第15話 刑事 鷲野獅郎


 アイラが富田家を後にしてから3時間後━━。



「あーあ、なんだこの遺体は......。まるで獣が食った後みたいだな━━」



 俺は通報を受けとある家の現場に立ち会っていた。

 その家では二人の男性が何者か......いや何かの化け物に喰われたような状態で惨たらしく殺害されていた。

 遺体を確認していると先に来ていた若い女刑事が声を掛けてきた━━。



「酷いもんですよ鷲野しゅうのさん。今までいろんな遺体を見てきたけどこんなのは珍しいですよ」



その遺体は二人とも全身の骨を折られ、特に磔にされていた若い男の方は片目と心臓を抉られていて周りには血が飛び散り血生臭い現場となっていた。



「だよなぁ、しかしコレ本当に人間が殺したのか? この磔に使われてる木なんて一体どうやって突き刺したんだ?」


「さぁ......でも犯行は人間で間違いありません。被害者の目を抉るのに使ったであろうスプーンと遺体に指紋がベッタリついてます」


「そうか......ならすぐに犯人は割り出せそうだな。二人の身元は?」


「被害者はこの家に住む富田勝さんとその息子の守さん、父親はあの富田総合歯科医院の医院長ですね。奥さんの綾乃さんは外出中で奇跡的に無事との事です。やはり二人に恨みがある人間の犯行でしょうか?」


「ああ、特に息子の方にな......こんなにグロテスクに痛めつけるなんてよっぽどだろう。しかし別件で捜査していた富田綾乃が無事なのは良かった」


「ですね。ただ犯人はそれを分かりきったようにこんなものまで別室に置いてありましたよ━━」


「ははーん、随分と用意周到だなこの化け物は。それと息子の腹にエグい方法で書いてある『M.K』って文字はなんなんだろうな━━?」


「私たち警察に対する挑戦ですかね? とにかく指紋の方はすぐデータベースと照合させて突き止めます。鷲野さんは早く奥さんの元に帰ってあげてくださいね」


「バカ野郎......最近44歳になったおじさん鷲野獅郎しゅうのしろうは今も独身だよ。家に帰っても俺には酒とタバコしか待ってないんだ」


「ははは、鷲野さんって結構イケてるのにモテないんですね」


「うるせぇよ。そりゃ嫌味で言ってんのか? 全く、最近の若いヤツは......」


「ふふっ、しかし二人も殺したとなると速攻で捜査本部が立ち上がりますね。犯人すぐ捕まえられると良いですけど━━」


「ああ......すぐに捕まえないと近隣の人も怖がるしな。しかし全くおっかない事件だ」



 俺は現場の捜査を終えて情報をまとめた後署へと戻った。



「M.Kか━━」



*      *      *



 翌日━━。



 俺はいつもより遅く登校して教室に入ると違うクラスに居るはずのゆーちんが俺の机に背筋を伸ばして堂々と座っていた。



「おはようアイラ、今日は遅いじゃん何かあったの?」


「どうしたの? はこっちのセリフだよ! 人の机を我が物顔で座るな! 今日は寝坊して弁当作るの遅くなったんだよ」


「そうなの? ホントだ寝癖ついてる......でも癖のつき方可愛いじゃん少しピョンって跳ねてて」



 ゆーちんは俺の跳ねた髪を犬を撫でるみたいにワシャワシャと触る━━。



「人の頭をムツゴ◯ウにさんみたいに触るなよ。それより寝癖直し持ってる? 恥ずかしいから直したいんだけど......」


「あーごめん持ってない」


「マジかよ......。こんな発芽米みたいな寝癖で過ごすなんて最悪だ......」


「まーた意味不明な例えしてる......でもたまには良いじゃん。見た目完璧な人が少し抜けてる所を見せると人は接しやすいものだよ」


「そんなもんかね? それなら明日から昨日の富田くんみたいに前歯でも抜いておこうかな。ところで.....このわざわざこのクラスに来るなんてなにか用でもあるの?」


「はぁ!? 私はアイラに用があるのっ! 昨日またLIZE無視したでしょ? この前の動画の反響でアイラの紹介動画を撮りたいから出演して欲しいって送ったんだけどその返事くれなかったからさ」



 そうか......俺は昨日"虫"と格闘してたから帰って速攻寝たんだっけ━━。

 


「そっかごめん、昨日虫退治してたら返事するの忘れてたわ。お詫びにその動画出るよ」


「ホント!? やった! じゃあ学校終わったらマネージャーに報告するからよろしくね!」


「了解。これでギャラたんまり貰えれば......夢だった徐々炎が食べれるかもしれないなぁっ!」


「え......? 徐々炎なんて私に言えばいくらでも奢ってあげたのに」


「ちょっとみんなコイツの金持ち自慢聞いた!? これだからブルジョワは嫌だねぇ......こういう金銭感覚狂った成金がそのうち意識高い系の投資詐欺とかマルチに引っ掛かるんだよな」


