第10話 二人っきりの夜会

(とんでもない目に遭った……。ドレスは台無しだし、陛下には百合認定されるし、練習したダンスは無駄になっちゃうし……)


 毛布を巻いた状態で自室に戻った私は、騎士装束に着替えていた。手持ちの装束はすべてフェルナン陛下指定の谷間くっきりボディアーマー&ミニスカ&ニーハイブーツに差し替えられてしまっているのだが、だんだんこの格好に慣れてきていることは否定できない。


(あーあ……。陛下と踊りたかったなぁ……)


 あんなに一生懸命に練習したのにと、私はベッドに座り込んで肩を落とす。

 サブリナ様を納得させるだとか、モブたちを驚かせてやろうだとか、そんな理由を付けていたが、私の心はもっと単純だったらしい。


 私は、憧れの人と踊りたかった。

 堂々と胸を張って、フェルナン陛下の隣で夜会を楽しみたかった。

 だから苦手なダンスも練習したし、綺麗になろうと努力もしたのだ。


 だがこれは、呪われたと偽っている罰かもしれない。いや、そもそも男であると装って仕えていたからか。私は神様を信じてはいないが、世の中そんなにうまくいくようにはできていないのだろう。


 私がそんなふうに落ち込んでいると、ドアを優しくコンコンッとノックする音が聞こえた。


「アルヴァロ。いるか?」


 フェルナン陛下だ。

 私は大急いで着替えを済ませ、ドアを開けた。

 ドアの前に立っていたフェルナン陛下は、器用に両腕に料理やデザートの皿をいくつも乗せているではないか。まるでお城の配膳係のようで、私は面を食らってしまう。


「先ほどは置きざりにしまって、すまなかった。神々しいものを見た気がして、つい……」

「言っときますが、ヴィオラ様とは何もしてませんからね? アクシデントでドレスが破れただけで……」

「本当のことを言う気はないのだな」


 フェルナン陛下は、優しい瞳で私を見つめて黙っている。

 いつもは「俺には権力があるから」などと冗談にならない冗談を口にしているくせに。


(そういうところが好きなんだよな)


 私が告発すれば、ヴィオラ様どころかヒース公爵家は丸ごと国家権力によって取り潰されるだろう。だが、そんなことは私の望むところではない。こうして無事にフェルナン陛下にまた会えたのだから。


 私は「使用人に見慣れない人が紛れ込んでいないかどうかは、確認した方がいいです」とだけ付け加えると、「で、陛下、それは?」と彼の腕のたくさんの皿を指差した。


「お前と食べようと思ってな」


 にこりといたずらっぽく笑うと、フェルナン陛下はご馳走の皿をせっせとテーブルに並べ始めた。私の部屋の小さなテーブルはすぐにご馳走の皿でいっぱいになり、なんだかホームパーティーみたいな絵面になっている。


「えっ。でも陛下は夜会にお戻りにらないと……」

「知っているか? 俺のいる場所こそが夜会の会場だ。だから今夜、俺とお前はここで踊るんだ」


 フェルナン陛下は私の手を優しく取ると、腰に手を回してタンッとステップを踏み出した。


「陛下、私……」

「気楽に踊ろう。俺とお前しかいないんだ」


 音楽はない。煌びやかなシャンデリアも、美しいドレスもない。

 戸惑う私をリードしてくれるフェルナン陛下は、優雅に体を捌いてこそいるが、正しいワルツのステップは踏んでいなかった。

 とても自由で、優しくて、楽しい。時々歌も歌うし、ご馳走だって摘まむ。

 そんな愉快な二人っきりの舞踏会に、私たちは心を溶かす。


 幸せだな、と私は思った。


 この調子なら、近い将来フェルナン陛下は女性嫌いを克服されるに違いない。そうなったら、ヴィオラ様はないとしても、彼がどこかの素敵なご令嬢と結ばれることだって大いにあり得る。

 正直、想像すると寂しくなる。嘘でも平気だとは言い難い。

 けれどいつか、フェルナン陛下が王妃様を迎え、幸せになりたいと決意したその時には、私は一番近くにいる従者として、彼を心から祝ってあげたい。

 たとえ、自分が身分どころか性別詐称の叶わぬ恋をしているとしても、今が幸福であれば、これから先はその思い出で生きていける気がしたから。


 ◆◆◆


 翌日、私たちはサブリナ様から夜会を抜け出したことをこっぴどく叱られるかと思いきや、意外にもママ上は優しかった。

 フェルナン陛下によると、どうやら関係悪化が懸念されていたヒース公爵が急に態度を軟化してきたとのことで、サブリナ様はひとまず安心され、機嫌がよくなったらしい。


 そう語ってくれたフェルナン陛下の腕の中には、ヒース公爵が貸してくれたという書物が多数、紙製のブックカバーを被った状態で納められていた。


「陛下、それはどういった書物です?」

「花の図鑑だ。そういうお前は、柱の陰に潜んでいる公爵令嬢とどういった関係なんだ?」

「お友達です。日常系の」


 私とフェルナン陛下はこらえきれず、二人で笑い合ったのだった。



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