第26話 夏休みのご予定?

「ああ、そういうこと。もうストーカーはやめた方が良い」


『・・・・・・分かった』


 俺は自室のベットの上でやり残していた課題を片付けていた。今沢が誰かにストーカーされているということで悩んでいたが、その正体はサッカー部のキャプテン。勘違い野郎の佐久間である。


 元々俺がそのことに一枚噛んでいたため、今沢が困っているというのならば辞めさせる。佐久間が面倒だったので、とりわけ楽な方法を伝授したが逆効果・・・・・・と言うよりかは、佐久間がそれを上手く扱えなかったということだ。


 単にストーカーをしていたら勿論バレるに決まっている。軽い共通点や偶然であったていで話を作れという意味で言ったのだが、アイツはそのセンスは無かったようだ。


『すまないな。お前の案を上手くこなせずにいたせいで彼女に迷惑をかけてしまったみたいだ』


「いや、元はと言えば俺が突拍子のない提案をしたせいでこういう事態になった。お前は何も謝る必要は無い」


『・・・・・・そうか』


「まあ、お詫びという訳じゃないが、手伝えるなら、力を使わせてくれ。微力だがな」


『ああ。助かる。・・・・・・っともう時間だ』


 そう言って、一方的に電話を切られる。サッカー部のキャプテンは大変そうだ。


 にしても、俺も中々丸くなったものだな。


 中一のあの事件の日からこうなるとは、全くと言っていいほど予想していなかった。高校に入って新しい環境に属したとしても、本質は変わらずに一人でいると思っていた時と比べると、なかなか感慨深いものがある。


「う〜ん。でも、一人の方が気楽だな」


 人と話すのは、少し疲れる。幸いもう帰宅していたため寝ることが出来るが、何故だかそんな気分にはなれなかった。どうせなら、この時間を有効活用したい。


「よし、走りに行くか」


 俺も昔は、スポーツでボクシングをやっていたため、身体を動かすのは好きだ。最近は運動なんてほとんどしなくなったため、かなり身体能力が鈍っている感じが否めなくなってきている。


 俺は動きやすい服に着替えて、外の世界に飛び出した。ジョギング程度の速度で走ると、心地良い風を感じられて鬱陶しい夏が柔らかくなる。


 夏休み前の夕方は何か、エモい?というものを感じる。フライング気味に鳴いている蝉。荷物の多い小学生。薄色とピーチ色を零したような雲一つなくて、太陽が照らす大空。


 一人でいると、世界の美しさを俺だけが知っているかのような気持ちにさせてくれる。



 10分程度走ると公園に着いた。周囲に誰も利用者が居ないことを確認し、近くにあったベンチに寝転がった。そして、あのつい最近あったあの事件。というか、昨日のことだ。


 学校の非常階段であったあの出来事。そう、俺はなぜか天音香織とかいう女にキスをせがまれたのだ。そして俺もそれに逆らうことが出来ず、頬に・・・・・・。


 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!


 何をやっているんだ俺は!!!なぜキスをしたァ!!!アホか?!気が狂ったのか?!夏の魔法で頭がおかしくなったのか?!


 そうだ。太陽に熱視線を受けて、脳を沸騰させられたんだ。だから、らしくもない事をやったんだわ。つまり夏のせい。


 はい解決!!


「・・・・・・・・・ってならないよな。そうだ、キスの場所の意味を調べてみるか」


 スマホを取りだし、『キス 意味』という、気持ち悪いのか逆に可愛いのかよく分からない検索をかけた。


「えーっと、頬のキスの意味は『親愛』の意味があり、海外ではよくあります?海外出してくんなよ」


 そりゃあ文化違うんだからそうだろうけど、日本だと付き合ってるヤツらしかやらないんすよそれ。親友だからってキスしないんですよ。


 そんなツッコミを心の中でスクロールしつつ色々見ていると、顎にする意味は『恥じらい』というものがあるらしい。


 そっちにしておけばと後悔したが、遅すぎた。


「はぁ。そう言えば、香織から何かメッセージが来てたな」


 俺はメッセージを溜めがちなので、見逃していることが多々ある。悪気があるわけじゃない。


「問題、夏の夕焼けが似合う女は誰でしょう?・・・・・・・・・はあ?」


 香織からの謎問題に思いあぐねていると、頭の上の方から、ざっざっと足音が近付いてくる。ベンチを利用したい一人なのかと思って、俺は起き上がって伸びをした。


「あっ!やっぱり夏実くんだぁ!!」


「あ?」


 横目で見ると、才色兼備という言葉が似合う少女である天音香織が笑顔でこっちを見ていた。


 そして、その姿は何故か運動するのに適していた。使用した跡がないランニングウェアに、太ももの上半分もないような短いパンツ。幸いスパッツを履いていたため、いやーんえっちー。みたいな流れはないと願う。


