第36話 攻略対象ファルークに誘拐されたモブ村娘は洞窟迷宮へ
大人たちが庇い切れない木っ端の雨から、アルルクやエドヴィンを護ったレーナは所々小さな傷を負ってしまったがひっそりと
以前、アルルクを龍化した時には、ひと月近く自身の傷を治すことも出来なかったが、今回
「レーナを怪我させる奴は オレがっ! ゆるさねーーー!!」
「待ちなさい、アルルクっ!! ほら、わたし何処も怪我してないからーーーっ!!」
プペ村の再現とばかりに、頭上に浮かぶファルーク目掛けて飛び出そうとするアルルクを、レーナが必死で止める。とは言うものの無我夢中になると、周りの言葉など耳に入らない猪突猛進な彼を止めるため、物理的に胴体にしがみついて押さえている。
「んっ!? あれ? 進まねぇ!??」
レーナをぶら下げたまま飛び上がろうとして持ち上がらなかったことでようやく、彼女の存在に気付いたらしい。そのタイミングを逃さず「ほら! わたしのどこにも怪我なんてないよ!」と主張すればアルルクのルビー色の瞳がレーナに向けられ、さっと彼女を確認した後、その表情が安堵に緩んだ。ほっとしたのも束の間――。
『なんだぁ!? 一人かと思ったら二人なのかぁ?』
頭上から降る声に、まさかと冷水を浴びせられた心地になるレーナだ。ファルークの言う人数に心当たりがある。と言うか、身に覚えがあるのだから。
『そっちの嬢ちゃんからもライラの気配がちょっとだけ出てるぞ? どう云うことなんだよ、おい!?』
表情の読み取りにくい爬虫類顔の龍なのに、ファルークの困惑が分かりやすく伝わってくる。
(まずいまずいまずい! あなたの
ゲームではっきりと描かれなかった乙女ゲーム要素としては全く重要でない『裏設定』が、今この世界に実在する自分たちの命を脅かそうとしている。
最も容易なルート、どこ行った!? と頭を抱えたくなるレーナだ。
ファルークは、ゲーム中屈指の熱血キャラだ。その設定通り裏表の無い分かりやすい性格とも言える。だからきっと、何も知られておらず、敵意の欠片も向けられていない今なら何とかなる。そのはずだ……と、レーナは自分を奮い立たせる。
単純なファルークを丸め込むための、適当な作り話をしようと口を開きかけたところで、巨大な龍が人間臭く両手をポンと打ち合わせた。
『まいっかぁ、取り敢えずまとめて持ってっかな』
大きな独り言が呟かれた時には既に、レーナたちを乗せた馬車は遥か上空へ浮かび上がっていた。ファルークが、開け放った扉部分に指を引っ掛けて、大雑把に持ち上げているせいで車体はやや扉側へ傾いている。
馬車内には、レーナをはじめとして乗り合わせていた全員がそのまま残っている状態だ。視線を開放された出入口の所へ向ければ、凄い勢いで遠ざかる地面と、馭者、馬車を引いていた馬たち、そして馬車を守っていた騎兵が見える。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!
「いい加減認めたらどうなんだ!? レーナの居るところ、遊戯が必ず絡んでくる! お前はただの村娘などでは断じて無いっ」
「レーナは ホンっトに 危なっかしいから、オレがいなきゃ ダメだよな!」
『アイツの
一行はそのままファルークに運ばれ、彼の引き籠り先である溶岩洞へと辿り着いたのだった。
溶岩洞の不気味な流水模様を刻む岩盤。地上よりも蒸し蒸しとした暑さを感じる空気。一切の日光の届かない地底の奥深く――。
ここは、ファルークに攫われた先。彼の引き籠り場所だったところだ。
『ちょっと片付けてくっから、のんびりやっててくれ』
ひと際広い空間の広がる場所に降ろすや、暢気な一言を残してファルークは更に洞窟の奥へと進んでいってしまった。
所々に取り付けられた松明が、朱色にゆらゆらと揺れる光を放ち、黒くテラリとした光を返す不気味な洞窟内を照らし出している。
「あー……ここ知ってる。ファルークの洞窟迷宮だわ」
『やーねー! 暗いし、じめじめしてんのに暑いし、ごつごつしてるし! 陰気よ! 片付けるって何を? 意味わかんないんだけど!? 知ってるなら、さっさと出ましょう!』
レーナが周囲を見渡して、幾つも見える通路に視線を走らせていると、苛立つプチドラが彼女の頭に飛びついて髪を引っ張って来る。
「あいたた……急かされてもすぐには思い出せないって! けど何度も出入りしてマッピングしたから、ある程度は覚えてるわ。だからわたしに任せて、ちょっと待って」
「レーナ 男前だな!」
とてもじゃないが女性に向けるものではない誉め言葉を、悪気なく言ってのけたアルルクがピョンと馬車から飛び降りてホール内をチョロチョロ走り回る。エドヴィンが、執事や騎士らと何事かを相談しながら、ぎょっとその姿を見ているが、遠くへ行く様子の無いアルルクに気付くと、再び話し合いに集中し出す。
「ファルークの溶岩洞の巨大空間は幾つかあるけど、この松明の配置は……まだ浅い位置にある場所ね。しつこい魔物との一回戦目がある場所のはずだけど」
耳を澄まし、目を凝らしても、魔物が現れる気配はない。
(やっぱり
知らなかったこととは言え、罪悪感の残るレーナはしょんぼりと肩を落とす。
ゲームの中では、ヒロインもファルークも全く気付く素振りもなくハッピーエンドを迎えるだけだった。だが、事実になった途端諸事情が絡み合って、こうも世知辛い様子を見せる。ただ、くよくよしていてもただの
「見付けた! こっちが出口に繋がる通路よ!! 大雑把なファルークは、松明の置き方もキッチリしていないから偏りがあるの」
進み出すレーナに、弾む足取りでアルルクが隣に並べば、エドヴィンも慌てた様子でその後を追い始めた。
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