第42話 精霊たちの価値観
レーナの意味不明な行動で、周囲がなんとも言えない、残念な子を見る空気に包まれる。その隙に、ゾイヤが、しゅるりと長い身体をくねらせて、レーナとアルルクに近付いた。
唐突な行動を起こした水龍ゾイヤの思惑を図り兼ねて、2人が困惑のあまり動けずにいると、青い龍は一頻りスンスンと匂いを嗅いで、再び水の精霊王ヴォディムの傍へと引き返す。
『その赤髪の言う、小さき者を襲った不届きな魔族は、ファルークの
「いーーやぁぁぁ!! 思わぬ伏兵登場なの!? もぉぉおっ、どれだけハードモードになるの?!」
得意気にほぼ正解とも言える見解を述べたゾイヤに、動揺のあまり心の声をそのまま口に出して、天を仰ぐレーナだ。
「何が、そーいうことなんだよ んなもん知らねーよ! レーナを襲った悪い奴 だから退治したんだぞ!! すっげー、危なかったんだぞ!! 知り合いならちゃんと見とけよ!」
何故かアルルクは、絶望するレーナとは対照的に、激怒してファルークに詰め寄っている。だが、怒りを向けられたファルークも黙ってはいない。
『見ていたんだぞ!? ワレの力を分けた、掛け替えない
詰め寄るアルルクと同じく、必死の形相でライラへの並々ならぬ思いを叫ぶ。だが、言葉の所々から推測される、ファルークのライラへの所業にレーナは顔を引き攣らせた。
(そりゃ、病むわよ!! 熱血キャラかと思ってたけど、まさかの熱血ヤンデレ!?)
ライラだった魔族に殺されかけたことを忘れたわけではないが、思わず同情してしまう。ゲームでは熱血キャラとして扱われていた火龍ファルークは、熱湿兼ね備えた、べったりと纏わりつく暑さの高温多湿キャラだったらしい。
人間側はレーナと同じ心境なのだろう。明らかに顔をしかめたのはアルルクだけだが、概ね何処か引き攣った表情でファルークを見ている。表情に出さない教育をされたエドヴィンをはじめ、公爵家から付けられた面々が揃って、だ。
だが、エドヴィンの肩の上で転がり落ちそうになりつつも、彼の緑の艶やかな髪をがっちりと鷲掴むプチドラは違っていた。
『まぁ、自分の力を分けた
まさかのファルーク側だ。初代ドリアーデ辺境伯と遠距離恋愛を続けた彼女の、まさかの見解に、人間一同は驚きを隠せない。エドヴィンが、シュルベルツの同郷人である執事や護衛騎士らの葛藤を察して、果敢に声を上げる。
「ごっ……ご先祖様、まさかその様な方が、
シュルベルツの一行が、彼女の返答を固唾をのんで見守る。まさか、あの樹海の奥深くに監禁された存在があるのではないか――と。辺りが、何とも言えないピンと張りつめた緊張感に包まれる。
『大切なあの人がいるのに、そんなもの作るわけないでしょぉーー?』
屈託ない表情で、プチドラが笑い飛ばした。誰ともなく「よかった……」との呟きが漏れる中、さらに彼女はケロリと続ける。
『けどさぁ、ファルークには同情するわ。あたしは人相手に恋しちゃったから思い通りにならなくて、悲しかったり、辛かったりはしたけど、それは当然だなってとこもあるのよね。人間風に言うなら、惚れた弱みって奴よね。けど――』
意味深に言葉を切ったプチドラを見て、レーナは眉を顰める。
(なんだろう、ちっちゃくてプニプニに膨れてる可愛いはずのプチドラちゃんの表情が、邪悪に見えるんだけど……)
『自分のモノなのに勝手なことをされたら、そりゃあ怒りのあまり狂うでしょ? 自分の一部なんだから、思う通りの存在なのは当然よね』
「いや、絶対に違うでしょ」
思わず心の中の声が漏れたレーナだ。プチドラの表情が見えないはずのエドヴィンも、引き攣った表情で首を縦に振っている。彼はプチドラに樹海の
『そんなわけ無いじゃない。じょーしきよ』
けろりと返すプチドラに邪気は全く見られない。「空は青い」のと同じく、疑問に思う必要のない常識だと考えている様だ。
『なぁに、特段難しいものでもない。ワタシたち精霊は、自分の存在を維持するために眷属や番といった分体を作り出すのだ。だから作り出した存在は、その主のものだ』
制作物は、作者であり生産者である精霊のモノだと主張する。
『精霊やその眷属は、信仰を失い、希望を失えば易々魔族に堕ちる。知性も無く、荒ぶる感情のまま周囲の生物を甚振り屠る邪悪な生き物に成り果てるのだ。――ワタシ達は、向けられる信心を糧とする虚ろな存在だ。なればこそ、自身の力を削ってまで作り出したモノに求めるのは、一心に主を信じ、想うことだ。ソレが、勝手気ままに振る舞うなど、有り得ぬであろう』
ヴォディムの発言で、精霊らの価値観が概ね見えた。
(ヤバイ。ヤバすぎる……。多分、ライラの感覚は、人間に近い「普通」だったのよ。ヤンデレに監禁溺愛された末、心を病んで魔族に堕ちたのよね!?)
何とも痛ましい出来事の末の、悲壮な変化体だったのだ。
『ライラが……ワレの
乙女ゲームでは語られなかった裏設定に、またもやげんなりとしたレーナの目の前では、ファルークが大きく頭を振り、大粒の涙を流している。大事にしたのに、何故だと繰り返す言葉は空々しく響いて、心に刺さらない。
なんとも言えない冷めた心地で聞き流していたレーナは、だからファルークが何事かを思い付いて輝く瞳をアルルクとレーナに向けているのに気付くのが遅れた。
『そぉっかぁぁ! 魔族になっちまったライラを倒したときに、ワレの火の力が引き継がれたんだな! 納得だ。なら代わりができてんじゃねぇか!』
ギラリと光る火龍の黄色い目は、人間離れしていて、感情の読めない獰猛な捕食者のソレに見えた。だから、レーナは咄嗟に怯えが先立ち、考えを巡らせることすら出来ない。
『引き継いだなら、ワレの所に居るべきだ! そのための部屋は オス用のも準備してきたぞっ!』
(ヤバイ)
勢いと得体の知れない恐ろしさに飲まれて、それだけ考えるのがやっとだった。
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