第2章 二人のための夜会

第5話 ダンスレッスン

 先代王妃サブリナ様プレゼンツ【フェルナン陛下の女嫌いを治そう企画】!


 荒療治と言うものだから、てっきり夜のベッドでうんぬんかんぬんさせられ(できる)のかと、ヒヤヒヤ(ドキドキ)したのだが、蓋を開けてみると、想像(妄想)とは大きく異なっていた。


「二人で夜会に参加して、ダンスを踊りなさい!」


 これが、サブリナ様から課せられたミッション。

 彼女曰く、「ダンスには男女のときめきが詰まっているの。きっとフェルナンにも、女性への耐性がつくわ」とのことだった。

 先代王妃様の案外マイルドな発想に私は拍子抜けする一方で、練習さえしたことがないダンスを課題にされたことに冷や汗をかいていた。


(貧乏令嬢も聖騎士も、ダンスなんかとは無縁なんです……! お願い、陛下! 断ってください!)


 けれどフェルナン陛下は、そのミッションをクリアすれば母親が少しは静かになると思ったのかもしれない。彼は顔を曇らせる私を鼓舞するかのように「アルヴァロ! 今日から猛特訓だ!」と張り切ってダンスの練習プランを練り始めたのだった。



 ◆◆◆

 ダンスはもちろん私が女性パートを踊るわけなのだが、私の場合はまず、ドレスを着ての所作から壊滅していた。


 長らく男性物の騎士装束しか身に着けて来ず、最近だって谷間くっきりボディアーマー&ミニスカ&ニーハイブーツを装備させられていたのだ。私にあてがわれたビン底眼鏡メイドが選んでくれた淡いグリーンのドレスは大変素敵だが、コルセットで締上げられる胴や、高いヒール、そして重たいドレスの扱いは難しくてたまらない。


「ぞ……、臓器が飛び出しそうです……」


 コルセットに苦しむ私は何度もそう訴えたが、ビン底眼鏡メイドは「フェルナン陛下にエスコートされるのなら、これくらいは!」と容赦なく紐を縛り上げていったのだ。


(う! このメイドさん、なかなかのパワー! 憎しみでもこもってるみたい……)


 そうは思うものの、フェルナン陛下の名前を出されると、こちらは黙らざるを得ない。

 ただでさえ、フェルナン陛下は城で浮いている私をお傍に置いてくださっているのだ。サブリナ様やモブにこれ以上、後ろ指差させるわけにはいかない。奴らの指をへし折るくらいの気概が必要だ。


 だから、練習あるのみ。私は、皆に「さすが陛下は従者のチョイスも素晴らしい」と言わしめるため、か細い呼吸を繰り返しながら、フェルナン陛下とのダンスレッスンに必死に励んだ。


「力み過ぎだ。もっと楽にしてくれていい」


 フェルナン陛下はにこやかにそう言ってくれるが、こちとら息は苦しいし、慣れないヒールで酷い靴擦れも起こしている。気張らなければ、ふらついて彼の足を踏んづけてしまいとうになるので、とても楽に踊ることなど考えられなかった。


「世の中のご令嬢たちはこんな苦行をこなしているのかと思うと、頭が上がりません……。剣の素振り一万回の方が、よっぽど楽ですよ」

「俺が母上を納得させられないばかりに、すまない。長い物には巻かれて、付き合ってほしい」

「お付き合いしますよ。別に権力が絡まなくたって」


 フェルナン陛下が大真面目なので、つい笑ってしまう。圧倒的陽のオーラを放つ陛下の笑顔が、私の心の支えだ。

 果たしてサブリナ様の期待していた「ときめき」が一欠片でもあるかと言われれば、今のところまったく見当たらないのだが、彼と二人で踊る経験など、男装従者のままでは一生得られなかったものだ。だから、少しくらい体が悲鳴を上げていても頑張れる。


(そう思うと役得かも……。あぁ、でも陛下は違うのかな……)


「ですが、陛下。本当はおつらいのでは?」


 フェルナン陛下にしがみつくような不格好な体勢でステップを踏みながら、私は彼に尋ねた。「陛下は女性がお好きではないですし、本当は私に触れることも嫌なのではありませんか」と言う意味のつもりだった。


 しかし、フェルナン陛下が吐露したのは女性への嫌悪ではなく。


「……そうだな。お前の衣装が、俺指定の騎士装束ではなくなってしまったことが、つらくてたまらない」


 重たいため息の後に真顔でそんなことを言うものだから、私はヨロロとよろけてしまい、フェルナン陛下の足をヒールで踏んづけてしまった。


「いっっっ‼」

「もっ、申し訳ございません! 性癖全開なことをおっしゃるから!」


 私は大慌てで足をどけ、フェルナン陛下に平謝りすると、彼は「……ははっ。蜂が止まったのかと思ったぞ」と、やせ我慢全開の笑顔で声を搾り出していた。蝶じゃなくて蜂とおっしゃるところが、彼の素直でいいところである。


「俺とお前の仲なんだ。母上が安心する程度に気楽にやろう」


 そう言うとフェルナン陛下は、しゅんと項垂れていた私の頭をぎこちなく撫でてくれた。


(あぁ……。好きだなぁ……)


 きっと私なんかでは、フェルナン陛下の女性嫌いを治して差し上げることはできないだろう。

 だが、優しい彼にために、彼にとって誇らしい従者になりたいと私は強く思った。サブリナ様も、陰口を囁く貴族連中も、みんなぐぅの音が出ないくらいの――。


(陛下の選んだ聖騎士として、武闘も舞踏も一流だって思い知らせてやる……!)


 私の気合は、フェルナン陛下の言った「気楽」とは正反対。その日から私は、空き時間を全てダンスの個人レッスンに注いだのだった。

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