第58話 剛剣使いと極東撫子(後編)


 私――リナ・クドウは流れ落ちる汗を拭う事なく、呼吸を整える。対戦相手であるイリアス殿の揺れを発生させる技に動揺してしまい、危ういところだった。


 体勢を崩したところに、すかさず大剣による一撃を繰り出され反応が間に合ったのは奇跡だったかもしれない。受け止めた一撃は重く、咄嗟に武装強化術を発動させなければ刀を折られていたところだった。


 力では彼には勝てない、あの重い大剣を扱う事から持久力も私より上なのは明白だ。長期戦になればなるほど、こちらが不利になる。 


 呼吸を整え、私は刀を構える――脳裏に過るのは、父上の御言葉。


『リナ、お前は速さに関しては何れ兄妹の中で一番になるやもしれぬ』


 私は、極東国の武門の名家であるクドウ家の4人兄妹の末子として生を受けた。長男カズマ兄上、次男シュウ兄上、、双子の兄である三男ライカ兄上……そして、末子である私。


 クドウ家では、男女関わりなく全員が武術を体得する事が義務付けられている。私も兄上達と同じく、父上から剣術を学んだ。


 兄上達とは試合を通じて、何度も剣を交えた。だけど、何時も勝てなかった。


 体格が小さく、非力な私では兄上達の力強い剣に押し負けてしまう。悔しかった、どうして私は女に生まれてしまったんだろう。


 落ち込む私に、掛ける言葉が見つからない兄上達。兄上達に落ち度はない、兄上達は真面目に試合をしてくれた。


 試合を行った道場の隅に座り込む私に、父上が掛けてくれた御言葉……速さなら、兄妹の中で一番になれるかもしれない。


「(速さ、それが私の最大の武器なら――)」


 小柄で体重が軽い私がイリアス殿に勝っているものは速さ、それを活かす戦法以外に彼に勝つ術は無い――刀を鞘に収める。


 こちらの動きに警戒して、イリアス殿が大剣を構え直す。互いに静止したまま、相手を見据える。






 観客席で試合を観戦していた僕は、リナ嬢が刀を鞘に納めるのを見て、彼女が何を仕掛けるのかを察した。リリア嬢が、僕に訊ねてくる。


「ディゼルさん、リナさんは何をされるんでしょうか? 剣を収めてしまいましたけど……」


「彼女はおそらく――イリアス殿に“抜刀術”を仕掛けるつもりなのでしょう」


 僕の言葉に、リリア嬢の隣に座るロゼ嬢が首を傾げる。


「抜刀術……? 何ですの、それは?」


「ロゼ御嬢様、抜刀術とは極東国の剣術です」


 彼女の疑問に答えたのは、グレイブ殿。王立学園騎士科を卒業した彼は抜刀術の事を御存知みたいだ。


 抜刀術とは刀を鞘に収めて帯刀した状態から、鞘から刀を抜き放つ一撃を繰り出す極東国独自の剣術だと、王立学園時代に授業で習った。達人になると、刀を抜く抜刀と刀を収める納刀のふたつの動作を目で追えない速度で行うという。


 元の時代、僕が守護騎士になりたてだった時に参加した親善試合――決勝戦は、僕に勝利した帝国の騎士と極東国の侍だった。その時の侍が抜刀術を用いたところを観戦した事から、リナ嬢は抜刀術を仕掛けるのだろうと想像がついた。


