第48話 第2形態変化は断固拒否
レーナは混乱していた。
ファルークを止めたい。拘束から逃れたい。――とは思った。それから、アルルクやエドヴィンや、
そこまで考えて、はたと気付いた。
(その流れで、樹海での
うねうねと、踊る根っこを操って攻撃を繰り出した彼女の姿。レーナは、そんな風に何かを護る力があれば良いのにと切望した。
―― そうだよ! 君の望みに、僕が手を添えたんだ ――
「待って!?」
レーナは視界に映る、ロープか触手の如く変化した髪と、目の前を得意気に舞う虹色蝶に交互に視線を走らせる。
(護れても、モブどころか人間の尊厳を守れていないのは大問題じゃない!?)
大前提として
―― えぇー、君のためなのに不満なの? ――
『こんなものぉぉぉ! ワレの熱い思いの前では無力だぁぁっ!!』
リュザスに気を取られている隙に、火龍ファルークが拘束を解くために火を吐こうと口を開く。両腕を搦め捕るレーナの髪を焼き切るつもりなのだ。
「ちょっ! やば!!」
―― ほら、レーナ! 次はどうする? もう一房、髪を操ってあの口を閉じさせる? ――
焦るレーナにうきうきした声が、更なる人外への道を提案する。
「やだから、やだからねぇっ!」
叫び終わらぬ間に、目の前に紅蓮の塊が現れた。朱色の光がじりじりと肌を焼き、生命の危機を感じるには充分すぎる威力が、眼前に迫る。
その恐怖感に触発されたのか、持ち主の意思とは裏腹に、火龍ファルークの前肢を拘束するのとは別の一房がするりと持ち上がる。
「わたしはモブなのよぉぉぉーーー!」
レーナの心の奥底からの叫びが、力となって
「やめろぉぉぉーーーー!!!」
アルルクの叫びが響き、レーナと火龍の間に飛び込んだ彼と火の塊が交錯する。
ばしゅぅっ
熱した鉄板に水滴が弾けた音――それを何倍にも強めた炸裂音が鳴り、辺りが濛々とした水蒸気に包まれる。真っ白な蒸気は、音から高温に違いないことが察せられる。
だが、吹き抜ける風によって高温の蒸気が晴れると、そこには怪我一つない者たちの姿が現れた。
『お主、何をやった……?』
ヴォディムが愕然と呟き、見張った両目がしっかりとレーナを捉える。同行者らを守ろうとした彼女は両手を前に突き出し、そこから薄い水の膜を張って、シャボン玉の如く空間を作り出していた。
「いや、特には何も、やろうとはしてなかった……はずなんですけどねぇ」
曖昧に笑いながら言葉を濁すレーナには、否定することは出来ない。今回の防御膜は完全に作り出した覚えがあるのだから。レーナの変異していた一房と、変異しかけた一房が、艶やかな黒髪に戻ってぱらりと落ちる。
(もう一房まで触手みたいになるよりも、さっきから何度も溺れさせられたヴォディムの水を使えないかと思っただけなのよーーー)
取り込んだものを使っての
同行者らを守る目的は果たせた。ただ、最高神の髪触手化の意志に反して、水防御膜を張ったことに、彼がどんな反応を示すかが怖くもあった。
―― さっすが僕の見込んだレーナ! 僕の想像を超えてくれて嬉しいなっ ――
だから、ひたすら明るく弾んだ声が帰って来たレーナは、ぎょっとして息を飲んだ。
―― 僕のために頑張り続けるレーナは、どんどん強くなっていくね。やっぱり君をここへ迎えて正解だったよ。この調子で頑張ってね、レーナ。君が僕の所へ来られる日を楽しみにしているから ――
上空で円を描いて舞い踊っていた蝶が、フワリと下降して再びレーナの頭にくっ付く。感触は無いが、髪飾りの状態に戻ったらしかった。
「なんだろう……リュザス様って、ちょっと思ってたのと違う?」
『虹の君に魅入られし娘よ、滅多なことを言うでない』
ぽつりと零れた不安を、水の精霊王ヴォディムがしっかりと聞き咎めてくる。精霊王よりも、最高神リュザスの方が立場が上なのだな……と漠然と感心していたレーナの耳に、すぐ傍で繰り広げられている騒ぎが飛び込んで来て思考は中断した。
『お主やはりっ、やはりワレのことを想っているのだな!』
「勘違いすんな! オレは レーナが悲しむことをさせたくないだけだ! レーナの気持ちを、守ったんだ!!」
火龍ファルークとアルルクが言い合っている。だが、先程までの殺気だったものとは異なり、どこか微笑ましく感じられる。
『どこが違うのだ? 虹の君のお力から、ワレを守ったであろうが』
「だからっ、レーナが頑張ろうとすると 毛が攻撃すんだろ? 毛がクラゲみたいな触手になったら、嫌だろ。レーナだって 一応オンナノコなんだしな!」
(なんだろう……この、どこか苛々する会話)
レーナが半眼で1人と1頭の遣り取りを眺めていると、彼女を挟んだ反対側では、項垂れる緑髪が視界の端に映る。
「障壁は……護りの魔法は我が家系の得意とするところだったのに……。間に合わなかった……まだまだ修行が足りないのか。私は、まだレーナのヒーローになれてない……くそっ」
悲壮感を漂わせた美形が下唇を噛んで、緑の小型美少女精霊に頭を撫でて慰められている。さすが乙女ゲーム世界。こんなスチルは無かったが、絵になる光景だ――などとレーナが眺めていると、プチドラがこちらに呆れた視線を向けて来た。
何か言わねば、とレーナが口を開く。言うべきは、さっきの不可抗力な突発的
「エドヴィン、気にすることないわ。わたしのは、たまたま上手くできただけで、やろうと頑張って出来たものじゃないから。貴女の努力の賜物とは違って、偶然出来ちゃっただけよ」
だから気にしないで、と笑ってみせれば、エドヴィンは益々表情を曇らせ、プチドラは『止め刺してどーすんのよ』とあきれ顔で吐き捨てた。
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