に辛いものはあるようで、エレナは深いため息を吐いた。


「そうだな。残り500体あたりになったら、夜の森にでも入るか」


「わかりました」


「意外だな。もっと驚いたり喚いたりすると思ったんだが」


「もう諦めましたから。ノア様が普通じゃないのはこの三ヶ月で十分に理解しましたし、私が何を言っても意味がないことも理解しています。だから、今更何も言いませんよ」


 そう言って笑ったエレナの顔には悲観や絶望といった感情は無く、悟りを開いた神のような優しい表情をしていた。


『可哀想ですね。ノアによって価値観が狂わされてしまったようです。この子はもうダメですね』


『ん?レシアに感情なんてあるのか?』


『否。ですが人間は、こういう時は可哀想だという感情を抱くということは知識として知っております』


『ふーん。そうなのか』


 どうやら人の感情については俺よりもレシアの方が詳しいようなので、今後も彼女の話はしっかりと聞いた方が良さそうだ。


 その後、予定通り500体まで魔物を食べたところでその日の魔物狩りを終えると、俺たちはいつものように町へと戻った。






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