第6話 かつてない強敵

 パカラッ、パカラッ、パカラッ、パカラッ……


 ムライーサの町を飛び出したアレクとカイデンは、最初は勢いよく馬を走らせていた。


 しかし、カイデンがすぐに根を上げた。


「ア、アレク殿、もう少し、ゆっくり走ろう! わ、儂は、肩と腰と膝が爆発的に痛いでござる!」


「なんじゃ、だらしないのう……と言いたいところじゃが、実は儂もじゃよ」


 二人は結局、馬の速さを歩くのと変わらないスピードまで落としたため、モッコをあきれさせた。


「なんだよお前ら、馬に乗っている意味、ほとんどねえな……こんなペースでデブロック神殿にはいつ着くんだ?」


「うむ、このペースで行くと半月程はかかるな……だが案ずるな、モッコよ。時々は速足で駆けるつもりじゃ」


 アレクの答えに、モッコはため息をついた。


「あまり期待しないでおくよ……」


 ―――――――――――――――――――――――


 アレク達は、ムライーサの町を出て、馬で歩き、時々少しだけ駆けて、野宿を繰り返した。


 アレク達が若返りの魔法(呪い)をかけられてから十日目が訪れた時、アレクとカイデンの体が青白く光った。


「おお、これが若返りでござるか……すると儂は八十六歳になったわけでござるな……何とも言えない気分でござる……」


「そうじゃ、カイデン。儂らは晴れて八十六歳の仲間入りじゃ! ところでモッコよ、儂の頭は――」


「何も変わってねえよ。何度も言うけど、そんなに早く変わるわけねえだろ。お前がハゲ始めたのって、確か四十代前半だろ? それまで我慢しろ」


 アレクとモッコの会話を聞いていたカイデンが、笑いをこらえきれずに吹き出して、小声で呟いた。


「プッ……四十代前半って……早っ……」


 アレクは、その言葉を聞き逃さなかった。


「……カイデン、今、儂を笑ったな? それならば、お主がハゲ始めたのはいつからじゃ? どうせ儂とそんなに変わりは――」


「五十代後半でござる。残念であったな、アレク殿」


「な、なんと……さすがは世界一の戦士……儂より毛根が強いとは……ま、負けた……完敗じゃ……」


「アレク殿、顔を上げるでござる。毛根の強さは人それぞれ。人間の優劣はそんなことでは決まらんでござる」


「カイデン……敗者の儂に暖かい言葉……ありがとう」


 アレクとカイデンは、ひしっと抱き合った。


 一部始終を見ていたモッコは、しかめっ面をして呟いた。


「俺は一体何を見せられているんだ……?」


 ―――――――――――――――――――――――


 二日後、アレク達はスウザン地方へ辿り着き、デブロック神殿に向かうための森へと入っていった。


 広い森だが、まっすぐ突き進めば、デブロック神殿にたどり着く。


「よし、あと少しじゃ。カイデン、迷わぬように慎重に進もう」


「心得たでござる」


 森の中には、どんぐりがたくさん落ちていた。


 どんぐりが大好物のモッコは、途中で拾っては食べるのを繰り返し、頬をパンパンに膨らませながらついていった。


 森の中を数時間歩き、アレク達は休憩を取ることにした。


「アレク殿、ここまで来ればもう少し。しかし、シンラ殿の病気が心配でござるな」


「うむ……場合によっては、若返りの事実だけ伝えて、魔王討伐には連れていかないつもりじゃ……」


「そうでござるな……ところでアレク殿、気づいているでござるか?」


「儂を誰だと思っておる。歴戦の勇者アレク、この気配に気づかんほど、もうろくはしておらんわい……」


 アレクは振り替えって、茂みに向かって叫んだ。


「何者じゃ! 姿を見せい!」


 ガサガサと茂みの中から出てきたのは、一匹のスライムだった。


「なんじゃ、スライムか……気を張って損したわい……どれ、軽く退治してやろうかのう」


 スライムに向かおうとするアレクを、カイデンが制した。


「アレク殿が出るまでもない。儂に任せるでござるよ。我が杖のサビにしてやるでござる」


「樫の杖はサビねえよ……」


 モッコの呟きを無視したカイデンは、持っていた樫の杖を振り上げて、スライムに突進していった。


「覚悟!!」


 しかし、年齢のせいで肩が上がらないカイデンは、中途半端に杖を振りかざし、スライムを叩くことしかできなかった。


 ペチン!


 ポヨン!


 カイデンはスライムの弾力に弾き飛ばされ、後ろにひっくり返った。


「カイデーン!!」


 アレクはカイデンに駆け寄って抱き上げた。


「しっかりしろ、カイデン! 傷は浅いぞ! おのれ、スライムめ……よくもカイデンを! 儂の一撃を喰らえ!」


 怒りに燃えたアレクは、樫の杖を両手で持ちながら、ドタドタと突進していった。


 そして、カイデンと同じく肩の上がらないアレクは、中途半端にスライムを樫の杖で叩いた。


 ペチン!


 ポヨン!


 アレクは弾き飛ばされ、後ろに転がった。


 爺さん二人に、いきなり杖で叩かれたスライムは、驚きのあまり、どうしていいのかわからず、その場でまごまごしていた。


「くっ……こやつ、できる……」


 アレクがスライムをにらみつけていると、カイデンが思いついたようにアレクに伝えた。


「アレク殿、あのスライムは、かつての魔王四天王に匹敵するほどの強敵……さては復活した魔王デモアモンの新しい四天王では……?」


「うむ……そうかもしれん……あの強さはただ事ではない……おそらくは魔王直属の最強スライムじゃ……」


 ことの一部始終を見ていたモッコは、どんぐりを食べながら、アレク達に向かって申し訳なさそうに言った。


「……盛り上がっているところ悪いんだけどよ……あれはどう見ても普通のスライムだぜ。あいつがとても強いんじゃない。お前らがすごく弱いんだよ」

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