第19話 聖女式拷問
騒がない様にと脅され、私と石動さんは別々の車に乗せられた。
囲まれる様にして真ん中の席へ座らされた私に目隠しが付けられる。これから向かう場所が何処なのか分からない様にする為だろうか。
そんな私の不安を余所に下衆な会話を繰り広げる男達。
「河瀬さんはこの仕事嫌がってたけど、俺等からしたらとんだ棚ぼただったな」
「この女ガチで好きにしていいんすか?」
「てっきりいつもみたいに売りやらせるのかと」
「この女は借金がある訳でもなければ家族と絶縁してる訳でもねえ。そんな女店に突っ込んでも仕事なんか碌に出来ねえだろ。だからまあ…、最終的にどうなるかはアンタ次第だぞ?俺等も言う事一つ聞かねえじゃじゃ馬を飼い続ける気はねえからな」
隠す気の無い脅し。従順にしていなければ最悪の場合もあると言いたいのだろう。
そもそもは権藤の行動が発端だと言うのに、何故私がこんな男達の良い様にされなければいけないのか。
この後に起こるであろう事を想像してしまい、余りの悔しさに涙と吐き気が私を襲う。叶うなら今ここでこの男達を殺してやりたいとさえ思ってしまった。
(やっとこっちでの生活も楽しめてきた所だったのに...)
「最近変なニュースが多くないですか?」
いつも通り妹と食卓を囲んでいた時の事。何気なく発された妹の言葉を聞いてテレビに目を向ける。そこでは若い女性が乱暴を受けた末に殺害されるという、何とも痛ましい事件の解説がされていた。
「確かに。殺人やら行方不明やら、毎日新しい事件が起きてるな」
王女様から聞いて以降、普段とは大して変わった様子も無い世間にすっかり忘れかけていたが、魔族が関わっている可能性もある。一度調べてみる価値はあるだろう。
「私も友達と帰る様にしますけど、兄さんはぼっちなんですから気をつけて下さいね?」
「うるせえ」
心配してくれるのはありがたいが保護者の様な物言いがむず痒い。昔は人見知りが激しく心配の絶えない妹だったが、高校生になってからは友人も増えて学生生活を楽しんでいる様だ。
何が切っ掛けかは分からないがそのまま兄離れもしてくれたら嬉しい限りである。今のところそこだけは以前と変わらないが...。
「そういえば兄さん。今年のクリスマスなんですけど、家に友達を呼んでもいいですか?」
「え?良いけど…」
「全員女の子ですけど、変な目で見ないで下さいね?」
「見るかよ」
しかしそうなると家に居るというのも憚られてしまう。妹は気にしないと言うかも知れないが友人の方はそうでもない筈だ。家族が居ると分かれば気も抜けないだろうし、ぶっちゃけ俺自信も気まずい。
折角『転移』が使えるのだから、どこか遠くの国に行くのもありかもしれない。
そんな事を考えていた折、不意に大きな魔力を感じ取る。
(これは…、片澤に渡したアレか…)
権藤が何かを仕掛けた可能性もあるが、先程の物騒なニュースも気掛かりだ。あのネックレスには『結界』の魔法を仕込んでいるので暫くは無事な筈だが...。
急いで夕食を食べ終えた俺は、用事を思い出したフリをして家を出る事にする。
「悪い牡丹、ちょっと用事思い出したから少し行ってくる」
「え?兄さん?」
「洗い物は後でするから、先に風呂入って寝といてくれ」
「ちょっと?せめて何の用事か...」
心苦しいがゆっくりと話している時間はない。足早に家を出た俺はネックレスから発せられた魔力を探し『転移』した。
念の為魔力を補充しておくべきかと考え葉巻に火を付ける。『転移』した先は随分と古ぼけた二階建てアパートの前だった。
周囲には畑ばかりで人影は無く、コソコソと何かをするには適した場所に思える。
「片澤は…二階か」
二階へ飛び上がり片澤が居るであろう部屋の前で『五感強化』を使う。すると内部のやり取りが聞こえてきた。
どうやら『結界』のお陰で混乱している様だ。
「おい、これマジでどうなってんだよ...」
「針も刺さらねえし服もくっ付いてるみたいに動かねえっすよ」
「これ、なんなんすか?」
