第11話 躾け

 ノアが暗殺者たちを始末してフォルメノ公爵領を出てからしばらく、部下が戻ってこないことを不審に思った暗部のリーダーは、部下を隠し通路が繋がっていた裏路地へと向かわせる。


「頭」


 それからしばらく経って部下が戻ってくるが、彼は少し動揺した様子で部屋に入ると、どう伝えたら良いのか迷っているようだった。


「どうした」


「それが…どうお伝えしたら良いものか。私自身、とても困惑しておりまして」


「良い。ありのまま話せ」


「承知しました。指示のありました元公爵子息ノア・ファルメノの暗殺についてですが、どうやら失敗したものと思われます」


「失敗だと?」


 書類仕事をしながら話を聞いていた暗部の総括リーダーの男は、動かしていた手を止めると、報告をする男の方へと目を向ける。


「はい。私が現場に向かったところ、予定されていた場所にノア・ファルメノの死体はありませんでした。その代わり、今回の暗殺に携わっていた部下たちの死体のみが転がっておりました」


「ふむ。あのノア・ファルメノが一人でやつらを殺せるとは思えないな。やつらの死因については?」


「はい。一人目は首の骨を折られて死亡。二人目は喉に短剣らしきものを刺されて即死。三人目は心臓を刺され、そのまま捻られてこちらも即死。そして今回の暗殺部隊のリーダーは首元を的確に切られ死亡しておりました」


「ふむ。随分と慣れた殺し方だな」


「はい。もしかしたら、同業の手によるものかもしれません」


 同業者。つまり他の暗殺者が何かしらの理由でノアを助けたのではないかと部下の男は尋ねるが、総括の男は首を横に振ってそれを否定する。


「いや、それはない。私たちは公爵家に仕えているが、一般の暗殺組織は慈善で人助けはしない。あいつらは金が全てだからな。だが、ノア・ファルメノには金もなければそういったやつらと関わる機会すらなかった。恐らく、通りすがりの高ランク冒険者が助けたとかだろう」


「なるほど。確かにそちらの方が可能性としては高そうです。それで、この事は公爵様にお伝えいたしますか?」


「いや。私たちで秘密裏に処理しよう。今もその冒険者といるのであれば厄介だが、今度はこちらも精鋭を送れ。それで片付くはずだ」


「承知いたしました」


 部下の男は次の指示を出すため部屋を出ていくと、部屋の中には総括の男だけが残った。


「まったく。あのガキにも困ったものだ。黙って殺されたおけば良いものを。運だけは良いようだな。だが、次は無いだろう」


 次に送り込むのは暗部の中でも精鋭部隊の暗殺者たちであり、総括の男はこれでノアの処理が終わるだろうと判断する。


 その後、彼の頭の中からノア・ファルメノという存在が消え去ると、男は仕事の続きを始めるのだあった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 公爵領を無事に出ることができた俺たちは、日が昇らないうちからなるべく遠くへと移動する。


「ノア様。どちらに向かわれているのですか?」


「西にある『双子の森』」


「え。双子の森って、あの危険区域のですか?!」


「そうだ」


 双子の森とは、南にあるファルメノ公爵領から西に行ったところにある巨大な森林地帯であり、そこには様々な魔物が生息している。


 そして、一番の特徴は昼と夜で出てくる魔物もその魔物の強さも全く違うということで、それがまるで二つの顔を持っているようだという理由から、双子の森と呼ばれるようになった。


「あそこは確か、日中はDランクの魔物の群れやCランクからBランクの魔物が跋扈しており、夜になればBランクはもちろん、Aランクの魔物もたくさん出るというお話ですが…」


