第2話 思い出話

「ウル」



書斎のドアの前、抜け殻のように立ちすくんでいた俺の耳に、馴染みのある声が飛び込んできた。


すっと声のほうに視線を上げると、そこには兄であるアッサムの姿があった。



「で? 父さんはなんて?」

「……別になにも」



父と同じく白銀ホワイトシルバーの髪がアッサムの肩で揺れている。

黒茶髪ダークブラウンの俺とはどこをどう見ても兄弟には見えない。

兄であるアッサムと俺は血がつながっていない、そう言われてもおかしくないほどに俺たち兄弟には差異がある。



昔から優秀な兄、不出来な弟、そんな関係は出来上がっていた。


生まれつき、俺は体が弱かった。

なにをしてもすぐに息が切れるのだ。

医術者の話では息をする胸の臓器に小さな穴があるという事だ。


生まれつきであるがゆえ、治すことができない。


それでも俺は息をつめながら、毎日剣術の訓練を行い魔術書に目を通し、修練に明け暮れていた時期もあった。

しかし結局、無駄なこと。

今日、それは決定的なものとなったのだから。


俺の心をわかっているくせに、アッサムは聞いてきた。




「父さんから、何も言われなかっただと?」

「ああ。ただ窓の外を見ただけだよ」

「ははは! 今まではなんとか不出来な弟を大目に見ていたけれど、これでどうしようもない事がわかってよかったよ」

「……え?」

「毎日、毎日お前なんかに剣術の指導をしなきゃならなかった俺の身になってみろ。お前知らないのか? メイドですら、みんなお前の鼻歌をしってるぞ、”まっく~ろあたま♪ まっく~ろあたま♪ 真っ黒ウルは~できそこない♪”ってな」




兄のアッサムは俺の二つ上、儀式のときに『剣の紋章』と『火の紋章』を授かっている。

生粋の戦士となりうる資質の持ち主。

今はそんなアッサムのおふざけにも耐えられそうにない。


俺は身を縮めて廊下を進んで、はや足で自分の部屋に飛び込んだ。


寝台に飛び込んで枕に頭をうずめた。目からあふれ出る涙の理由は、自分に対するふがいなさ、怒り。俺は俺自身を呪ってやりたい気分になり、おもわず嫌な言葉が口をついた。





「ドチクショウ!」





『天資の儀式』で授かることができる紋章には様々な種類がある。


その紋章の中でも、特に優遇されるのは戦士系や魔術師系の紋章だ。武器の紋章や魔術の紋章は稀少性が高く、騎士団や魔術師団からのスカウトがくる。


でも、その戦士系や魔術師系の紋章の中でも好まれない紋章というものがどうしても出てきてしまう。

何かが二つならべば必ず優劣ができてしまう。俺と兄のアッサムがそうであるように。


闇の魔術を操れる『闇の紋章』や死霊術を扱える『死霊の紋章』なんかは黒魔術に分類され、嫌悪されやすい。ひどい場合は命をとられることだってあるときいた。


その”喜ばれない紋章”の一つが『呪いの紋章』というわけなんだ。


俺だって自分にこんな紋章が出るだなんて思いもよらなかったってのに。










俺の一族、べリントン家は周辺を治める大貴族。


昔から魔術師や剣士を多く輩出している名家。俺は聞いた事があった。


ずっとずっと昔から、べリントン家でふさわしくない紋章を授かった者は日陰者になるか、絶縁されるか、とにかくひどい扱いを受けるって。


それはすぐに現実となった。身をもって体験した。


食事の献立が俺だけあからさまに変わり、誰からも名を呼ばれなくなり、すれ違いざまに悪口をはかれる。


信じられるか? 今までニコニコと接してきた連中が、一夜にして別人になり替わったようだった。


それがべリントン家のやり方だった。昔ながらの、お決まりの風習だったんだ。







ま、それがもう15年以上も前の話だ。


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