「なんですって!? 今回の出演料8:2でアイラ8にしようと思ったけどやめようなぁ......」


「そうか、なら次に君と会う舞台は法廷だな。そん時は同級生と法廷でガチってみたって動画撮れよ、良いネタになる」


「法廷は撮影禁止だから。しかしアイラってホントああ言えばこう言うタイプだよねぇ......そんな態度だといくら外見が良くても女の子に好かれないよ?」


「ゆーちんにだけだよ。他の子の前じゃ白い仮面被って『あ......え......寂しい......』の三言しか言えないくらい物静かだから」


「どこの神隠し? しかし引くわぁ......湯屋で砂金見せびらかしてストーカーになる奴じゃんそれ」



 俺とゆーちんがバチバチの火花を繰り広げていると━━、



「ごめんアイラくん......そこ私の席......」


「あ、万季さんごめん。すぐ退くよ」



 俺が自分の席に座れず万季の席に座っていたので後から登校してきた万季は少し戸惑っていた。



「全く......勝手に人の席に座るのは良くないよアイラちん。青海さん困ってるじゃん」


「ちんを付けるんじゃねぇ! そっちが最初僕の席に勝手に座ってたからだろ!? その太々しい毛が生えた心臓を引き抜いてやろうか!?」


「ププーッ! そんな細い腕で出来る訳無いじゃん。じゃあアイラまたお昼にね!」


「細くて悪かったな......はいよ」



 ゆーちんは上機嫌のステップで教室を出ていき、万季はその後ろ姿を少し寂しそうに見つめていた。

 


「ごめんねアイラくん、お邪魔しちゃったかな?」


「大丈夫だよ、こっちこそごめん勝手に座っちゃってさ」


「ううん良いの良いの。それより多田井さんてアイラくんにはあんなに楽しそうに喋るから少し羨ましいなと思って見てた」


「そうかな? どう見ても口喧嘩してるようにしか見えない気がするけど━━」


「そんな事ないよ、私もアイラくんと多田井さんとあんな風に話せるようになりたいな......」


「そのうちなれる思うよ、僕よりここでの学校生活長いんだしさ。それにゆーちんは万季さんって言うより━━」



「そこの2人! 担任の私が来てるのにお喋りしすぎ! これから全校集会始めるから体育館にみんな集合ね」



 俺たちは秋山が来ていた事を完全に見落として喋り続けていたので注意された。


 しかし今の秋山の顔は完全に私怨が入ってたな......。



*      *      *



 体育館に生徒全員が揃うと校長がステージに上がり、険しい顔をしながらマイクに向かって話し始めた。



「本日皆さんにとても悲しいお話があります。昨晩我が校の生徒である1年B組の富田守くんとそのお父さんが亡くなりました......。警察からの情報によると殺害した犯人はまだ逃走中とのことです━━」



 校長の言葉に生徒達はざわつき始めた。



「静粛に! 現在警察が全力で捜査にあたっている上地域の巡回も増やしているので皆さんは安心して登下校をして下さい、学校側も貴方達生徒を全力で守ります。そして皆さんの大切な友人が亡くなるという大変痛ましい事件が起きてしまいましたが、どうかこの事は胸に留めながらこの先も学校生活や勉学に励んで下さい。またマスコミの人達からインタビューを受けると思いますがあまり目立つ対応はしないようにお願いします」



 最早殺人事件自体よりもその影響で生徒の学力低下や世間の目を心配するような言い草で校長の説明は簡単に終了した。


 一人一人死ぬ度にこんなくだらない集会をやるのかと思うとうんざりするな......。



*      *      *



 教室に戻るとクラスでは富田に関する噂がいろいろ囁かれていた。


「あいつマジで殺されたんだな」


「あの動画晒された後じゃ殺す側になると思ってたけどなぁ」


「それな! しかし富田の父親ごと殺すなんてヤベェ奴が地域にいるんだな......」


「噂だと化け物やら悪魔やら得体の知れない奴があいつを殺したらしいぜ? それくらい残忍残虐だったんだってよ」


「うぇぇ......怖すぎるだろ。そういえばさっき警察が事務室の玄関から入っていったな」



 なるほど......てことは今後このクラスにも警察の連中が富田の事を聞きに来るかもな。

 今頃警察ではわざとらしくついた指紋を調べてぬか喜びしてる頃かな......だが照合結果でその喜びはすぐ混乱に変わるだろう━━。


 そして体から甘酸っぱい匂いをほんのり漂わせていたあの奥さんも......。



 不安と混乱が入り混じった陰湿な雰囲気が流れる学校の中俺は今日の授業を終えた。



*      *      *



 とあるホテルにて━━。



「あの親子本当に死んだのね。金だけはたんまりあったから結婚してあげたけどあんなDV野郎だったなんて死んで正解だわ。キモい息子の方は結婚当初から私を盗撮してるし...まあ耐えた分奴らの遺産は入ってくるしその金でこれから━━」



 コンコン......。



「......誰?」


「警察です。ここを開けてもらえますか?」



 ガチャ......。



「何の用でしょうか......?」


「富田綾乃さんですね、私刑事の鷲野獅郎しゅうのしろうと申します。ご家族が亡くなられた直後に恐縮ですが覚醒剤取締法違反の容疑で貴女に令状が発付されていますので参りました」


「はぁ? 令状って......なんのことですか?」


「誤魔化しても無駄ですよ奥さん、自宅の貴女の部屋から覚醒剤アイスが発見されたんでね」


「そんなバカな! アレは絶対バレないところに━━」


「あーあ自分で言っちゃった。でもちゃっかり誘導するように壊れた小型カメラと共に机の上に置いてありましたよ?」


「なんですって!? そう......私はあの盗撮親子に嵌められたの! 私は何もやってない! 無実よ!」


「おっかない人だ......死人に口なしをさせる気ですか。貴女の毛髪から何から身体検査すれば結果は分かりますよ。まあ手っ取り早く今持ってるバッグの中身を調べればすぐにでも......」


「そんな......なんでこんな事に......!」


「......あなたの家族を殺した犯人の仕業なのは間違いないですね。入手ルートとか諸々の詳しい話は署の方でゆっくり聞かせてください━━」

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