 納刀状態のリナ嬢の刀に魔力が纏われる……武装強化術で最大限まで強化しているな。イリアス殿も、自身の大剣に魔力を伝わらせて武装強化術を施している。


 彼もリナ嬢が仕掛けてくるであろう攻撃が、これまでで一番のものであると察したのだろう。


 周囲の観客達に目を配る――ごくりと喉を鳴らし、頬に汗を伝う人間の姿が多くみられる。例えるなら、嵐の前の静けさといった雰囲気か。


「!」


 納刀しているリナ嬢が、まるで踏み込むような体勢を取る……いよいよ、抜刀術を仕掛けるようだ。観客達の視線が集中する。 






 流れ落ちる汗を拭う余裕もない――おれは、踏み込むような体勢のリナ嬢を前にして、何とか呼吸を整える。彼女の構えには見覚えがあった。


 学園の授業で習った極東国の剣術。その中のひとつである、抜刀術の構え。


 他国の剣術を目の当たりにする機会は、そうそうあるものじゃない。各国が集う親善試合という場だからこそ、こうしてお目に掛かれる。


 未知の剣術を見れる機会がある事は喜ばしい――そして、恐ろしい。文献や授業だけでは、相手の使う剣術の本質までは見極められない。


『一瞬たりとも、気を抜くな。ほんの僅かな隙が敗北に繋がる』 


 父上が、何時も口にしている言葉が脳裏を過る。気を抜くな、目を凝らせ――彼女から意識を逸らせば、待っているのは敗北の二文字だ。


「……!」


 リナ嬢の雰囲気が変わった、仕掛けてくる――大剣に込める指に力が入る。刹那、リナ嬢の姿が消える。


 ……彼女は何処に!? 気付いた時には、彼女は眼前にまで迫っていた。


 ほんの一瞬で、間合いを詰めた……何て速さなんだ、目で追う事が全く出来なかった。彼女が鞘から刀を抜く。


 おれは大剣を盾のようにして、彼女の抜刀による斬撃を受け止めた。甲高い音が闘技場内に響き渡る。


「ッ!」


 斬撃を防ぐ事は出来た。しかし、おれの大剣には微かに罅割れが生じていた。 


 リナ嬢は直ぐに刀を鞘に納め、もう一度抜刀する。再び大剣で防ぐも罅割れが大きくなる。


 まずい……親善試合の敗北条件のひとつは、自身が持つ武器が破壊される事。この状況が続ければ、おれの大剣は折れてしまう。何とか、活路を見出さなければ。


「(こうなれば、一か八か――“あれ”を試してみるか)」


 おれの脳裏にひとつの技が過る。先ほど、リングを揺らした剛剣術“震撃”と同じ系統の技を使う事を思いつく。


 しかし、この技は武器にもかなりの負担が掛かる。もしかすると、大剣が折れてしまうかもしれない。


 だけど、この状況が続けば、どちらにせよ大剣は折れてしまうだろう。やってやる――おれは、突きを繰り出すように大剣を構える。


 リナ嬢は納刀したまま、おれを見据える。おれが、何らかの技を繰り出す事を察したのだろう。


 おれも彼女も、頬から汗が伝っていた。次の激突で、勝敗が決まると確信する。 


 負けるかもしれないという状況でありながら、おれは高揚感に包まれていた。男とか女であるとかは関係ない、強い相手とお互いの剣術を競い合うという今、この時が楽しいと感じて、笑みを浮かべていた。


 そんなおれの顔を見てか、リナ嬢が苦笑しながら話し掛けてくる。


「随分と、余裕がおありなんですね」


「いいや、そんな事はないさ。勝つか負けるかの瀬戸際だけど、何だか無性に楽しくてね」


「私も同じです――参ります」


「ああ、いざ――」


 リナ嬢が抜刀し、おれは突きを繰り出す。刀と大剣が激突する。 


 今までで、一番の高音が闘技場内に響く。おれは大剣に渾身の魔力を込める。


 大剣から繰り出すこの突きは、単なる突きではない。“震撃”と同系統の振動を伝わらせる技――“震破”。


 “震撃”が大地を揺らして敵の体勢を崩すのに対し、こちらは敵に振動を与える技となっている。外皮が硬い敵に対抗すべく、編み出された技。


 刀と大剣の激突により、火花が散る。罅割れるような音が聞こえる。


 リナ嬢の刀に罅割れが、同時に元々罅割れていたおれの大剣の罅割れも一層激しくなる。


「せぇぇぇぇいいいいいいいいいいいいいいいっ!」


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 裂帛の気合が込められた掛け声を互いに上げる――終わりは訪れた。おれの大剣も、リナ嬢の刀もほぼ同時に折れた。


 折れた二振りの刀身は、空中で数回転した後に地面に突き刺さった。おれもリナ嬢も息を切らしながら、折れた武器に目を配る。


 使用している武器が破壊されるのは、敗北条件のひとつ。しかし、こうして両者の武器が壊れた場合はどうなるんだ?


『試合終了――両者引き分け! よって、両者とも失格です!』


 引き分け……両者とも武器が壊れたら、ふたりとも失格になるのか。リナ嬢が手を差し出してきた。握手を求めているようだ。 


「ありがとうございます」


「ああ、こっちこそ」


 引き分けという結果にも関わらず、観客席からは歓声が上がった。初戦から、選手ふたりが失格になるとは、波乱の幕開けになってしまったな。


 予想外の結果だったけど、おれとしては全力を出したつもりだ。残りの試合は、じっくりと観戦して各国の剣術を勉強させてもらうとしよう。





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