第3話 男装騎士、その理由

 聖騎士アルヴァロは、三年前、つまり若干15歳でフェルナン陛下の従者選抜大会を勝ち進み、そして合格者ゼロと言われていた最終面接をクリアした優秀な青年――。


 というのが表向きの私。


 けれど、アルヴァロの正体は男装をした私、恋する乙女アルヴァローズ。

 私がなぜ男装騎士をしていたかという理由は、生い立ちから話した方が分かりやすいだろう。


 まず、私の生まれたシルフィード男爵家は事業に失敗し、一家は極貧生活を強いられた。これが6歳の時。

 私はドレスや装飾品を全て売り払い、服は兄のお下がりである少年ものを着用。自慢の金色の長い髪もバッサリと切って売り物にした。もちろん、可愛いメイクやお洒落とは無縁だった。


 けれど、子どもの私がどれほど生活を切り詰めたところで生活は好転せず、シルフィード男爵家は見事に没落。一家は離散し、私は修道院に入ることとなった。


 心機一転。静かに神に祈り、慎ましく暮らす修道女生活――になるかと思いきや、この頃世の中を逆恨みしていた私は、いわば闇堕ち状態だった。


「神なんているか、バーカ! いたら没落なんてしてねぇっつうの。助けてくれない神サマなんて、信仰なんてするかよ!」


 あまりにも汚い言葉遣いで誰にでも突っかかっていた私は、修道院ではジャックナイフのように扱われていた。

それだけでなく、近所の貴族の子どもたちから「信仰心のない没落貴族が修道院でタダ飯を食っている」と目を付けられ、毎日喧嘩を吹っ掛けられた。


 幸い私は武闘派だった兄から体術を仕込まれていたため、喧嘩は連戦連勝天上天下唯我独尊状態であり、そのことを苦だとは思っていなかった。ただひたすら、神様を恨んでいた。


 だが、そんなある日だった。


 当時8歳の私に負けっぱなしの近所のボンボン貴族10歳が、なんと学校のOBだという先輩たちを連れて来たのだ。

 これはどう考えても反則だ。「先輩たち、ほぼ大人じゃん!」と私はボンボンを散々罵った。


 けれど、勝負にルールなど存在しない。

 私はほぼ大人の先輩たちに囲まれ、ボコボコにされた。


「謝って家来になるなら許してやるよ」


 何もせずにニヤニヤと立っていただけのボンボンが急にしゃしゃり出て来て、私に降伏を迫ってきた――が、こんなクズボンの家来になるくらいなら、死んだ方がマシだ。


 そう思った私は血の混じった唾をペッと吐き出し、「てめぇにも神サマにも仕えるもんか!」と荒々しく言い放った。

 その瞬間、真っ赤になったクズボンの怒りに任せた拳が私に飛んできて――。


 ドシャンッ


 ぐっと身構えた私の前に一人の少年の影が落ちたかと思うと、クズボンは派手に地面に叩きつけられていた。

「いてぇぇぇっ!」と悲鳴をあげて転がり回るクズボンと、どよめくほぼ大人の先輩たち。そしてもちろん私も何が起こったか分からずで、目を丸くしたまましばらく動くことができなかった。


「え……っ⁉」

「多対一は卑怯だろう。しかも、ほぼ大人が子ども相手に」


 お前も子どもだろと言ってやりたくなるその彼は、黒い髪に金色の瞳をした美少年。その身体的特徴は王家が持つものであり、当時から、王国で彼の名を知らぬ者などいなかった。


「フェルナン・フォン・イフリート……!」

「あたり」


 小さく微笑む少年の異名は、【炎光の王子】。

 炎と光の二つの魔力を持って生まれた神に愛された子として、国民の羨望と期待を一身に背負っている王子だった。


「次は光魔法を出すぞ。命が惜しくば、即刻立ち去れ!」


 フェルナン王子が声を張り上げると、クズボン及び隣町のほぼ大人の先輩たちは、大慌てで逃げ出した。


 そして、残ったのは挙動不審な私とフェルナン王子だけ。


「あ……、ありがとう……ご、ございました」


 ぎこちない数年ぶりの敬語。

 私はフェルナン王子の王子オーラにすっかり当てられ、縮こまってしまっていた。まさか、目の前に本物の王子が現れるなど、誰が想像しただろうか。まるで夢でも見ているかのようで、私はおずおずと話しかけることしかできなかった。


「なんで、助けてくれたんですか……?」

「他人の勝負に介入するのは良くないかと思ったが、卑怯な行いは見過ごせない。君はなぜ、彼らと戦っていたんだ?」

「戦いっていうか、喧嘩です。信仰心がないタダ飯食いって言われて……」


 私がぼそぼそと理由を話すと、フェルナン王子は「なぜ神を信じない?」と質問を重ねた。この国には、炎の神と光の神の二守護神がいるという神話が残さされており、国民の大半がそれを信仰しているのだ。

 おそらくフェルナン王子もそうだろうし、信仰心のない私は異端な存在であることには違いなかった。


「助けてくれない神サマなんて信じられないから……です」


 私はぼそぼそと本音を吐き出す。

私の本音はみんなを怒らせてきた。

 なんて罰当たりな子なんだろうと、今まで散々言われてきた。だから、目の前の王子様も同じだと想像し、てっきり非難されると思ったのだが――。


「なるほど! なら、俺を信じてみるか⁉」

「へ……?」


 目がテンになった私に向けられる眼差しは、大真面目そのもの。フェルナン王子のキラキラと輝く金色の瞳は、戸惑う私を映し出していた。


「俺はこの国を光ある未来へと導く。必ずだ。だから、神ではなく俺を信じろ!」

「フェルナン王子を……?」

「そうだ。もし君が俺を信じた上で今の生活を嫌うのならば、ぜひ俺を支える騎士になってくれ。俺は君のような強く気高い魂を持つ者がそばに欲しい」


 何を見て私が「気高い魂」?

 皆目見当付かないが、フェルナン王子は懐から「騎士学校推薦状」なるものを取り出し、私に押し付けるように手渡してきた。

 私は訳が分からないままソレを受け取り、じっと見つめ――こくりと頷く。


「フェルナン王子のお傍に行けるよう、精進いたします……!」


 親にもあっさりと別れを告げられ、修道院では居場所などなかった私に「そばに欲しい」と言ってくれたフェルナン王子の存在が、嬉しくてたまらなかった。

 自暴自棄になっていた私に突然差し込んだ眩い一筋の光。

 そんな光に魅せられた私が恋に落ちるのは最早必然。

 チョロいとか言うのは絶許である。


(フェルナン王子の騎士になる……。それが私の生まれて来た理由なんだ……!)


 私は自らの使命を見出し、燃えに燃えた。

だがしかし。


(絶対男だと思われてるよな)


 男の子と同じような短い髪に男女共通の子ども用修道衣姿の私が、女に見える余地などなし。

 推薦状をくれた騎士学校だって、男子校のはずだ。完全に男だと認識されている。


(ま、お傍にいられたら人生万々歳か)


 そう思ったその日から、私の男装生活が始まったのだった。




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