第10話 通学

 衣替えの季節になって半袖が主流になってくる6月。俺も今日から半袖を着て登校をしなくてはいけなくなるほど暑い。


 義務のように起きて、義務のように朝食を食べて最悪な1日を始める。学校に行くという行為はこれ程にも億劫なものだったっけ?世の中の学生は面倒と言いながらも、結局は楽しかったと言うのがオチなのだろうが、俺にそのオチは望めない。


 今日も学校に行くために重い玄関の扉を開く。目の前に広がる俺には眩しすぎる太陽の光を浴びた瞬間に、灰になってしまえばいいのにとかいつも思っている。


「あ、おはよ〜!」


 風が吹いてきた。天音は靡く髪の毛を抑えながら、俺の事を笑顔で見つめている。彼女が朝から俺の家の前で待つということはなかったので、心の中で驚きつつ会話を続ける。


「おはよう。何してんだよ」


「一緒に学校行こうかと思って待ってたの。もしかして・・・・・・迷惑?」


「茶番はよそうか。次の電車を乗り遅れたら遅刻なんだから」


「はぁ〜い。ねえ、今日から私も半袖なんだけどどうかな?」


「お前・・・・・・半袖の感想聞いてくんのか?」


 私服が可愛いか聞いてくるのはわかる。でも、半袖の感想聞いてくるのは意味がわからない。みんな来てるからなんとも思わないのが、当たり前だと思うのだけど。女って面倒だなぁ。


 まあ、でも。


「昔より似合ってんな」


 雲よりも真っ白に透き通った綺麗な腕を見てそう言ってみる。すると、俺が素直に感想を言うと思わなかったのか、目が泳いでいた。しかし、直ぐにそれは無くなり、普段俺しか見ることの出来ない表情に変わる。


「そっか・・・・・・ありがと!」


 キザなセリフを言ったことを少し後悔させるような、太陽より眩しい素敵な笑顔を貰った。他の誰も知らない事に少し優越感を覚えながら、通学路を歩き始める。


 俺の半歩後ろを歩いている天音からは笑みがこぼれていた。どうしたんだ?と聞けば、え〜?内緒!と返ってくる。


 それの繰り返し。バカみたいだけど、少し楽しい。あとこの関係がどのくらい続くのか謎だが、ずっとこうゆう関係も悪くないと思う。


 付き合うのは絶対に嫌だが友達ならそれはそれでいい。俺たちがどんな人間で、どう生きたかはよく知っている訳だし。性格の悪さは覗いて・・・・・・。


 最寄りに着いて、電車に駆け込む。帰りは空いているが、やはり朝は混んでいる。天音をドア側に寄せて俺が正面に立つ事で、少しだけ彼女のスペースに余裕を持たせることに成功する。


 だが、そのせいで彼女と向かい合わせになるし、混雑で体勢が崩れそうになるのを防ぐために壁ドンのような状態になった。


「あ、ありがと・・・・・・」


「え、あ、いや。別に」


 距離がいつもより近く、上目遣いをされるため何だかこちらまで照れそうになる。無駄に顔が可愛いと破壊力やばい。


 それに天音も狙っているわけでは無さそうだ。


「・・・・・・ねぇ」


「どうした?」


「・・・・・・・・・夏実くんなら・・・・・・良いよ?」


「・・・・・・何が?もしかして痴女か?」


 別に本気で言っている訳では無い。冗談混じりというか、冗談である。というか、そう言ったことを後悔している。


 しかし、彼女は何も言ってこない。それどころか、顔を真っ赤にしてそっぽ向いている。普段なら、なんでよー!とか言ってくるはずなんだけど・・・。


「おい。聞いてんのか?」


「・・・・・・・・・」


「・・・もしかして」


「・・・・・・・・・あんま見ないで」


「ガチなのかよお前・・・・・・・・・」


 罪悪感に駆られた俺は、駅に着くまで窓の外を見続けた。

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