第27話 髪に群がる蝶は気持ち悪い


 えっぐえぐと鼻を赤くした精霊姫がしゃくり上げながら、狼狽するばかりの経験値不足な攻略対象2人をギッと睨め付ける。


『それっ! その言い方、やめなさいよねっ! あたしを年寄り扱いしないでぇぇーーーっ』


 精霊姫の叫び――と云ってもやはり脳内に響いてくるだけだが、その声にエドヴィンが何か・・に気付いてハッと息を飲む。しかしアルルクは、庇った相手から責められる状況が理解できずに怪訝そうだ。だから、至極当然な疑問を口にする。


「だって、森から出られないくらい弱ってるんだろ? 足腰が。だから引き籠もっているしかなくって、泣いてんだろ。そんなばあちゃん、村にもいたから おれ、良くわかるよ」


 だから無理すんなって――などと、純粋に彼女を宥める言葉まで付け加えている。だが根本が誤っている。村に居た頑固者の御婆さんが、大きな隣町へ移り住むと言う息子夫婦に意地を張って一人暮らしを押し通して残り、年々動かなくなる身体と寂しさに耐え兼ねて、事あるごとに泣いていた姿はレーナも知っている。だた、今の場合はソレとは違う。


『違うわよ! 失礼なガキンチョね。あたしの力が強くなったから、あたしの居る場所に樹海が拡がっちゃうのよ! 街が樹海に呑まれたら、彼や子供たちや、大事なその子たちの子供らが暮らしていけなくなるでしょ!? だから泣く泣くこんな寂しいところに留まってるのよっ!!』


 おんおんと泣く精霊姫は、確かにアルルクの言う通りの意地張りおばあさんとは事情が異なるようだった。


「そう言う割には、樹海の随分端までは出向いているではないですか。領兵の調べによれば、貴女の呪怨の声は森へ入って数百メートルと絶たないうちに響いている。常に森の端に居るのではないですか」


 彼女を糾弾する言葉を冷たく告げたのはエドヴィンだ。何故か面倒くさい女の相手をするような、うんざりした表情になっている。とてもではないが敬愛すべきご先祖様へ向けていい表情ではない。


 寂しいと繰り返しながら泣きじゃくる彼女は、レーナから見れば、とてもではないが樹海の守り神といった超然とした存在には思えない。意外なほど人間臭い、弱さと、我儘なところをもっている身近な、ただの愛されたがりの女性にしか思えなくなった。エドヴィンも同じ感想なのだろう。


(せめて、街に溢れた彼女とネリネの花の組み合わせを、見せてあげられたら良いのに)


 けれど彼女の居る先に樹海が広がるのであれば、街へ赴くわけにはいかない。八方ふさがりだと考え込むレーナの正面で、エドヴィンの言葉に精霊姫が言い返す。


『あたしはずっとほこらに居るわよ! 樹海の木はあたしの魔力で育ってるから、はしっこでも、そこの様子を知ったり、あたしの声を伝えたり出来るのよ! 寂しいの我慢して、ずぅっと気を遣ってきたんだからぁぁぁ!!』


「それよ!」


 いきなり大声を出したレーナに、精霊姫がビクリと両肩を揺らして、まん丸く見開いた眼で彼女を凝視する。傍のエドヴィンやアルルクを始めとした周囲の者たちも同様に彼女らに視線を集中させる。


「この森の木の一部、枝の一本でも街に持ち帰ったら、あなたは街を見ることが出来たりする?」


『そんなことが出来るなら、とっくに見てるわよぉ! あたしと繋がってないと見ることなんて出来ないんだからぁ!』


「繋がるってどう云うこと? 地面? 根っこ? 魔法の類いだったりする?」


 鼻息も荒く詰め寄るレーナに、精霊姫がたじろぐ。レーナこと玲於奈れおなは、リュザス目当てに細かく条件を変えて何順もゲームを攻略するほど、粘り強い性質だ。それが全面に出て、条件を洗い出そうと精霊姫にグイグイと迫る。


『だからっ、あたしの身体の一部って言えるくらい、あたしの魔力が満ちていればっ』


「なら、これはどぉ?」


 言葉を捉えるなり、レーナは地面に転がる根の断片を手に取る。丁度レーナの肘から手先までの、持つのに程よい長さの木の根だ。それから波打つ精霊姫の髪を纏めて掴み取り、根の木片にくるくると巻き付けてみせる。


「このまま切り離したら、あなたの力が強く残るんじゃない? 切りたて生木の根っこは、まだまだ生き生きしてるし、貴女の髪なら力もいっぱい入ってるんじゃない?」


『えぇっ? やだ、なんで切らなきゃなんないのよ。確かに魔力は入ってるけどーー』


 ―― へぇ? さすが僕の見込んだレーナだ、面白いこと考えるねー ――


 不意にリュザスの声が響いて、レーナの手にした木片に、何もない空間から何匹もの虹色の蝶が現れて群がって行く。


『きゃあぁぁぁ!! ナニよこれっ』


「えぇぇぇっ!? どうなってるのぉ」


 虹色蝶に埋め尽くされた木の根のおぞましいビジュアルに、嫌悪と困惑を抱きながら、離れられない2人が声をあげる。


『もぉぉぉっ! 取って、取ってっ! 髪から離してってば』


「どうやってよっ!? ハサミもないしっ」


『あんたさっき、あたしの根っこを切り取ってたでしょ! あれ、出来ないのっ!?』


「切るのとはちょっと違うけど……。もぉぉっ! 仕方ないわ!」


 レーナは、ぐっと目を閉じ、アルルクと魔物の手を組み合わせたときの感覚を思い出す。あの時は、全くの異物同士だったが、今回は精霊姫の力で育った木と、彼女の髪だ。そう大した問題は起こらないだろう――と、心のどこかで納得する自分がいる。


 だからレーナは、思う存分、強く念じる。


修繕リペアで、木と髪を組み合わせて本体から切り離すっ」


 口に出すと同時に、レーナの全身から力が抜ける感覚がして、彼女の手元からカッと白い光が溢れ出す。同時に蝶の群れも虹色の光となって弾け飛ぶ。





 辺り一面が、視覚を眩ます真っ白い閃光で埋め尽くされた。





 その場にいる誰一人として目を開けていられない、光線の暴力だった。わずかの間を於いて、ようやく光の奔流が収まり、各々が恐る恐る目を開いて行くと――


 精霊姫とレーナの間に、ちいさな緑の少女が現れていた。

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