第4話 呪具『魔眼のめがね』




俺は玄関の扉を開けて、女を部屋に招き入れた。




(それにしても……こんなご婦人が、一体どこから”俺の噂”を聞きつけるのやら)




『呪いの紋章師』である俺は今、この小屋で独身男の一人暮らしというものを思う存分に満喫している。

そんな世捨て人のような生活を送る気ままな俺に、呪いを解いてほしいという人が、時々訪れるのだ。


そしてなぜか、最近、客は増える一方。


俺に持ち込まれる呪いの内容は実に様々。

物にかけられた呪いだったり、ヒトにかけられた呪いだったり。


でも、基本的に俺は呪いを解く事、いわゆる”解呪かいじゅ”はあまりしない。

呪いを解くのはそう簡単ではないのだ。

指を回して、くるくるポン、ハイ出来上がり、というわけにはいかない。


なにせ、呪いを解くには、その呪いの相手と理由、術の解明までしなくてはいけない。

いわば呪いの真相を暴かなくてはならないのだから。




さて、今日の依頼は一体何なのか。


いま、俺の目の前にはテーブルをはさみ、艶のある高級そうな赤いローブをまとった線の細い女性が座っている。その胸元には、やや透けて光る桃色に染まった花の胸飾り。

スラリとした首の上、蒼みがかった大きな目にはどこか不安の色が浮かんでいる。

銀鼠色の髪を後ろで軽く束ね、あらわになった首筋から、こちらに漂ってくるのは。



(……薔薇の香水か)



香水なんて、ここいらじゃ高級品だ。

どう考えてもそれなりの身分の人物ではありそうだが。

俺はズボンのポケットからさりげなく取り出した木製フレームの丸メガネをかけた。

このメガネは実は最近手に入れた呪具。

これは相手の強さを数値化してはかる事ができるらしい。



呪具 魔眼のメガネ


効果 相手の能力を数値化する(誤差あり)



メガネごしに目の前の女性をみると、彼女の周囲に古代文字と数字がふわふわと浮かんで見えた。もちろん俺にしか見えない。




力 77           攻撃力 77


生命 123            魔  0


   防御 65        知 78


抵抗 69

               器用 86

素早 82

            運 86





魔力はゼロ。紋章師(=魔術師の意)ではなさそうだ。

ただ、この数値は持っているものや着ている服でも微妙に差がでるから、あまりあてにならない。



その女性は急にローブの下に隠れていた両の手を差し出してテーブルにコトリと何かを置いた。


俺は急なことに、首をひっこめた。

そして彼女が置いた、そのテーブルの上の物をじっと見た。

緑色の小さなカメの甲羅。どうやら手足を引っ込めている。

キャンディのやつ、予知能力でもあるのか、さっきカメがどうとか言ってなかったか。

俺は鈍くひかる亀の甲羅と、目の前の美女の顔を交互に見ながら聞いてみた。




「えと……このカメになにか呪いがかけられているので?」

「いえ、これはわたくしのペットでございます。かわいいでしょう?」

「は? はぁ……」




はっきり言って特にかわいくはない。

俺は女性に目を戻す。

若い女性と話すなんて何年振りか、しかもかなりの美人。

そして何よりローブの上からでもわかる、キョヌー(巨乳)だ。

どうにも落ち着かない。今さらになって、ヒゲぐらいそっておくべきだったと後悔した。




「で、き……今日のご用件は?」

「ああ、すみません。この家に剣はおありですか?」

「剣? ですか……ええ、剣ならば、そこに」




俺は質問の意味が分からないまま、部屋の隅に立てかけてある魔物討伐用の鉄剣を指さした。

この周辺は良く魔物が出没するため護身用の武具はつねに置いておかなければならない。

その女性は突然立ち上がると、ツカツカと剣に歩み寄った。

そして柄に腕を伸ばしかけてこちらを振り向くと、どこか念を押すように俺に聞いてきた。




「ここには女の方はいませんよね?」

「へ? あぁ残念ながら……見ての通り、俺は独り身でして」

「今から、少しお気を付けくださいませ」

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