行動開始
空はもう暗くなり街は静寂に包まれる。毎日どこかで朱理のような被害者がいるかもしれないと思うと、仁はそれが許せなかった。
昼間のうちに買っておいたスタンガンをポケットに潜ませ、背中にはナイフをしまう。抵抗されないとも限らない。暴れられたらその場で殺してしまうかもしれない。
だが、そしたらジュンゴとトモヤについて何もわからないまま警察に捕まってしまうだろう。それだけは避けたい。とりあえずは生かしたまま拘束することが目標だ。結束バンドをリュックに詰め、脳内で何度もシュミレーションを行う。問題ない。そもそもこっちは弱みを握っている側。
抵抗しないだろうとは思う。部屋を出ると母親と目があった。
「こんな時間にどこに行くの?」
もし、自分が人を殺したら母親には迷惑をかけてしまう。それだけが仁にとって唯一の悩みだった。ここまで育ててもらって、それを仇で返すことになる。殺人犯の母。そう考えだすと決心が鈍った。
「ちょっと出かけてくる」
母は仁のことをいつだって信じてくれた。中学の時にクラスメイトと喧嘩をした時、仁の言い分を迷いなく信じてくれた。仁が悪いことをするとしっかりと然り、悪いことは悪いと教えてくれた。そんな母の存在が仁の復讐心を大きく揺るがせる。
「気をつけてね。いってらしゃい」
後ろめたさと憎しみを同時に背負いこみ、仁は玄関の扉を開いた。原付で向かうのが一番手っ取り早いのだが、エンジンの音が鳴るので目撃者が出るかもしれない。警察も最近は多く、面倒なことなる可能性を考えると歩きがベストだろうと思った。
「白石どこ行くの」
暗い夜道の片隅、そこには野田が立っていた。その姿はキャップをかぶりパーカーを着ている。背中には仁と同じようにリュックを背負っていた。
「‥‥なんか用か?」
仁は面倒くさいと思った。野田はまるで偶然ではなく、仁のことを待っていたかのようだった。警察には言わないでほしいと言ったせいか、何かを感づいてるのかも知れない。
「住居不法侵入は犯罪じゃない?」
「‥‥なんのことだ?」
間違いない。野田は仁があの少年の部屋に入って行くのを知っている。どうしてかは知らないが、もしかしたら自分のことを止めに来たのかもしれない。仁はそう思った。
「靴の中敷の下見てみ」
仁は野田の言う通り靴の中を見てみる。すると、小さなチップのようなものを発見した。
「‥‥もしかしてGPSか?」
「ご名答。ごめんね。家に上がった時仕掛けちゃった」
仁は考えた。野田は何が目的なんだろうか。警察に言おうと思ったら既に言っていてもおかしくない。それなのにGPSの存在を教え、こうして仁の前に立っている。そもそも仁の知っている野田と目の前の人間は何か違うような印象を受ける。
何か闇を抱えているような印象だった。いつも自信がなさそうな表情で、好んで人と関わることを避けているように見えた。自分に何か似ていると思っていたが、今は違う。こうして何度も仁の前に現れている。朱理が亡くなって悲しんでいるのかもしれないが、そういう感じにも見えない。
「‥‥何が目的だ? どうしてこんなことを?」
今は正直こんなところでモタモタしている暇はない。野田が何かを企んでるのだとしても、悠長にしている暇はない。
「朱理の敵討ちしようとしてるでしょ? 私にもやらせて」
野田はこうは言ったが、仁はこれを素直に信じることが出来なかった。しかし自分のことを警察に差し出しても、野田にはメリットはない。そう考えると、素直に自分と似たようなことを考えていると考えるのが自然だった。
「‥‥やめとけ。俺は‥‥殺すつもりなんだよ」
「‥‥そっか。じゃあ一緒だ」
野田はリュックからナイフを取り出した。それは仁が持っているナイフでは比べものにならない大きさだった。
「‥‥本気か?」
「本気。‥‥で、どこに向かってるの?」
腕時計を見ると時間に余裕がなくなりかけている。仕方ないので仁は野田を連れて行くことにした。説明は道中にでもすればいい。
「歩きながら話すよ」
仁は野田に事情を話した。仁自身わかっていたことをビデオカメラの映像以外、全て話してしまった。何故か野田なら信頼できると勝手に思っていた。
正直心強かった。一人だと上手くいくか心配だったが、二人なら出来ることも広がる。
しかし仁は考えていた。人殺しを野田にさせるわけにはいかない。それにこれは自分自身が朱理の復讐をしなければ意味がない。聞こえは悪いが、ギリギリのラインで野田を利用する。
あくまでギリギリだ。野田の復讐をきっと朱理は望まないから。
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