「そう言えば、地元同じだったな」


「お家も近所だもんね」


「歩いて5分で着くしな」


「ならどうして私がこれ着てるか分かるよね?」


「俺が動き易そうな服を着替えて家から出たのを見て、着替えて追っかけてきた」


「今日はたまたまだったんだよ?」


「普段は張り込みしてるってこと?」


「正解!やっぱり夏実くんに心の中を暴かれちゃってるなぁ〜」


 両手で頬を包みながらニマニマしている姿は、頭を撫でられた子供のようだ。顔は可愛いのに色々と勿体ない気がする。まあ、外に出していないようだしそれはいいか。


「そのスポーツウェア、使用感がないみたいだがもしかして詩織さんのやつ?」


「え!凄いっていう感想と同時にちょっと引いたっていう感想も付けておくね」


「何も言ってないぞ俺は。忘れてくれ」


「親娘丼はダメだよ?私だけがいいな?」


「やめい」


 別に、詩織さんがちょっと自分の体型に気を遣うためにウェアを買ったけど三日坊主になってしまったやつを香織が引っ張り出してきたとか思ってないから。


 あと単純に下ネタが酷い。


「私も座りたいからちょっとズレてよ」


「はいよ」


 俺の左側に座った香織は、ここぞとばかりに密着してくる。間隔を開けようとして横に移動すると、しっかりと着いてくる。


「熱いよ」


「それでは、さっきの問題の正解をどうぞ!!」


「うーん。俺の中では選択肢が2つあって、1つ目が今さ────」


「・・・・・・・・は?」


「答えは天音香織ですね」


「はい正解!!おめでとうごさいま〜す」


 その名前を言った瞬間に殺意が込められた瞳がこちらをぎろりと睨んできた。もう少しで石にされていた。危ない危ない。


 俺たちの関係は本当にこれでいいのか???


「正解した夏実くんにはなんとなんと、素敵なプレゼントを用意してます」


「お!それは気になる」


「ふふん、それはこの私と夏休みの間一緒にランニングをさせてあげる権利です!」


「Boooooooooo!!こっちは心臓掴まれてたんだぞ〜。割に合わねえYooooooooo」


「じゃあ私のアンナトコヤ、コンナトコロ見せてあげるZeeeeeeeeee」


「付き合ってくれてサンキューー!!!」


 適当な冗談に付き合ってくれたのは嬉しいが、コイツ何考えているのだろうか。というか、あんなところや、こんなところ?まさか・・・・・・。


「・・・・・・・・・まじ?」


「まじ」


 香織の表情を見るに、かなり本気・・・・・・と言うよりかは、既成事実を作りたいと思っているようだ。外堀を埋めれば俺の逃げ道を奪うつもりだな?


 だが、もう勢いでキスしてしまっているんだ。おれは無敵だ。ここも勢いで泳ぎ切ってみせる。


「なんなら、選ばせてあげるよ?」


「何ッ?!」


「後者には、水着も入ってるよ?」


「何だとッ?!」


「しかも、まだ選んでないから選ばせてあげるし」


「何だって?!」


「夏には両親の結婚記念日があるから、家には私しか居ない日があるし〜」


「俺の性欲を揺らすな!!」


「夏実くんのご両親にはお話を通しておくから、私がご飯作ってあげてもいいよ?」


「・・・・・・・・・・」


「ちょっと?!そこはどうでもいいの?」


「俺は・・・・・・・・・どうすればいい」


「あとは、膝枕してあげるし〜」


「膝枕ッッッ?!」


「もし良かったらだけど・・・・・・朝起こしに行ってあげても良いよ?」


「朝這いッッッ?!」


「家事も頑張るよ!」


「・・・・・・・・・・・・」


「だからそこで黙るなぁ!!」


 俺の頭頂部にフェザータッチレベルの軽いチョップが繰り出された。効果は無い。横で拗ねる香織はみんなの前では大人の雰囲気を演じているが、俺の前ではまだまだあどけない高校生。


 それは優越感か、独占欲か。俺もまだ子供だな。


「じゃあ・・・・・・・・・どっちも」


「・・・・・・・・・っえ?」


「毎日走るし、お前とプールにでも行こうか」


「っ?!どうしたの?どこか悪い?」


「ああ、さっきのチョップでネジが壊れちまったみたいだ」


「ええっ?!ごめんね、もう1回叩けば治るかな?」


「俺はブラウン管テレビかよ」


「いやいや、それはどうでも良くて、今の話ってホント?」


 俺の発言がどうにも納得いっていないようで、彼女は首を傾げる。


「ああ、ほんと」


「どういう風の吹き回し?」


「えー?香織は俺をどこまでも連れて行ってくれそうだったから?」


「・・・・・・それって」


「んーっとね、内緒」


 何か含みがあるかのように言った俺を見て、ぱあっと太陽よりも眩しい笑顔で歓喜していた。


 夏が似合う彼女を直視するには目が痛くなりそう、俺は明日の方向を向いた。


「嬉しいなぁ〜、そうだ!せっかくだから走ろうよ!どこかに飛んでいきそうだし〜」


 元気よく立ち上がり、俺の前で足踏みして催促する。


「おう」


 何かに押されるように立ち上がる。俺はゆっくり走り出すと、香織はその横に並んで合わせてくる。


「ねえ、競争する?」


「いや、俺はこの風を楽しみたいな」


「じゃあ私も〜」


 その後は2人喋らずに、この時間を愛でた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る