第21話 思い出
意識が戻り、誰かが私に腰を打ちつけてはまた途切れる。
もう何度それを繰り返したか分からない。
道具の様に私の体を使う男達。
コイツらは何でこんな事が出来るんだろう。
まるで幼児の様に私の胸を貪る男の顔。私の記憶が確かなら、コイツは有名な銀行の頭取とか言ってたっけ。本当かは分からないけど…。
あっちの男は政治家、こっちは…、良く分からない企業の取締役とか言ってたっけ。
それぞれ恋人や妻…子供も居たと記憶してる。なのにどうしてこんな事が平然と出来るのだろう…。男ってそういう生き物なの?
(…大地は……違うはず)
現実から目を背ける様に、私の中ではある種の聖域と化している彼の顔を思い浮かべる。
私にとっては紛れもない初恋。
小中と母の抑圧を受けていた私には恋愛なんてもっての外、男友達を作っただけでも狂った様に怒られた。
次第に嫌気が差した私は、年を経るにつれ監視が甘くなってきた母の目を欺き、サボる事を覚えた。
しかし当然その裏切りはテストの点数という、誤魔化しようの無い事実として私に突き付けられる。
それでも良かった。窮屈なあの生活からとにかく逃げ出したくて、母に何と言われようとも私は物言わぬ抵抗を続けた。
結局私は普通の市立高校へ行く事が決まり、それを知った後の母の豹変ぶりに両親の関係も悪化。
最早家に居る事こそが1番の苦痛だと…、そう認識した私が夜遊びに耽るのにそう時間は掛からなかった。
さも気遣ってる様な振りをして近付いてくる男も、私が女だというだけで高圧的な態度をとる不良も、母を思えば可愛いものだった。
夜遅くに帰宅しては母から怒鳴られ、朝になれば逃げるように学校へ行き、馴染むつもりもない教室を抜け出して1人時間を潰してはまた夜の街へ行く。その繰り返し。
大地と出会ったのは、そんな生活にも慣れてきたある日の事だった。
いつもの様に出欠確認を済ませた私は、誰に憚る事なく教室を抜け出し、屋上へ向かう為に階段を登って行く。
当時父が内緒で買ってくれたスマホにのめり込んでいた私は、娯楽という物に全く触れられなかった反動からかネットの世界に没頭し、1人気兼ねなくスマホを触れるその時間と場所を大切にしていた。
オシャレな服を調べてそれを着た自分を想像してみたり、動画サイトであても無く流行りの動画を見てみたり、たまにゲームをしてみたり…。
しかしそんな私にとっての聖域に初めての先客が訪れる。
扉の開閉音に気付いていないのか無視をしているのか…。呆然とした様子でどこかを見つめている男子生徒。そんな彼の第一印象は、清潔感はあるけどどこか陰気で冴えない男子。という感じだった。
「ちょっと」
「………え?」
「あなたもサボり?ここ私の定位置だから他探して欲しいんだけど…?」
生徒こそ誰一人来ないこの屋上ではあるけれど、時々教師が雑談や喫煙をする為に足を運ぶ事がある。屋上の入り口は凸型に突き出ており、その片側側面が教師の定位置となっている為、反対側に隠れて物音さえ立てなければまず見つかる事は無かった。
しかしそれ程広いわけでは無いこの場所に他人が居ては寛げない。
故に私の選択肢は彼を移動させる事一択だった。
「……少ししたら授業に戻るよ」
「早くしてよね」
「…わかった」
気の抜けた返事をして再び視線をどこかへと向ける名も知らぬ男子生徒。結局彼は何をするでも無く2時間程屋上に居座ってからどこかへと去って行った。
そして翌日。その男子生徒はまたしても屋上に現れた。
「えー…、また来たの?」
「悪い。昨日みたいに少ししたら出て行くから」
昨日とは違い私の言葉にはっきりとした反応を見せた彼。何があったのかは知らないけど少し持ち直したのだろう。
「はぁ…、まあ別にいいけど...」
この様子なら明日には来なくなるだろうと思った。
しかし彼はその予想に反して次の日も、その次の日もやって来る。
早く出て行けとばかりに無言の圧力を向ける私と、気にした様子もなく物思いに耽る彼。
何を話すでもなく、近くにいて同じ時間を共有しては無言で解散する。
