リラは星の子
花森ちと
リラ
ぴかり、ぴかぴか。目が覚めると、澄みきったお空のずっと向こうで、お星さまが瞬いておりました。リラは幼い両腕をぐんと伸ばしては、冷たい光をはらんだ宝石を掴もうとします。どれだけ伸ばしたって届くことはありませんでした。リラはため息をつくと、寝床から起き上がります。
リラはおばあさまと二人で古いお屋敷に住んでいました。おばあさまは誰よりも優しい魔女です。そして、身寄りのないリラをここまで大切に育て上げました。リラはおばあさまが大好きでした。だって、この子のそばには両親が居ないのですから。
しかし、そんなおばあさまは三日前から目覚めません。おばあさまが目覚めないのは、リラが「使命」を果たしていないためでした。
おばあさまが長い眠りに落ちた、三日前の夜のことです。おばあさまは薬を拵えながら、いつもの優しい眼差しとはちがった厳しいお顔で、リラに話しました。
「リラ。おまえはもうすぐ13歳になるね。13という数字はどんなものだったか憶えているかい?」
「忌み数、よ。だけど、おばあさまは好きな数字だわ」
おばあさまは嬉しそうにうなずきます。「そうだよ。アタシの大好きな数字だ。だが、他にも意味がある。それはなんだと思う?」
「……わからないわ。だってわたし、学校に行ってないから」
「学校へ行かずとも、アタシがアンタに知恵を授けていたろ? それにアタシたちは長い時間を共に過ごしているじゃあないか。よく思い出してごらん。アンタが手伝いをするようになってからすぐにアタシは教えたよ」
リラは賢い子でしたので、教えてもらった大抵のことはすっかり憶えていました。しかし、こればかりは憶えられていなかったのです。リラは失望されることを何よりも怖がっていました。おばあさまの顔色を見てしまわぬように――涙が溢れてしまわぬように――大きな眼を瞼で隠します。そして大きく息を吸い、記憶の海へ潜っていきます。
リラの意識は頭の隅から隅まで駆け回りました。まるで小さな頭の中で光がはじけるようです。光は縦横無尽に転がって、次第に大きくなっていきます。光が頭全体を満たしたとき、リラは自分が星に生まれ変わった幻をみました。
気がつくと酷い吐き気と眩暈に襲われました。ですが、そのときはもう、確かな答えを見つけ出していました。
「――星が好む数字だからよ」
「そうだよ、リラ。アンタはいい子だね」おばあさまに微笑まれるとリラは胸を撫でおろしました。「アタシたち魔女は星を重要視して過ごしている。占いをするときも、薬を拵えるときも――魔法を使うときだってそうだ。だが、それよりも更に大事なときがある。それは、悪魔と契りを結ぶときだ」
おばあさまはリラの華奢な肩をシワシワの両手で鷲掴みにしながら続けます。
「アタシは魔女だ。アンタのよく知るような魔女だ。しかし、魔女は魔法を使うことが出来なければ一流の魔女にはなれない。魔法の使えない今のままでは、アタシは単なる『薬売りの老婆』だ。アタシは一流の魔女になる女だ。このまま田舎で蔑まれて終わるわけにはいかない。だが、魔法を使うには、悪魔から魔力を借りないといけない。悪魔から魔力を借りるには、魂を永遠に悪魔へ捧げるという条件付きで契約しなければならない……」
「その契約をするために、13歳になるわたしが必要なの?」
「そうだ。星は13歳の女によく懐くのさ。――悪魔と契約するためには、星を従えなければならない。だから、魔力を得ようとする魔女は13歳の子供に星を連れてきてもらうんだ」
「だけど、お星さまはお空のずっと上にいらっしゃるわ」
「そう案ずることないよ。星は地上のどこかにいる。おまえはきっと見つけるはずだ」
「本当? おばあさまは嘘ついていない?」
リラのやわい頭をおばあさまのゴツゴツした手が優しく撫でます。
「大丈夫だよ、大丈夫。アタシはこれから眠りにつく。リラが星を連れてくるまでの長い眠りだ」
「おばあさまが眠っている間、わたしは独りぼっちになってしまうわ!」
「おまえが星を連れてきたら目覚めるのだから安心おし。さあ、リラもそろそろ眠りなさい。星を見つけるのは大変な仕事だ。だから今はゆっくり休みなさい」
リラはうなずくと、自分の寝台へ向かいました。
次の朝、おばあさまはまるで死のような眠りについていました。
それから、リラはお星さまを見つけに行こうと何度も試みました。ですが、出発しようと決断した時に、リラは怯えて動けなくなってしまうのです。
リラには3つの不安がありました。1つ目は、お屋敷から外に出たことがなかったということです。リラの世界はこのお屋敷だけと言っても過言ではありませんでした。2つ目は、眠っているおばあさまを置いていくのが気がかりなことでした。リラの出かけている最中、おばあさまの身になにかあったらどうしようかと、とても心配だったのです。3つ目は、本当にお星さまが見つかるか心配だったのです。リラはきっと星を見つけられると、おばあさまは言っていました。しかし、どうしてもその言葉を信じることが出来なかったのです。
と、いうわけで、リラはまるまる三日間このお屋敷から出ることが出来ませんでした。
どうしようもなくなったリラは泣き出します。
「いつまでもここでウジウジしていたら、おばあさまは永遠に目覚めることはないわ。だけど、わたしはここから旅立ってしまうのがどうしても怖い。わたしは一体、どうしたらいいの?」
リラは長い間泣きました。ですが、どれだけ泣いたってお星さまを見つけられるわけではありませんし、おばあさまが目覚めることはありませんでした。次第にお空の色が藍から青へ移っていきます。リラにはそれが、おばあさまからの愛が消えたのだと突きつけられたように感じられました。そんなことを思ってしまうと、また涙が溢れてしまうのです。
このまま一生泣き続けていようと、おぼろげな意識で誓いました。もう、お星さまを見つけることを半ば諦めていました。
がしゃん!
すると、お屋敷の台所の方から、ガラスの割れる音が聞こえました。
リラはますます怯えましたが、覚悟を決めて、ゆっくりと台所へ向かいます。
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