ep.05 答え

「それで、先輩? 答えは決まりましたか?」


 放課後、昨日と同じ中庭で。明るめの茶髪、そこそこでかい胸、すらりとした手足が特徴の女の子が不敵に笑って告げて来る。

 浅草あさくさ未来みき。思い人の鼻を明かすために、俺を契約彼氏にしようとしている新入生。入学初日にいきなり上級生の教室に乗り込んでくる胆力の持ち主。

 ぱっちりとした目は自信に満ち溢れていて、俺に断られる可能性なんて微塵も考えていないようだった。

 どうやらコイツは自分の可愛さを自覚しているタイプらしい。抜群のスタイルに、目を引く目鼻立ち、そしてそれらに胡坐を掻かずに磨いているだろうファッションセンス。改めてよくよく見るととんでもない美少女だなコイツ。

 唯一の欠点と言えば、髪をまとめているシュシュがくたびれていることくらいか。そんな、ファッション誌の中からそのまま出来たかのような女の子が頼み事をしてきたら、男なんて一目でコロッと行っちゃうだろう。

 だが、この清水明を舐めてもらっちゃ困る。俺はこれでも200人に惚れ、そして200人にフラれてきた男だ。そんじょそこらの男と一緒にしてもらっちゃあ困る。この程度の女子との対面なんざ慣れたものだ。

 

「いくつか聞きたいことがある」

「何ですか? めんどくさいなぁ」


 コイツ……っ、態度が頼み事をしてきた奴のそれじゃねぇ!

 ……まぁ、良い。こちらとしては質問に答えてくれればそれで良いのだ。

 げふん、と咳払いを一つ。

 質問とは言うまでもない。恋人契約のことだ。俺はまだ肝心なことを聞いていない。


「お前はどれくらいのことまで俺に許せる?」

 

 つまりは契約内容についてだった。

 想い人を後悔させるために恋人が欲しい。なるほど、大方2、3年生が流した情報から知ったのだろう。恋人を年がら年中欲している俺に目を付けたのは正しい判断だ。手っ取り早く目的を達成する上では、俺以上の適任はいないだろう。

 だが肝心なのは、俺が得られるメリット。恋人とは言うが、

 何せ契約恋人関係である以上、浅草に想い人がいる以上、本当の恋人と同じレベルのことは出来るわけがない訳で。俺としてはコイツがどれくらいのことを俺としてくれるのかを測りかねていた。


「例えば俺とデートするってなったら、お前は付き合ってくれるわけか?」

「勿論ですよっ。そうじゃないと意味ないし」

「それじゃあ、一緒に昼飯を食べるとかは?」

「やりましょうやりましょう! 何なら『あーん』とかも付けちゃいますよ? アツアツっぷりを見せつけてお兄ちゃんを歯噛みさせてやるっ」


 最後の恨み言は置いておいて。ふむ、なるほど。まぁ、ここら辺はコイツも想定してるだろうなとは思っていた。仮にも恋人だ。これくらいはするだろう。しないと目的も達成できないだろうし。

 じゃあ、もう少し踏み込んだ話をしよう。契約関係、その建前ではやりにくいことを。


「手を繋ぐとかは、俺と一緒にやるのか?」

「…………あったり前じゃないですかっ」

「……腕を組むのは?」

「な――っ、し、仕方ありませんね。特別に許してあげます!」


 虚勢を張っているが、段々と歯切れが悪くなってきた。こりゃ、手を繋ぐも、腕を組むも望み薄だな。

 一応、最後に絶対ないと思いながらも聞いてみる。


「ちなみにキs――」

「――するわけないでしょ! 変態! 下劣!」

「冗談だっての、そこまで怒んなよ」


 流石に想い人がいる相手とキスしようなんて思ってない。俺は滅茶苦茶色んな人に告白するけど、NTR趣味というわけじゃない。彼氏持ちの人に告白したことは一度もないし、強引に迫ったことだってないのだ。

 けれども、浅草はそんなことなんて知るはずがない。顔を真っ赤にして罵倒してくるのも当然と言える。身を守るように体を掻き抱いて俺を睨むと、彼女は憎々し気にこう言った。

 

「そんなんだからモテないんですよ」

「そんなんって何なんだよ」

「そんなんはそんなんです」

 

 だからなんなんだって。どうして周りの女子は俺の問いかけに答えてくれないのか。言いたいことがあるならはっきりと言えば良いのによ。


「それで?」

「ん?」

「それでどうするの? 契約彼氏になってくれるの?」


 拗ねた様子で浅草は答えを迫ってきた。いちいち絵になるのが、なんかムカつくな。でも、ま、俺としても聞けたいことは聞けたし、判断材料としては十分だ。

 俺が彼女を欲しい理由は、あくまで青春を全力で楽しみたいからだ。そうあくまでそれが最低ライン、逆を言えばそれが達成できれば妥協しても良いと言える。

 欲を言えば、ほんとの彼女――お互いを好きな者同士の恋人が欲しかったが、こればっかりはしょうがない。しょうがないよなぁ。手に入るか分からない理想よりも、確実に手に入る妥協した現実を優先した方が賢い選択というものだろう。はぁ……しょうがない、しょうがない……。

 だから、答えはもう決めた。

 うじうじとした気持ちを、後ろ髪を引かれる思いを振り切って、俺は彼女の目を真っすぐ見据え、不敵に笑う。

 それから告げた。


「なってやるよ、契約彼氏に」

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