プロローグ 最期の願いを(2)

 呼び出された場所は、国王陛下の執務室だった。

 謁見の間ではなくこちらに案内されたことで、私は私的な頼み事であると目星を付けていた。

 そしてそれは当たっていた。

 しかし――


「騎士様の見舞い……でございますか?」


 どんな緊急事態なのかと身構えていた私は、国王陛下の依頼に呆気に取られた。

 意図がわからず、陛下に目で問う。薬の依頼でも希少な素材の調達でもなく、見舞いとは?


「その方の治療を兼ねてということでしょうか?」


 虎の子扱いしていた聖女を外に出すのだから、そう考えるのが自然。しかしそう思って尋ねた私に、陛下は首を横に振ってみせた。


の騎士は不治の病――いや、正確には呪いにかかっておる」

「! 呪い……」


 『呪い』。その単語に、私は思わず片手で口元を押さえた。読書の際、主にこの世界や国について書かれた本を選んでいた私は、すぐに件の騎士が現在どのような状態か理解した。

 リトオールにおいて『呪い』は、『呪術』と区別される。呪いは一部の魔物を討伐した際に受けるもの。足先から麻痺が始まり、日に日にその範囲が広がって行くという。

 呪いを発動する個体については、一定以上の強さを持つ魔物が該当すると記録されている。そんな魔物が出てくることは稀で、さらにそれを倒せる者となるともっと稀。その少ない事例ではすべて、呪われた者は命を落としていた。

 何故なら、呪いは解く手段がないからだ。

 人間の魔術師(リトオールには魔法が存在する)が扱う呪術は、術者が解くか死亡すれば解ける。しかし、魔物の呪いは断末魔のほうこうにより発動するらしく、その特性故に従来の方法が通用しない。研究が進めば解呪も可能になるかもしれないが、少なくとも現時点では呪いは不治の病だった。


「随分と強力な魔物だったらしい。進行が速く、もって三ヶ月という報告だ。エイナードはおそらく、この老いぼれより早く逝ってしまうことだろう」


 陛下が深い皺をさらに深くして溜息をつく。心から悲しんでいる様子が窺えた。


「エイナード……まさか、ゼアラン様……?」


 やるせない表情の陛下が口にした騎士の名に、私は呆然となった。

 そして私が呟いた家名に力なく頷いた陛下に、目の前が暗くなった。

 この国の騎士でエイナードといえば、誰もが同じ人物を思い浮かべるだろう。元々第二騎士団長であったエイナード・ゼアランは、半年前さらにその名を馳せることになった。聖女を王城へと連れ帰った騎士として。

 つまり呪いに侵されている騎士というのは、私を洞窟まで迎えに来た彼だということだ。

 私が路頭に迷うことなくこうして穏やかな日々を過ごせているのは、彼のお陰であるのに。


(それなのに私は助けられない……聖女なんて大それた呼称のくせに)


 呪いは――解けない。やはり過去の聖女も解呪について研究していたようだが、それは実を結ばなかった。この時代においても、呪いは不治の病のままだ。

 聖女の奇跡はあくまでリトオールにあるものを具現化する力。元々存在しない呪いの特効薬を作り出すことは不可能だった。


「私はゼアラン様に……何をして差し上げられるのでしょうか?」


 陛下も当然、聖女の奇跡の特性についてはご存知のはず。陛下は私に何を求めているのだろうか、そんな気持ちで私は疑問を口にした。


「うむ……死ぬ運命の者を救うほどの奇跡を起こして欲しいといいたいわけではない。ただ……聖女のできる範囲でエイナードの願いを叶えてやって欲しい。この冬の季節を越せないだろうエイナードに春の花や夏の食べ物を与える、その程度で構わないのだ……」

「…………」


 それは本当に言葉通りの「その程度」の願いだった。だからこそ、絶句する。

 いざというときのために、私は城に軟禁されていた。しかし、半年目にして訪れたそのいざというときが、今だという。

 確かにゼアラン様は、陛下の命を救った立役者ではあるだろう。しかし、失礼を承知で言えば、彼は一介の騎士でしかない。それなのに陛下は、まるでごく親しい者の不幸を嘆くかのように悲しんでおられる。


(そういえばゼアラン様も、私を見つけたときに泣いていらしたわ)


 これで国王陛下が助かると、彼は大の大人の男であるというのにぼうの涙を流して喜んでいた。

 私が迷い込んだ場所は、とても温かい国だった。私はとても幸運だった。

 その感謝を伝えたい彼が、もうすぐはかなくなってしまうという。


「そのお役目、謹んで……お引き受けいたします」


 是非もない。私は機会を下さった陛下への感謝の意も込めて、深く礼をった。

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