「俺だって意味が分かんねえよ」
「こんなエロい女捕まえたのに一発もヤれねえのはダルいって」
「…片手だけ手錠外して一回自分で服脱がせてみろ」
(異世界でもこっちでも、この手のクズは変わらないもんだな…)
異世界のとある村で起きた山賊の襲撃事件。守り切れなかった人達の顔が脳裏を過る。
駆け出しで情けなかった俺を精一杯もてなしてくれた小さな村の人々。山賊は彼等の悉くを蹂躙し、女性は当然の様に凌辱の限りを尽くされていた。その被害者の中には綺麗な花冠をプレゼントしてくれた幼い少女も居た。
久しく感じる冷め切った感情。裏で誰が絡んでいるのかは分からないが、やるのであれば徹底的にやらなければならない。
(行くか…)
『身体強化』を自身にかけノックする。
「……誰だ?今このアパートに住ませてる奴他に居たか?」
「一応一階の端に薬中のジジイが居ますけど…」
「おい、誰でもいいから部屋に押し込んでこい。薬が欲しいって言うなら少しだけ分けてやれ」
『索敵』で感知した人間は片澤を含め5人。そのうちの指示役らしき男に言われて1人が此方に向かってきた。
一定間隔でノックを続け、男が扉の前に来るのを待つ。
「おい!うるせーぞ!いつまで鳴らしてんだ!」
(ここら辺でいいか…、1...2...3!)
タイミングを図り、3回目のノックで扉を思いっきり殴り飛ばす。
扉前に居た男は勿論、直線上に立っていたもう1人も巻き込み鉄の扉ごと
「何だ!爆発か⁉︎」
「おい!刃物か拳銃持ってこい!」
騒がしくなった室内に土足で踏み入る。短い廊下を歩いて行った先、部屋奥に置かれたベッドの上に片澤はいた。
「えっ、ウソ…大地」
「お前どうやって...」
この連中の会話に付き合うつもりは無い。男の1人が向けて来た刃物を握り潰し、下腹部と頭を殴って気絶させる。もう1人は構えた拳銃を奪って両足を撃ち抜いてやった。
「あああぁぁ!!クソッ!足が...!」
「片澤、無事で良かった」
「う、うん。大丈夫だけど…、きゃっ⁉︎」
砕かれた手錠を目にして驚いた様子の片澤。
「あのナイフもだけど…、今握り潰さなかった?」
「後で話そう。とりあえず外に逃げてくれ」
コクコクと頷いた片澤を見送り部屋全体を隔離する為『結界』を張る。これで外部へ音が漏れる事も、これから起こる光景を見られる事も無いだろう。
両足から血を流し蹲る男に問いかける。
「今から幾つか質問をする。出来れば素直に答えて欲しいんだけど…」
「クソガキが…、言うわけねえだろ。あの女の妙な仕掛けもお前の仕業か?」
質問に答える気は無いと言う男。仕方がないので男に近付き左腕を引き千切る。
「あああああぁぁぁ!!」
「落ち着けよ。腕は繋がってるだろ?」
「はぁ…!はぁ……、そんな筈...⁉︎」
四肢等を引き千切り即座に『治癒』する。異世界の聖女様が悪人に対して好んで使っていた拷問の手法だ。シンプル且つ効果的なこの方法は、当然だが強力な『治癒』使いで無ければただ死なせてしまうだけなので実用出来ない。
「今度は右腕で試してみるか?」
男の答えを聞く前にもう一度腕を引き千切る。
「ぐああああぁぁぁ!!?」
「質問に答えない限りこれが永遠に続くと思ってくれ。手足の指、耳、なんなら股間についてるソレでもいい」
続く言葉を聞いてやや放心状態になってしまった男。あまりやり過ぎては話も出来なくなるため少し待つ事にした。
「そろそろいいか?」
「………はい。」
待つ事数分。やっと意識を取り戻した男は観念したのか事の詳細を語り出す。
話の内容は粗方予想通りだったが、石動の名前が出て来たことには驚いた。石動とは良く分からない集団と付き合いだしてから疎遠になってしまっていたが、まさかそれがコイツらだったとは。
(さて…、この男達をどうするべきか)
こうなった以上生半可な形で終わらせる気はない。この手の連中を中途半端な制裁で終わらせたら最後、手痛いしっぺ返しを喰らうというのは異世界でも此方でも変わらないだろう。エスカレートして家族や知人まで巻き込みだしたら流石に対処出来ない。
