独占欲強めの最高神は、モブ娘からの一途な愛をお望みです!

弥生ちえ

序章

最高神リュザス

第1話 いきなり【エンディング】!? 最高神との邂逅


 白く輝く大理石造りの荘厳な神殿だった周囲は、いつの間にか空間自体が仄明るく光る虚無の場所になっていた。


「ねぇ、レーナ。ここに辿り着いた感想は? 幼馴染の優しい青年に、力溢れる火龍の化身、慈悲深い水の王、領民から信望を集める辺境伯、無限の力を持つ大魔導士、そして救国の英雄――そんな有望な者たち全員をフッて僕に逢えた感想は」


 誰の姿もない空間に、青年のものであろう軽薄とも取れる陽気な声が響き渡った。


 超常の現象が起きているのは間違いなかったけれど、その声は実に人間じみていて、この異質な空間では、妙にちぐはぐな浮いた感じがした。


 レーナと声を掛けられたのは、たった一人この世界に置き去りにされた少女だ。けれど彼女は、突如として何もない空間に放り出されたにもかかわらず、そんな現象が起きるのを予測していたのだろう。姿の無い声に怯えるどころか、期待に瞳を輝かせ、キョロキョロ辺りを見回して言葉を発した主を探している。


 彼女は、白い世界とは正反対の黒髪黒目で、この世界とは真逆の存在感を示していた。背中の中ほどで切りそろえられた真っ直ぐで艶やかな髪をハーフアップにし、白い生地の、豊かにドレープを連ねたローブを纏っている。貴族と言うよりは聖職者――いや、ゲームや物語の『聖女』と云った出で立ちだ。


 白い世界に相応しい清廉な聖女姿の少女レーナは、頬を桜色に上気させ、黒目がちの大きな瞳を見開いて、熱望していた登場の予感に緩む口元を抑えきれていない。愛らしい面差しだけれど、『神に相応しく楚々として嫋やかな聖女』少女だった。




 やがてレーナを焦らすだけ焦らし、期待が最高潮に高まるのを待ち構えていたように、ほんのりとしていた光が1箇所に濃縮する。「やっと」と意識せず唇が紡ぐのを自覚しないまま、引き寄せられるように、喜色を浮かべた瞳でひたすらその光景を凝視していたレーナは――


「つっ!?」


 弾かれた様に目を伏せた。興味を向ける彼女の身などお構いなしとばかりに、塊となった光は強すぎる閃光となったのだ。


「ねぇ? せっかく逢えたのに、いつまで目を瞑っているつもり?」


 主張の激しすぎる強い光のせいで、目を開けても未だ黒く眩んだままの視界に苛まれているところに掛けられた声は、ひどく不満げだった。光と同じく相手の苦しみへの配慮など一切ない、不貞腐れた響きに、少女は頬を引きつらせる。


 きゅっと唇を嚙み締めると、素早く口の中で回復の呪文を唱えた。彼女が唯一使える、自分自身を癒すだけのささやかな魔法だ。それでようやく黒かった視界に色が戻って来る。とは言っても、今は白一色の世界に居るのだけれど。


「ねぇったら」


 しつこい上に馴れ馴れしい声の方向に顔を向ければ、そこには忽然と色鮮やかな存在が顕現していた。待ち焦がれた想い人の、悪い意味での予想外な登場に、ドキドキよりも困惑が勝って思いのほか冷静になる。


「――リュザス?」


「ご名答」


 こちらの冷め気味な声のトーンなど気にせず。満足げな微笑を浮かべるのは、虹色の長髪を風一つない空間に揺蕩たゆたわせた美貌の青年だ。整った高い鼻梁と、切れ長で涼やかな目。その瞳はラピスラズリの如く黄金の煌めきをちりばめた藍色で、肌は陶磁器を思わせるきめ細やかさと滑らかさがある。神々しさを増す波打つ白い衣は、胸元を緩く覗かせながら引き締まり整った体躯に沿って足元まで流れ落ち、肩から腕にかけてと、腰に、植物を象った華やかな黄金の装飾具が彩る。


 ――まさしく、彼女の理想を体現した姿だ。


「ようやく、君が待ち望んでいた僕との、真のエンディングに辿り着いたんだよ」


 どう? 感動するでしょ? 嬉しいでしょ? と言わんばかりの得意げな笑顔に、レーナは自分の頭や胸のどこかが、急速に冷えていく感覚をおぼえる。


(ありえない。いろいろと)


 ここまでの長い間、レーナは羽角はずみ 玲緒奈れおなだった頃からまだ見ぬ青年を渇望し、惜しみない愛情と敬意を抱いていたはずだった。なのに、青年の言葉を聞けば聞くほど、動く姿を見れば見るほど―――積年の想い人に会えて微笑が浮かぶはずの自分の顔から、すとんと表情が抜け落ちるのを感じていた。


 まさしくありえない事態だった。愕然として、薄く開かれたレーナの唇から、かすれた声が漏れ出る。


「―――が……わ」


「え? なに」


 ふいに気配を変えた少女の反応に、若干の訝しみを感じつつも、リュザスは呟かれる言葉は好意的なものだと信じて、笑顔で顔を傾げた。


「ちが……の」


 愕然とした表情で、リュザスにようやく目の焦点を合わせたレーナは、微かに首を振る。


「んん? 感動のあまり声が出ないのは解るけど」


 流石に、レーナの様子が尋常でないことに気付いたのだろう。美貌の青年はようやく眉をひそめて、一歩、少女に向かって踏み出せば、彼女は弾かれた様に同じだけ跳び退った。


 さらに、拒絶を示すように――いや、事実拒絶の意図を込めて、真っ直ぐに両手を突き出す。


「違うのよ! なんか違うわ! 自由にわたしに話しかけるのなんて聞きたくなかった! 髪の毛をかき上げるところなんて見たくなかった! 瞬きするのなんて見たくなかった! 綺麗な歯並びだけど、あえてそんな人間っぽいところなんて見たくなかったぁぁ! これってアレよね、蛙化って言うの? 敢えて会いたくなかったわぁぁ―――――!!!」


「はあぁぁあ!?」


 虚無の空間に、最高神リュザスとレーナの絶叫が響いた。








 レーナとリュザスの間には、実際に出会い、触れ、関わり合うことができなくとも、互いを認識し、求める関係性があった。


 それなのにどこかで――いや、出会った瞬間、理想との大きなズレが生じてしまったらしい。まさかそんなことが起ころうとは、神であるリュザスですら想像し得ないことだった。

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