第20話 一歩進むと、距離が近くなる
次の日、この日の俺はしっかりと授業を受けていた。誰も彼も俺の噂話なんてせずに、真面目に机とにらめっこしている。
それもそうだ。
今日は、定期テストなのだから。
「終了まで残り5分だ。しっかり見直ししろよ〜」
教師が教室全体に声を掛けて、俺は絶望する。只今の時間は日本史。半分以上が空白のまま45分が過ぎていた。
別に問題が特別難しい訳では無い。ただ授業に出なさすぎて、サボった部分が露骨に真っ白になっている。
良くて31点くらいだ。あとは記号問題に全てをかけて赤点回避を狙うしかない。
・・・・・・ダメだ、記述問題はさっぱり分からない。
「はい、終了だ。書くのを止めろ」
・・・・・・・・・・・・終わったー。
それと同時に、チャイムが鳴り響く。間違いなく俺史上最低点を叩き出した。これは親に何かを言われるに違いない。
「あ、山下くん・・・・・・」
「おっと、ごめんごめん」
後ろから話しかけられて答案用紙を貰う。自分の答案を重ねそれを前に流して俺は机に顔を突っ伏す。
テスト終わりの、ねぇどうだった〜?とか、ヤバいんだけど〜みたいなテンプレートな会話が周りから聞こえてくる。そんな会話は久しくしていない。
だが、俺ももうそろそろ反抗は終わりにして、大人になろうと思う。しっかり勉強し、進路の選択肢を増やして、
手始めに後ろの子に話し掛けてみよう。残念なことに名前が分からないが、多分いける。
後ろの子は、腰まで伸びた黒髪で少し猫背の野暮ったい黒縁メガネ。目が前髪で覆っていて見えない。休み時間中も誰かと話すことはしないで、机と仲良くしている完璧な陰キャ少女。
この子にしよう。今更周りの目を気にする必要は無い。
俺は上半身だけ捻って後ろを向いて、彼女の顔を覗いて話しかけてみた。
「ねえ、テストどうだった?」
「・・・・・・・・っぁえ?」
いきなり話しかけられて戸惑っているようだ。手をあたふたさせながら目線は一向に定まらず、結局、手を膝に着陸させて、机を見つめて無視された。
・・・・・・・・・無視された?いやいやいや。
「俺さ、最後の記述解けなかったんだけど解けた?」
「・・・・・・・・・・・・」
「いやー。俺全然授業受けてないから分かんなかったわ。君は勉強出来るの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
ここまで来ると、俺もこの子も可愛そうになってくる。周りは俺たちのことなんか気にせずに、ご飯を食べ始めた。
あ、そういえばここ進学校だったな。みんな頭良いに決まってるのに勉強出来るのは会話として悪手だ
ったかな。
なら、もっとここは踏み込んで質問するべきか。
「ねえ、ご飯食べないの?」
「・・・・・・食べますよ」
「あ、ならお話しながら食べようよ」
「・・・・・・・・・・・・わかりました」
ボソッと聞こえた声に、少し嬉しくなって俺は机を動かし、彼女と向き合うような形にした。彼女は弁当箱を広げ小さく両手を合わせて、いただきますと言った。
まず最初に、爪楊枝に刺さったアスパラガスのベーコン巻きを一口で頬張っていた。また小さい声で、うん。美味しい、と呟いていた。
すると、彼女は首を傾けてこちらを不思議そうな顔で見てくる。
「食べないんですか?」
「あー、実はお弁当忘れちゃって」
今日は普通に寝坊してコンビニで、昼ごはんを買い損ねてしまった。だから一緒にでは無く、ただ会話をしようという口実のためであったのである。
そんな俺を見兼ねたのか、彼女は恥ずかしそうにもうひとつあったベーコン巻きを俺の口元まで持ってきた。
目を下に向けて体をもじもじさせ耳まで真っ赤だ。
「あ、食べていいの・・・・・・?」
遠慮がちに聞いてみると、その言葉を待っていたかのように彼女は頭をぶんぶんと上下に振って頷く。
ちょっと面白いなこの子。
「頂きます」
俺もそう言って、差し出されたものを一口で食べる。彼女が恥ずかしがってるのが面白かったため、少し焦らしても良かったのだがまだそういう関係では無いので、今回はなしだ。
「うん〜。美味いよ。めっちゃ美味い。君料理上手なんだね」
親指を立ててそう伝えると、ぱぁっと年相応の可愛らしい笑顔をみせてきた。前髪で目が見えないが、とっても喜んでいるのは分かる。
「ど、どうして私がお弁当作ってるって分かったんですか?」
「ん?爪楊枝だよ。動物とか、旗がついてるような可愛い爪楊枝じゃなくて普通のだったから。親だったら、そういう所にこだわるんじゃないかなぁって。それに、君の使ってる文房具が少し見えたんだけどさ、学校の名前が書いてあったからモノにこだわるタイプじゃないのかなぁって」
「っ!!」
「あ、そうだったんだ」
すげーわかりやすい子だなぁ。
なんだか、心を暴いてしまったみたいで気持ち悪いな。もう少し、ゆっくり近付くのが友達だろう。友達作りってこんなに大変なんだな。
そうだ。友達ならいい所は褒めるだろきっと。
「いや〜、めっちゃ美味しかったよ!しかも、お金貯めてるのかな?その中でやりくりするって大変だけど、お弁当までしっかり用意するって、君凄いなぁ」
「ふぇっ、ふえぇ〜〜!」
彼女は空気が抜けた風船のような音を出して、両手で顔を隠した。そして、その勢いのまま教室を走って出ていってしまう。その声はどうやら、教室全体に響いていたようで、全員がこちらを見ている。
さすがにやらかしすぎた。なら、ここは責任を取ることにしようか。
「ごめんごめん、鉄の元素記号を教えて貰ってたんだけどさ、彼女に覚え方を伝授されてたんだよ」
「山下、元素記号はテスト範囲じゃないぞ〜」
そこに科学の先生がいたおかげで、機転を利かせることが出来た。ふぅ、危ない危ない。
・・・・・・・・・あれ?これ全然カバーになってないぞ。
「市川さんってあんな子だったんだ〜」
外野からの情報により、この子の名前を知ることが出来た。今回は俺の勝ちということだろうか。市川はどっかに行ってしまったが、帰ってくるだろう。
すると、ポッケの中でスマホが震える。誰かからLINEが来ていた。嫌な予感がする。
その相手は、天音だった。
『市川さん、どうなっても知らないから』
恐らく、脅しでも何でもなかった。
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