5

「本番開始!」

 恐怖のあまり、曲の初めに中学二年生と思われる男子がミスをした。他の三人を見ると、そんなこと気にする様子もなく、目を見開いて楽譜を追っている。

ミスをして三秒後不気味な電子音が鳴り始め、その男子の手首を鍵盤近くに固定した。と同時に鍵盤下から円状のチェーンソーが不気味な音を立てながら出てきた。

「い、いやだ! やめて、やめてー。お願いだ。何でもする。だから、放して!」

 椅子を蹴っ飛ばして叫ぶが覆面の男は表情一つ変えない。そうするうちに、チェーンソーが手首に接触する。その男子は耳を劈く程の大声で泣き叫んだ。

「グアーー、ぎぃゃーー。」

 腕を必死に動かしているが機械に敵うはずもなく、手首はどんどんと切断されていき、血しぶきが上がる。激痛に耐えるように、首をブンブンと振り回す。見開かれた目からは大粒の涙が出ていて止まりそうにない。

 二十秒が経過したのだろうか。いつの間にか機械は止まっていた。男子は手がついていない腕を抱え込むようにして床にうずくまっていた。床には血だまりが広がっている。

「手当しないと」

 秋田はそう言って準備室を出ようとするが扉はびくともしない。高山が準備室と音楽室をつなぐ扉を試しているが、空きそうにない。

「このままじゃ失血死する」

 秋田たちはマジックミラーを叩いたり、体当たりをしたが一向に扉は開かないし壊れない。

「マイン ファーテル マイン ファーテル 」

 曲は子供が父親を呼ぶ場面に突入する。この部分は緊張感が高まるメインになっている。

 もう一人の脱落者が出た。どうやら手がつってしまったようだ。今度は同じ学年の女子で、以前体育館で校歌を演奏していた気がする。真っ白なで綺麗な手が今は青白く見えた。よく見ると小刻みに震えているようだ。さっきの男の子と同じように、鍵盤下から円型チェーンソーがブンブンと音をたてて出てくる。その女子は必死に腕を引き抜こうとするが抜けるはずもなく刃が手首に接触する。叫び声が教室中に響き渡る。

「ぎゃー、助けてー、お願いー」

 秋田が壁に並んでいる生徒に目を向けると全員足首を機械に固定されていた。だから、全員助けにいかない――行けないのだ。

曲の終盤に差し掛かった頃にはピアノの音は一切聞こえず、聞こえたのは不気味な轟音と言葉にならない叫び声だった。

 両手を切断された生徒たちはうずくまるか、気を失っていて誰もが床にころがっている。

 秋田たちはその無惨な光景をただ見ているしかなかった。

「ぐぉ、おぇ」

 準備室では5人が既に嘔吐しており、最後まで踏ん張っていた高山がとうとう嘔吐する。秋田以外の六人全員が嘔吐したため、準備室は吐瀉物にまみれている。


 「もういいや、飽きた」

秋田はそういって入ってきた時に使った扉をバンバンと叩いた。

「開けて下さい。飽きました」

扉が開かないので秋田は蹴り出した。ドンドンと大きな音がなる。さっきはびくともしなかった扉が破壊されていくような印象を受ける。

 他六人は秋田の奇行に目を丸くするばかりで誰も声をかけようとしない。

秋田が扉をガンガンと蹴り始めて1分。扉が音もなく開いて、ここまで案内してきた男が現れる。

「ついて来い」

その言葉に場の空気が一気に緩んだ。ふうとため息を吐く者までいる。

「やっとゲームが始まる。結構待ったなぁ」

 腕時計を確認すると既に10時を回っていた。

外に出ると廊下は聞いた時と同じように静かで不気味だった。秋田たちは男に案内されるがまま階段を下って、一階に着く。階段のすぐそばに下足室があるので一階の状況は確認できなかった。

 下足室をぬけ外に出る。燦々と降り注ぐ陽光に目を細める。広い運動場の真ん中にスーツ姿の人間が磔にされている。遠くで見えないのだが、恐らく撃ち殺された校長なのだろう。秋田以外の六人はすぐさま目を逸らす。しかし、音楽室での惨劇を目にしていたため誰も驚くことはなかった。彼らは既に麻痺していたのだ。

「はやくしろ」

秋田は手を大きく振って愉快そうに歩いていった。表情は誰も見たことがないように明るかった。

 つれてこられたのは別館の図書館だ。その建物一つが全て図書館として使われている。この学校出身の生徒が図書館設立のために多額の寄付をしたことによって建てられた。そのため、図書館としての目的以外でこの建物は使用できない。

 造りは二階建ての洋館。壁の色は白で統一されているが、今は黄ばんでいた。そのことは、どんな建物にも終わりがあるということを教えてくれる。

「入れ」

 覆面の男はそれだけ言うと秋田たちに道を開けた。

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