そんな奇妙な関係が2週間近く続いたある日の事。
沈黙を破る様に口火を切ったのは彼の方だった。
「俺の名前、山田大地って言うんだけど…君は?」
「わっ、なに…?いきなり話しだすからびっくりしたじゃん」
「いや、いい加減名前くらい名乗った方が良いかなってさ。ここに居させてもらってる訳だし」
「えっ、そこ気にしてたんだ…」
問答無用で居座るものだから自分勝手な人間かと思っていたけど、そうでも無いのかもしれない。
「まあ別に良いけどさ。私が先に使ってたってだけで山田?を追い出す権利なんかないし...。で、名前?私は石動加奈」
「石動さん。今更だけど、宜しく」
「宜しくするのは良いけど…、もしかしてまだ来るつもりなの?」
「いや、これからは授業時間以外に遊びに来るよ。これ以上サボってたら取り返し付かなくなりそうだし」
「来なくていいから…」
その後彼…山田大地は宣言通り、授業の合間や昼休み等、時間を見つけては屋上へ来る様になった。
別に求めてもいないのにやって来ては話し始める彼。
何が好きだとか嫌いだとか、ハマってるものは何だとか、何の生産性も無い他愛のない雑談をしてはまた去って行く。
下心が見え見えのナンパな男や力で従わせようとする男達とは違い、友人の様に対等に接してくる彼の存在を…、次第に心地良く感じる様になっていった。
お陰で山田という男子生徒が何故屋上に来てまでサボっていたのかが気になってしまった私は、初めて此方から質問を投げかけてみる事にした。
「ちょっと気になっただけだから答えなくても良いんだけどさ、山田はなんでサボってたの?」
その質問を聞いた彼の表情を見た瞬間、迂闊だったかなと後悔をしてしまう。
私がここに来る理由だって言えない訳では無いけれど、進んで話したい様な事でもない。
(無神経過ぎたかな…)
父を除き、それ以外の人間は全て私に対して上から目線で接してきた。その為彼を相手にすると、距離感や話題が途端に分からなくなってしまう。
これは言い訳にしかならないとは分かっていても、これ迄家族以外との会話を最低限に抑えられて来た弊害…、それを感じずにはいられなかった。
「まあ…普通に失恋してヘコんでただけだよ」
乾いた笑いを見せ大した事じゃないと誤魔化す彼。而してその表情は次第に曇り始め、ポツポツと何があったのかを語り始めた。
彼の口から語られた出来事は中々…いや、かなりショッキングな物だった。
好きだった幼馴染が自分以外の男と付き合いだした。言っては何だけどこれに関しては正直良くある話だと思った。
まあ…、彼とその幼馴染がどんな関係性だったか迄は把握していないから何ともだけど…。
それよりもその後の出来事が悲惨過ぎて、彼に掛ける言葉が私には到底思い付かない。
そのお詫びというつもりでは無かったけれど、気付けば私もこれまでの悩みを彼に打ち明けていた。
それを聞いた彼は、時折私の気持ちを代弁するかの様に憤りを見せ、共感して励ましてくれた。
お互いに心の内を曝け出した私達は、それ以降毎日のように悩みを吐き出し、時には慰め合い、2人なりの充実した学生生活を楽しんでいた。
生まれて初めて感じる他者との居心地の良い関係性。そんな相手に友人以上の好意を抱いてしまうのは…、きっと時間の問題だった…。
(楽しかったなあ…)
走馬灯の様にフラッシュバックする、たった2年程の記憶。
(こんな所に居る筈が無いのに、顔まで見えてきちゃった…)
群がる男達を掻き分け此方へ歩み寄る1人の男。その男の顔を彼と空目してしまう。
「石動…遅くなってごめん」
「…あ……うっ……ぁ…!」
必死に返事をしようとした。しかし脱力した私の体は意思に反して言葉を紡げない。
聞き間違える筈が無い。その声は紛れもなく彼のものだった。
「すぐに終わらせるから、今は眠っておいてくれ……『睡眠』」
その言葉を最後に…、私の意識は再び微睡みの中へ落ちていった……。
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