まずそうなリンゴ

便利屋が店主の手伝いをするきっかけになったお話




ろうそく屋の店主が暮らす小屋は、人里離れた山の中にあった。


自らを大賢者と名乗るドワーフのレリオンと、背の高い便利屋のサトウがろうそく屋に現れて、ドワーフから「星空を作る者」と呼ばれた店主は、その生き方もいいかと気持ちを切り替えて、せっせとろうそくを作っていた時。


便利屋が、部屋中に無造作に置かれたキャンドルを見て、これをどこかに売りに行かないかと店主に持ち掛けた。


材料となるロウは昔おばあちゃんが使っていたであろうものが、物置に大量に残っていたが、それは確実に減ってきている。これがなくなれば、材料の調達をしなければいけないのだ。





こちらの世界に来てからは、「お金」というものに執着せず生きていた。


なぜなら店主はお腹もあまり減らなかったから、便利屋たちがこの小屋に現れるまではどんな食事をしていたのかという記憶がない。

彼らが現れるまで、店主の体はまるで時が止まり、夢の中で生活をしているかのようにふわふわとしていた。


それが、あの日から店主の中の「時間」が再び動き出したようで。眠くなるし、おなかも空くようになった。


食べ物は、便利屋が人間界に行った時に買ってくるようだ。このろうそく屋の小屋の電気代や、生活にかかるお金をこれまで請求されたことはないが一体どうなっているのか。


店主は、人間界にいた時はよくこんなことを考えていたんじゃないかと、少しだけ記憶がよみがえったような気がした。





そうして、店主はこちらの世界での「お金」を稼ぐために、ろうそくを売りに町に出るようになった。


こんな不思議な世界があるんだと、目の前を通るおかしな生き物たちを見ていると、何も売れずに一日が終わっていた。


店主の作るろうそくは少し変わっていて、どれも星空を模したような美しいグラデーションが特徴だった。それに加えてどれも青や紫、黒が入った暗い色合いの物がたくさん。


他には、おばあちゃんのキャンドルのレシピに残されていたものをアレンジしたり、ドワーフや北の魔女のリクエストに答えたろうそくなど、様々なものが並んでいた。その中でも不思議なものが、食べ物を模したキャンドルだった。


小さなマカロンのキャンドルはそこそこ人気だったが、店主が一番こだわって作った空色のおにぎりのろうそくはより一層不思議なものだった。


「空のおにぎり」という名前でこのキャンドルを売っていたが、それはあまりにも斬新で、見る者は皆、首を傾げて店主の前を通り過ぎて行く。


少し変わった趣味のお客様が手に取り、可愛いと言って買ってくれたが、まだまだ店主は満足がいかなかった。


「おにぎり」という食べ物を知らない生き物たちにとって、「空のおにぎり」というキャンドルはただのおかしな形をした置物としか見られず、やがて店主もそのキャンドルを作る意欲を失った。


食べ物を模したキャンドルは、店主のおばあちゃんサラが得意としていたものだった。ろうそく屋の本棚に並んだ本にはキャンドルのレシピが描かれていたが、それは本物そっくりに作って誰かが食べてしまわぬよう、必ず芯を付ける事と注意書きが書かれていた。


この数ヶ月間、部屋からほとんど出ることなく過ごした店主は、それらのレシピを見てこちらの世界の生き物も知っているリンゴを作った。


小さなリンゴは、たちまち妖精たちのおもちゃとなり、コロコロと転がされて溶けたロウの中に落とされたり、筆でいたずら書きをされたりとやりたい放題。


店主はため息をついたが、ロウまみれになったリンゴは、何故かとても美しかった。


だから、大好きな青色を何層にも重ねた、見た目はとてもまずそうだけど神秘的なリンゴを作った。




その日も、店主は道を歩く不思議な生き物の姿を目で追いながら、その青い小さなリンゴを売っていた。


少しだけリンゴのいい香りがするように、中の部分のロウにだけリンゴの香りを付けて、ろうそくの芯はリンゴのヘタそっくりにロウでコーティングした。


「このリンゴはどこで採れたの?私もっと欲しいわ」


と、上品なローブをまとった女性が話しかけてきた。

それを見た別の黒いフードを被ったおばあさんも足を止めて同じように聞いてくる。


こんな毒林檎を探していたのよ。絶対いいものに違いないわ。さぁ、産地を教えなさい。


これはロウでできていて…

と店主が説明しても、ロウ?と首をかしげて聞き返してくる2人に口ごもる店主。彼は初めて魔女が恐ろしいと思った。


「あぁ、そうなんですよ、火をつけると燃えるやつです。残念ですが、このリンゴは木には実らないんです。この人が全部色を付けて作ったキャンドルなので、毒もないし食べられないんですよ」


と。


そう口を挟んできたのは、胡散臭い笑顔の便利屋。いつものように、ずり落ちてくる黒縁メガネを中指で直しながら、「ほら、ここが芯ですよと」灯しかけのまずそうなリンゴを指差して言った。


まぁ、キャンドルね。儀式に使うにはもったいないからトイレにでも飾るわ


上品なローブの女性は小さな青いリンゴを2つと、空のおにぎりを1つ便利屋に渡した。


「ありがとうございます。実はこの人、星空を作る者なんですよ。最近新しい星が増えたでしょう?そんな人の作るキャンドルを手に入れられて奥様は運がいいですね」


「まぁ」


と、そこにいた2人は驚きの声を上げた。


「サラの後継者が現れたのね!」


店主は訳が分からなかったが、たちまち空色をしたリンゴは小さな籠からなくなり、とうとう最後の1つになった。



end


「これは今日の報酬ね」

と、店主がそのリンゴを便利屋に渡すと、満足そうに便利屋が言った。


「ありがとう、これからも手伝うよ」


そうして、店主はろうそく屋で作品作りに没頭できるようになり、身軽な便利屋は今日も人間界にも足を延ばして、不思議なろうそくを売りに行っているのだそうで。



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