第7話 華麗なるたくらみ

「さ、この部屋なら大丈夫ですわ」


 紫の人によって城内の小部屋に放り込まれ、私のドレスとコルセットは豪快に引っぺがされた。


 夜会の会場の近くには、「二人で抜けちまおうか」と会を早抜けする貴族のカップル御用達の個室が存在する。つまりは、まぁ、窓が付いていなかったり、簡易ベッドがあったりするような、いかがわしい行為を想定した場所である。

 フェルナン陛下は城に風紀の乱れた部屋が設けられていることを嫌い、それらの撲滅を目指しているのだが、出生率を上げたいと言って譲らない元老院が許さないらしい。


 まぁ、政治の話は置いておいて、ひとまず私のコルセットはその個室で緩められたのである。

 新鮮な空気が肺に流れ込み、私は「はぁ~~っ!」と生きた心地を実感した。


「助けてくださってありがとうございました。お陰でコルセット死せずにすみました」


 簡易ベッドの上で胸のバンドとドロワーズだけになり、大変開放的になった私は、爽やかな笑顔で紫の人にお礼を述べた。

 しかし私とは対照的に、その紫の人は憎々し気にこちらを睨みつけているではないか。そして私はようやく、それがどこのどなた様なのかに気が付いた。


 紫色のウェーブがかった長い髪。少し吊り気味な碧眼。髪と瞳の色と同じ組み合わせの豪華で煌びやかなドレスに身を包む女性は、ヒース公爵家の一人娘。以前、フェルナン陛下に縁談を断られたというヴィオラ・フォン・ヒース公爵令嬢だ。とても美しく聡明そうな女性で、フェルナン陛下と横に並んでも美男美女で絵になりそうである。


「こ……、これはこれは、ヴィオラ様……。ご機嫌麗しゅう……」

「麗しくありませんわ!」

 

 私はおずおずと話しかけると、淡いグリーンの布切れがたくさん、ベッドにまき散らされた。どう見ても怒っている様子のヴィオラ様は、私のドレスを目の前でビリビリと八つ裂きにしたのだ。

 ヒステリック美人! 控えめに言ってめちゃくちゃ怖い。


「ひぇっ! ドレスが!」

「不必要でしょう! あなたは男なんですから!」


 裂かれたドレスの布を投げつけられ、私は怯えながらそれをキャッチした。せっかくビン底眼鏡メイドが見繕ってくれたというのに、酷い有り様だ。


「ヴィオラ様、どうして」

「これで分かるかしら?」


 私の問に、ヴィオラ様は見覚えのあるビン底眼鏡を掛けて答えてくれた。


「あ! ビン底眼鏡のメイドさんの……!」

「えぇ。わたくし、メイドに化けておりましたの。あなたを近くで観察するために」


 ヴィオラ様はフンと嘲笑うように鼻で笑うと、ベッドに上がり、ゆっくりと私に近づいて来る。まるで獲物を狙う獅子のような目つきをしていて、百戦錬磨の私でもこれはヤバいと感じるほどだ。というか、公爵令嬢が城のメイドに紛れるなんて、ロマンス小説のヒロインみたいなことするなよ。行動力すごいな。


「まさか、コルセットがやたらとキツく絞められていたのは……」

「嫌がらせですわ!」

「ひどい!」


 ヴィオラ様の腕力にも驚かされるところだが、やはり異常な絞め具合だと思っていたのだ。

 だが、嫌がらせ程度ではヴィオラ様の怒りは収まるはずがなく。


「あなた、【女体化の呪い】を受けたでしょう⁉ フェルナン陛下は女性嫌いなのに、どうしてあなたは傍に置きますの⁉ これでは見合いをしてもらえなかったわたくしが、あまりにも惨めではありませんか! 胸ですの⁉ そのメロンが陛下のお心を射止めたとおっしゃるの⁉」


 ヴィオラ様は、私をベッドに押し倒すような恰好で掴みかかって来た。

 嫉妬だ。私は、すごく嫉妬されているらしい。


 どんな悪漢でもなぎ倒す自信のある私だが、さすがに若い女性に反撃するのは気が引けてしまい、ひとまず彼女を宥める方向で頑張ってみることにした。


「いえ、あの、陛下はですね。私が呪われたことに責任を感じておられまして……。慈悲深いお方なので、変わらず護衛の任を与えてくださっていて……」

「お黙りなさいませ! それにしたって、あなたは陛下と距離が近すぎますわ! 二人でダンスの練習をして、二人でめかしこんで夜会に来て……。きっとあなたが陛下をたらし込んだのでしょう! 男なのに!」


 ヴィオラ様は烈火のごとくお怒りで、私の話に耳を傾ける気はないらしい。私が女体化した(ことにした)のは、陛下がヴィオラ様との縁談を蹴ってからのこと。たらし込んだり泥棒したりできるタイミングではないというのに。


(とりあえず八つ当たりしたいんだろうなぁ)


「娘を国母にすることは、お父様の夢! わたくしは公爵家の期待を背負っておりますの!」

「ヴィオラ様のお怒りのわけは理解致しました。陛下と結ばれるため、私めが邪魔だから排除したいということですね?」

「御明答! 社会的に抹殺するのですわ!」

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