第57話 父の気持ち
父が行ってしまって一年経った。
母に
「なぜ父は建築士になりたかったのか」を聞いてみた。
母は始め、「それは聞いた事がない」と言った。
でもその後続けて、「焼ける前の家には茶室があって、みんなでお茶をしていたんだって」と。
私は、自分の迂闊さを恥じた。
父の生家は、父が5年生の5月に
横浜の空襲で焼けてしまったのだ。私は伯父からそれを聞いていたのに、なぜ思い当たらなかったんだろう。私が父から聞いた事があるのは
「大きなビルの設計チームにいた事」「そのビルのオーナーが嫌な奴だった事」。その話も面白かったけれど。父母にとっては余りにも自明の話だったのだろうけれども、私はその話を父の言葉で聞いてみたかった。父の家族みんなにとって大切な記憶であったその家の事が、もっと知りたかった。
ビルの設計チームに入る前は、普通の一軒家を設計していた時期もあり、その頃は「喜んでもらえた」と嬉しそうに話していた時もあったんだって。
私が良く知っている父は、上司の嫌がらせからのストレスで利き手が震えてしまう様になり、家で母にお灸をしてもらっていた。結局利き手は治らず、設計を止め、現場監督になった。「現場の人の方がずっと気持ちいいよ」父の笑顔が見られる様になった。
ナイーブで不器用で、上手く立ち回る事などきっと出来なかった父。茶道が大好きで、私達にそれに関係する名前をつけた。その「好き」がどこから来ていたのかを、50を過ぎて初めて理解した。
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