再会(2)

 邸に到着した私たちは、熟年の男性執事サイラスの案内でゼアラン様が待つ部屋へと通された。


「ユマ様! お久しぶりでございます」


 途端、部屋の中央から弾んだ声が飛んでくる。

 邸の外観を裏切らない如何にも貴族という内装の部屋。右手で杖をついた青年――エイナード・ゼアラン様がこちらに微笑みを向けていた。

 改めて見ると、長身で平均的な日本人青年と比べるとガッシリとした体型だが、城で私の護衛に付いていた第一騎士団の騎士よりは細身だ。ゼアラン様は第二騎士団の団長を務める魔剣士と聞いている。武器に魔力を乗せて戦うスタイルのため、腕力に偏らないためだろうか。近衛である第一が主に接近戦を想定しているのに対し、王都の警備担当である第二は柔軟な対応を求められるのかもしれない。


(お会いするのは二度目だけど、やっぱり格好いい人)


 今日みたいな鎧ではないラフなシャツ姿も素敵だ。花束を持って立っていたら、大層絵になることだろう。それでいて倒すのが難しい強力な魔物を倒した猛者というのが、またグッとくるというか。

 と、思わず見惚れていたところ――

 コホン

 そのまま部屋に残っていたサイラスさんの咳払いで、私は我に返った。

 しかしどうやら彼が我に返したかったのは私ではなく、ゼアラン様の方だったようだ。気付けば微笑んでいた彼が、しゅんとした表情に変わっていた。

 歳は私と同じ二十四だと聞いている。けれど、そうしていると年下に見えてしまうのだから、その点でも見た目詐欺だと思う。


「お出迎えできなかったばかりかこのような部屋まで……申し訳ありません」

「いえ、ゼアラン様の事情は理解しておりますので。あの、頭を上げてください」


 深く礼をする彼にぎょっとして、私は慌てて返事をした。

 呪いにかかった者の余命は長くて一年と記録されているが、それを待たずして自ら命を絶ったという例もあった。痛みこそないものの、呪いに侵されて行く様は酷くおぞましいと聞く。生きながら死に喰われるようだと手記を残した被害者もいた。

 ゼアラン様ほど呪いが進行していて正気を保っているのは、稀な事例だという。いつ気が触れるとも知れない状態なのだから、極力部屋にもるという彼の判断は正しい。

 このような部屋という表現は、奥に見えるベッドを指すのだろう。これについても、彼の容態がいつ急変するとも限らないのだ、当然の措置といえる。

 ゼアラン様は私にソファを勧め、私が座ると彼も対面に腰を下ろした。


「どうぞ私のことはエイナードと呼び捨てて下さい」

「えっ、そのような――」


 そのような真似できません。そう言いかけて、あっと口を閉じる。

 そうだった。私はこの人の最期の願いを叶えに来たのだ。それがどんなさいなことであっても、できうる限り応えたい。

 私は胸に抱えたままだったいつものケースを、ぎゅっと抱き締めた。


「――わかりました。そのようにします……エイナード」


 さすがに恥ずかしくて、肝心の名前が小声になってしまう。けれど、ゼアラン様――エイナードにはちゃんと聞こえたようで、彼は微笑みを返してくれた。


「あなたの騎士になれたようで、大変嬉しく思います」

「わっ、私はそんな立派な者では……」


 実際、落ちこぼれと呼ばれて仕方がないくらいの能力しかない聖女だ。確かに陛下の病気を治しはしたが、エイナードは私を美化しすぎていると思う。

 幾ら軽口とはいえ。そう思いながら私は愛想笑いを変えそうとして――失敗した。


「仮に立派な者でなくとも、私の気持ちは変わりません。私はずっと、あなたの騎士になりたかった」

「……っ」


 息が止まった。彼の真っ直ぐな目に射貫かれて。

 彼の言葉を軽口と決めつけたことを見抜かれ、そうではないとうつたえられたように感じた。


「ああでも、騎士はすべからく国に忠誠を誓っていることになっていますので、どうぞ今の発言はご内密にお願いします」


 かと思えば一転して、彼が茶目っ気のある口調でそう付け加えてくる。

 思わず呆けてエイナードを見つめれば、彼が片目をつぶってみせて。

 胸がドキリと音を立てるのと同時に、私はここまで知らずにしていたらしい緊張がほぐれたのを感じた。

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