第17話 辞めてもいいですか

「陛下! 伏せて!」


 私は乱暴に陛下の頬を張り倒し、彼を地面に伏せさせた。「むぐ!」という陛下の痛そうな呻き声が耳に届くが、今はケアしている場合ではない。

 私は頭上を通り過ぎた呪術の残影を見上げながら、ぐっと拳を握りしめる。

 どうやら、チンピラ三人組の雇い主のお出ましらしい。


「変装しているが、やはりな。護衛騎士の強さは変わらずのようだな。雑魚では相手にならぬか」


 ゆっくりとこちらに近づいてくる黒衣に身を包んだ男。その怪しげな男には見覚えがあった。


「お前は茶会に現れた黒魔術師! のこのこと現れるとはな!」


 地面に伏していたフェルナン陛下が勇ましく吠え、私を庇うように素早く前に立つ。


(かっこいい……‼ じゃなくて!)


 ついフェルナン陛下に胸キュンしてしまったが、この黒魔術師は多くの国の王族を呪って回っている国際指名手配犯。そして、例の茶会でフェルナン陛下を呪い損ね、私に【女体化の呪い】をかけたということになっている――が、実際は違う。


「うわーーーっ! おのれ、黒魔術師! 陛下、ここは私にお任せいただいて、先に城にお帰りください!」

「何を言う。従者をおいて逃げる王がいてたまるか!」


 黒魔術師との邂逅を焦る私の気持ちなど、これっぽちも知らぬフェルナン陛下は、まったく立ち去る気配もないし、盾役だって譲ろうとしない。持ち前のヒーロー気質が私の邪魔をしてきて止まらないのだ。


「あーーーっ! ダメ! ダメなんですってば! ここは私に任せて先に行ってください!」

「俺が奴に後れを取ると? そんなことはない。俺だって素手でも強い」

「それは知ってますけどね!」

「ならばここは俺が」


 もはや意地を通したい二人の喧嘩だ。

 そして、「俺が」、「私が」とずいずい前に出て来る私たちを見て、苛々していたのはもちろん件の黒魔術師だ。


「おい! おい、聞け! あの時は貴様らのせいで酷い目にあったぞ。国王フェルナン! そしてアルヴァロ・ズッキーニ! 我は【女体化の呪い】など放ってはおらぬ! よって貴様は始めから――」


「「うるせぇ!」」


 バキムッ!

 私とフェルナン陛下の拳が、黒魔術師の顔面に同時にめり込んだ。

 力こそ正義。拳は呪術よりも強し。

 黒魔術師は「ぎゃっ」と短い悲鳴を上げたかと思うと、あっという間に気を失い、その場に沈んだのだった。


「うむ! 力こそ正義だな!」

「それ、私も思いましたけど、国王が言っちゃいけないやつです」


 私が明るく笑うと、フェルナン陛下は「そうなんだがな……」と柔らかい表情で言葉を紡ぐ。


「俺が十年間憧れ、思い続けているのは、己の力だけで道を切り拓くような、勇ましく強い女の子だったんだ」


 突然のフェルナン陛下の話に、私は思わず「えっ」と驚かずにはいられなかった。


「思い続けてきた……って、どういうことですか? 陛下は女性嫌いなのでは?」

「その方が、都合がよかったからだ。女嫌いという噂を流せば、そう易々と求婚を受け入れる必要がないだろう? 俺は憧れのあの子と再会し、妻にすると心に決めていたんだ」

「妻に……」


 フェルナン陛下の思わぬ事実を知ってしまい、私は動揺で手が震えてしまった。


(陛下の女嫌いは嘘で、ずっと好きな人が……。ダメだ。震え、止まらない……)


 私はこれまで、片想いでいいと言いながら苦労して護衛騎士になり、嫌われたくなくて【女体化の呪い】を受けたと嘘をつき、つい先ほどは治療と称してキスまでしようとしていたのだ。

 だから、もう否定しきれない。


(私は誰にも陛下を渡したくない。私だけの陛下でいてほしいんだ……)


 胸が痛い。締め付けられる。こんな心臓斬り出してしまいたいと思いたくなるような衝動に駆られてしまう。

 もう逃げよう。このままでは、私は何をしでかすか分からない。陛下のお傍にいる資格なんて、私にはそもそもなかったんだという想いが頭をぐるぐると巡る。


「私、陛下の従者を辞めてもいいでしょうか……」

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