悩んだ末、一旦男達を『保管庫』に詰め込んでおく事にした。生物を入れた事は無いのでどの様になるかは想像がつかないが、この場に放置するリスクを考えたら致し方無い。最悪の場合、河瀬とやらに渡して処理させるつもりだ。
「戻るか」
大地を待っている間、何気無く胸元のネックレスを見てみるとその状態に驚いてしまった。
「わ、割れてる…」
色取り取りの連なった宝石は全て光沢を失い無惨にヒビ割れている。
(やっぱり、これのお陰だったのかな)
部屋のベッドに拘束されて服を脱がされかけ、心の中で強く助けを求めた時この宝石は光り出した。それ以降、男達がどれだけベタベタと体に触れようとしても触れられた感覚すら無く、何かが入れられた注射器も私の体を刺すことは出来無かった。
不思議なのはネックレスだけではない。今思えば旅館での大地の身のこなしも異常なものだった。そして今し方目にした光景も...。
何か私の理解を超えた物を隠しているであろう彼が、いつかそれを打ち明けてくれる日は来るのだろうか。
諸々の感情を抜きにしても興味をそそられる事ではあるが、今はいい。そんな事よりも知りたいのは…。
(どうしてそこまで…)
彼の行動動機が友愛によるものなのか、はたまたそれ以上、それ以外の何かなのかは分からない。知り合ってから今日に至るまで下心の一つも感じさせない大地の姿勢を、どう受け取ればよいのか測りかねていた。
それと同時にこのままではいけないとも思う。今後彼に危険や困難が迫った時、少しでも助けになれる存在になり、恩を返さなければと思う片澤だった。
「あ!大地、大丈夫だった⁉︎」
「ああ、全然大丈夫」
「良かった…!また迷惑掛けちゃったね…。このネックレスも壊しちゃったし」
彼女のせいでは無いというのに、それでも謝罪をしてみせる片澤。ネックレスに至っては元々使い切り前提の品物だ。気にする必要は無いと伝え、とりあえずこの場を離れて帰る手段を確保しようと提案する。
地図アプリが示した現在地は埼玉県東部。
「帰るまで結構時間かかりそうだね…、あっ」
「ん?」
「私と一緒に居た石動さんって子の話何か聞いてないかな?私とは別の車で連れていかれちゃって、通報だけでもしておくべきかなって思ったんだけど…」
石動に関しては片澤を送ってから行動すべきか悩んでいたけど、既に気にかける程の仲なのであれば連れて行っても良いだろう。目に見える範囲に居てくれた方が安心出来るというのもある。
「片澤、ちょっとこっちに」
「わっ…、何?」
片澤を抱き抱えアパートの屋根目掛けて飛び上がる。
「ちょっ、何今の⁉︎」
「魔法を使ったんだ。これから石動の所へ魔法を使って行こうと思う」
「魔法…」
「まあ見てくれれば分かると思う」
俺以外の人間を含めて『転移』をする場合、やや複雑な魔法陣の用意が必要になる。
しかし勇者パーティの面々は皆『転移』が使えた為、俺がその魔法陣を覚える事は終ぞ無かったのだ。
それ故の第二プラン。まずは氷魔法を用いて自身の前方に常時氷のレールを作り出し、風魔法を使って体を前に押し出す。グラインドレールというやつだ。
浮遊魔法が中々習得出来なかった際に思いついたオリジナルだが、今となっては浮遊魔法よりスピードが出る。
「なんか綺麗、これが魔法…」
ハッキリとした現象を直接見てもらうのが分かりやすいと思ったが正解だった様だ。呆けている片澤の体を『結界』で保護し、寒さ対策も忘れないうちにしておく。
「警察を頼っても恐らく間に合わない。俺達で石動を助けに行こう。移動中何かあれば背中を叩いてくれ」
「…わかった!」
夜も22時を過ぎた頃、俺と片澤は冬の夜空を猛スピードで駆け出した。目指すは河瀬が所有するという新宿区と港区のタワーマンション。石動はそのどちらかに居る可能性が高いのだとあの男は言っていた。
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