「そうだな」


「ほ、本当にそこへ向かわれるのですか?」


「そうだと言っているだろう」


 魔物にはそれぞれランクというものが付けられており、ランクはFランクからSSSランクが基本で、そこからさらに上には冥界級、天界級、星界級とランクが上がっていく。


 冥界級は主に魔王や天界にいる天使たちが該当しており、天界級には魔王を束ねている魔皇や天使を束ねる熾天使、そして半神たちなどが該当する。


 そして、最後の星界級はまさに神の領域であり、この世界がゲームだった時の邪神がこの星界級に分類されていた。


「本当に、そんな危険な場所へ行くのですか?私のレベルはまだ10ですし、ノア様だってそんなに高い訳ではありませんよね?」


「俺か?俺の今のレベル18だな」


「18ですか?!すでに私より高いじゃないですか!!」


 高レベルの暗殺者を四人も殺したおかげか、現在の俺のレベルは18まで上がっており、すでにエレナのレベルを超えていた。


「で、ですが…Cランクの魔物のレベルは最低でも41だと聞きます。一人で戦うなど無理なのでは」


 確かにエレナの言う通り、Cランクの魔物は最低でもレベル41であり、さらに厄介なことに群れで動く魔物もいる。


 そのため、人間が魔物と戦う時は数人でパーティーを組んで挑むことがほとんどで、ソロで魔物を狩るのはよほどの実力者か、自分の実力を過信している馬鹿しかいないのだ。


 まさに今の俺のレベルでそんなところに行くのは危険でしかないのだが、エレナは二つの勘違いをしている。


「お前、二つの勘違いをしているぞ」


「勘違いですか?」


「一つ。俺は一人では戦わない。お供がいるからな」


「お供?これからお仲間を募集するのですか?」


「しないよ。だって、お供ならいるじゃないか…目の前に」


 俺はそう言うと、ニコリと笑いながらエレナのことを見てあげる。


「ま、まさか…ご冗談ですよね?」


「ううん。冗談じゃないよ?」


「わ、わた、私!そんな強い魔物と戦うことなんてできません!」


「ねぇ、エレナ」


 今にも逃げ出しそうなエレナの肩をそっと掴むと、泣き出さそうな顔をしている彼女に顔を近づけ、薄っすらと目を細める。


「何でもするって言ったよな」


「ひっ!」


「それとも、これから一人で逃亡して死ぬか?おそらくだが、次はさらにレベルの高い暗殺者たちが追ってくるだろうな。そうしたら、お前はどうする?逃げ切れるのか?」


「む、むり…です」


「だよな?なら、今は黙って俺についてくるしかないよな?」


「わかり…ました」


 ぷるぷると震えながらついてくることに決めたエレナの反応は何とも愛らしく、彼女をこうやって虐めるのは本当に楽しくて仕方がない。


「良い子だな、ワンコ」


「うぅ…」


 俺はエレナの頭に手を置いて軽く撫でるが、彼女が何とも情けない声を出すものだから、犬は犬でも負け犬のように見えてしまう。


「それと、もう一つお前は勘違いをしているぞ?あの森林は俺にとって庭みたいなものだ。だから安心してついてこいよ」


「安心できていなくとも、ついて行く選択肢しか下さらないじゃないですか」


「あはは!その通り!よくわかってるじゃないか」


「もういいです。それより、ノア様はだいぶ雰囲気が変わりましたね」


「そうか?」


「はい。公爵家にいた頃は、何というか生きることに希望がないようで、今にも死んでしまいそうな雰囲気がありました」


 彼女の言葉は尤もで、実際あの家にいた時、俺は早く死んで楽になりたかった。


 大好きだった母上が死んでからはゴミのように扱われ、使用人たちにすら空気のように無視される。


 そんな生活ばかりしていれば、生きることが辛くなるのも当然のことだった。


「まぁ、世話をしてくれていたメイドに裏切られて死にかけたからな。性格が変わっても仕方がないだろ?」


「うっ…」


 エレナは気まずそうに俺から視線を外すと、何も言えないのか黙り込んでしまう。


「あはは!本当に虐めてて楽しいなお前は。けど、普通に考えてみろよ。あんな家であんな扱いをされていて、普通に生きたいと思えるか?」


「それは…無理ですね」


「だろ?その反動で性格が変わってもおかしくない。それに、雰囲気が変わったと言えばお前もだろ?前はこんなに話すやつじゃなかった」


 屋敷にいた頃のエレナとは必要最低限の会話しかしたことがなく、彼女がこんなにも感情豊かだとは知らなかった。


「私は暗殺者としての教育を受けていましたから。先輩にも、人とあまり仲良くするなと言われておりましたし」


「情が湧かないようにか?」


「はい」


 暗殺者が暗殺対象に同情してしまい、いざという時に殺せないのであれば意味がない。


 それに、仲間が裏切れば例え友人であろうと殺さなければならないため、その先輩とやらの教えは理にかなっていると言えるだろう。


 それから数週間、俺たちは小休憩以外は全ての時間を移動に費やし、ようやく目的地である双子の森の付近にあるポルトールという小さな町へと辿り着くのであった。






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