第30話 それぞれの決意


 レーナにより、強制的に移動させられた面々は、広くない彼女の部屋に敷かれた大人1人が辛うじて寝転がれるサイズの、円形敷物ラグに固まって座った。

 円形敷物ラグが置かれたフリースペースと、ベッド、それに窓際の小振りな書き物机しかない小さな部屋だから、必然的にこの場所になってしまうのは仕方がない。


 狭い場所にひっそりと寄り集まっている様子は悪巧みをしているようだ。


「いい? さっきの話だけど、あれはこの世界の大勢たいせいには影響のない、ただの夢かもしれない、ささやかなものなのよ。絶対に、取り立てて大袈裟に言うべきものではないわ。どこにでもいる傍観者の、平凡な視点を通した内容でしかないんだから。だから、それを知ってたとしても、わたしはただの平民モブ村娘なのよ」


 いや、レーナをモブだと信じ込ませる明らかな悪巧み真っ最中だ。


 洗脳じみた大層な前置きのあとで、ようやくレーナは秘密としたい内容を語りだした。中途半端に知られているよりも、共通の常識として開示し、事実と異なること――例えば精霊姫ドライアドとの邂逅状況や、彼女の性格の相違などを知ってもらえば、自分が未来を予言するような、凄い存在でないことが伝わるだろうと云う判断だ。


 それからレーナは改めて前世の記憶があることと、その知識の中身について話した。


 曰く、この世界が乙女ゲーム『虹の彼方のダンテフォール ~堕ちる神と滅びる世界で、真実の愛が繋げる奇跡~』と類似した世界であること。


 彼らが攻略対象と呼ばれる存在のうちの2人であること。


 2年後にはヒロインとなる聖女が現れること。



 そして自分は、ゲームストーリーの主軸には関係のない平民モブ村娘の立ち位置でしかないこと。



「そっか! レーナは村の物知り爺さんみたいなものなんだな!」


 ルビー色の目をキラキラさせて闊達に告げるアルルクに、レーナは微妙に引っ掛かりながらも「そうね」と相槌を打つ。聖女でもヒロインでもないレーナは、凄くなさを理解させるためには、物知り爺さん呼ばわりも享受するべきなんだろうと堪えたまでだ。とは言え、乙女を爺さんに例えるデリカシーの無さは、ヒロインに会うまでに是非直して欲しいとも思う。攻略対象として、2年後までにもう少し精神的成長を助けなければならないと、密かに心に誓うレーナだ。


「以前の話では、聖女と恋物語を繰り広げる攻略対象とやらが6人居るのだったな? それが、私と、そのアルルクだと言うんだな。そしてレーナは、恋物語には関係のない立ち位置であり、ただ最高神を探す旅に出たい――その理解で間違いないな?」


『もぉ既に破綻してるわよね』


 真剣に重要事項を確認するように、レーナをじっと見詰めながらゆっくりと話すエドヴィンの肩の上で、小さな精霊姫プチ・ドライアドがキャラキャラ笑う。


 彼女の考えは全く分からないが、「形状の変化」と「分離」などと云うとんでもない迷惑を掛けた自覚もあるレーナは、批判的な言葉も甘んじて受け入れようと、じっと聞き入る。エドヴィンの確認事項も誤りはなかったので、神妙に首を縦に振る。


「そこで、だ」


 内緒話をするように、円座の中央に顔を突き出すエドヴィンに釣られて全員が自然、前のめりになる。


「レーナにこれ以上攻略対象が近付かないよう……いや、レーナ自身が聖女に祀り上げられて、平民モブ村娘的な立ち位置で無くならないよう、共同戦線を張りたいんだが――どうだ?」


「わたしとしては、全く異存はないわ。聖女にならなくて、旅に出られるフリーな平民モブ村娘でいられるなら」


「良くわかんねーけど、レーナに 変な奴らが4人近付かない様にするってことだな。おれは賛成だ。おれはレーナを守る勇者だからな!」


『赤髪、意外にしっかり分かってんじゃないの。あたしも巻き込まれちゃったし、しょうがないから付き合ったげるわ』


 思い思いに参加表明をする。


「ならば決まりだ。試練とされる問題が起こったなら、攻略対象を絡めずに私たちで解決してしまう。首尾よく聖女とやらが現れて、解決に努めてくれるなら尚よし!」


 冷笑を浮かべてエドヴィンが告げる。


「警戒すべきは のこる4人の攻略対象で、火龍の変化体、水の精霊王、王子、大魔法使い だったな!」


 アルルクが力強く言って、エドヴィンと頷き合う。


『ふふふ、あんたも大変ねぇ』


 小さな精霊姫プチ・ドライアドは、息巻く少年2人とレーナの右耳の後ろに光る蝶の髪飾りを順に眺めながら笑っている。


(なんだろう、味方してくれるみたいなんだけど、どうにも色々引っ掛かるのよね……。何で、わたしを助けるのに他の攻略対象の話が出て来るの? モブには全然関係無いのにね。まぁ、リュザス様探しの味方が増えたと思えば、大したことない引っ掛かりよね!)


 一つの大きな試練を無事(?)乗り越えたことで、レーナは自分の解決力に少しばかりの自信を持ち、前向きになっていた。


「じゃあ、みんなで頑張ろうねっ!」


「ああ!!」「おう!!」


 レーナの言葉に、少年2人が力強く応え、再び緑の小さな少女は腹を抱えて笑い転げた。


 こうしてレーナ平民モブ村娘保存共同戦線は締結された。






 レーナはただ、モブには過ぎたる修繕リペア能力を隠し、聖女とされずに最推しであるリュザスを探す旅に出る望みを叶えたかった。攻略対象2人を前にしても、彼女の揺ぎ無い思いは、ダンテフォールに彼女を召喚したリュザスの思惑通りだ。


 しかし、最高神はひとつ大きな間違いを犯していた。


 外ならぬ最高神自身が、功を焦ったことにより、定型路線から外れ始めた物語の辿る先は、彼の思惑からも大きく外れ始めていたのだけれど―――



 それに気付くのはもう少し先。






 蛙化の洗礼が、彼を待ち受けるのだ。

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