第4話:謎の少女

「戻ったか、K-26」

 岡本中佐が、自機であるブルー・マンティスを整備しているK-26に声をかけた。

「はい、たった今現場に復帰したところです。」

「あの戦闘からまだ数日も経ってもないのにもう現場復帰か、怪我の方は大丈夫なのか?」

「はい、頭部を負傷しましたが、軽い傷で済みましたので何とかなりました、それに今は人手が足りていないものでして…」

「…そうか」

「それで、岡本中佐殿、あの子は…?」

「あぁ、君が連れてきた子か」

 K-26は、作戦中に救出した少女について尋ねた。あの戦いの後、輸送ヘリにて機体ごと救出され、少女は医療班に託した。K-26も負傷していたため、少女とは別れ治療を受けていたので、少女がどうなったのか確認する余裕もなかった。

「つい昨日、目を覚ましたところだ。血液検査異常なし、外傷も目立った致命的なものも無く、持病も無い、健康状態は良好と見ていいだろう。」

「…そうでしたか」

 K-26は助けた少女のことがずっと気がかりだったので、心の中でホッとした。

「ただ…少し妙なところがあってな」

「妙なところ?」

「看護師が彼女について幾つか質問をしたのだが…何一つ分からなかったそうだ」

「分からなかった?どういう事です?」

「彼女の家族や住所、出身校、年齢、気を失う前の出来事はもちろん、自身の名前すらも覚えていない、どうやら記憶喪失になっているようなんだ」

「記憶…喪失…」

「こちらでも彼女の身元について色々漁ったのだが、家族構成や学校の生徒リストにも、彼女に関するデータは全く発見できなかった」

「そんな、あんな特徴的な外見をしているのに」

 情勢的な問題で今では身元の特定は難しくなっているのは明らかだが、純白の肌に、薄水色の髪、黄色く輝く瞳など、いかにも特徴的な外見をしているのに名前すら分からないのは妙な話だ。

「そうだ!妙といえば」

そう言うと、岡本中佐が胸ポケットの中から一枚の写真を取り出した。

「k-26、これを観てくれ」

「これは…あの少女の腕?」

 写真には細い腕が写っている。純白な白い腕であり、あの少女の腕で間違いないであろう。だが、K-26は思わず目を疑った。

「こ、これは!傷痕?」

 写っている腕には、傷のような痕がついている。しかもただの傷ではなく、何か縫われたような形で、明らかに自然にできた傷ではない。

「そうだ、これは手術による縫い目の痕だ。しかも腕だけでなく首、太ももにも同様の痕が付いていた。」

「……」

「一般的な治療手術にしては大掛かりすぎる。一体何の手術をすればこんな風になるのだろうか…」

 疑問は増えるばかりだった。先の戦闘ではママイルの行動をいち早く言い当てて見せた。あの少女は、一般人とは違う何か特別なものがあるとK-26は直感した。

「とにかく、あの少女は身元がはっきりするまでこちらで預かることになった。そこでK-26、復帰したばかりですまないが君に仕事がある。あの少女の面倒を見てくれ。」

「え…私が、ですか?」

「あぁ、本来は医療班の連中に任せるのが適任なのだが、彼らも負傷兵の治療や民間人の救助等で人手不足だ。とてもあの少女を見きれる状況ではない。それに、上層部の連中はあの少女を連れてきたK-26に責任を取らせろ、と言ってきた。」

「…私は、使い捨ての骨董品です。民間人の面倒を見たことなどありません…」

「そう言うなK-26、旧世代のキャディット・チャイルドといえど君は一人の生きている人間だ。できない訳はない。」

「……」

「とにかく、今は補欠要員である君しか対応ができない。頼んだぞ。」

「…了解、しました。」

「食料や道具など、必要なものがあればすぐに申し出ろ、こちらで手配しておく。」

「…分かりました」

「彼女は今救護棟の203号室にいる、まずはあいさつでもして来いK-26」

「…はい、ありがとうございます。」

 K-26は内心複雑な気持ちだった。その後、自機ブルー・マンティスの整備を終えたK-26は、少女のいる救護棟へ足を運んだ。


「…ここか」

 機体の整備を終えたK-26が救護棟の、少女のいる203号室の前までやって来た。とはいえ、どう対応すればいいのかK-26は悩んでいた。出会って救護班の輸送ヘリに回収されるまでほんの数十分しか会話していなかったし、そもそも顔を覚えているのかどうかすらも怪しい。

(…悩んでいても仕方ないか)

 そう思うと、K-26は203号室のドアを三回ノックした。

「失礼します。」

 ドアをゆっくりとスライドさせ開けていく。そこには、個室用のトイレと小さなテーブル、大人用の大きなベッドが置かれている。そしてベッドの上には、やはりあの時救助した少女がベッドの上で眠っていた。

「…んぅ?」

 K-26の入ってくるのに気付いたのか、少女はゆっくりと体を起こした。

「……」

 少女はK-26の顔をじっと見つめたまま黙っていた。

「…やあ、こんにちは、その…怪我の方は大丈夫か?」

「……」

「あぁ、俺のことは…覚えて…いるか?」

「……」

 少女は黙ったままだった。

「あぁ、そうだよな、覚えてないよな、ほんの少ししか会ってないs―」

「覚えてる」

「…え?」

 今さっきまで沈黙していた少女がいきなり口を開き、K-26は唖然としていた。

「覚えてる…あの時…助けて、くれた…人」

「そ、そうか、覚えてくれていたのか」

 少女はしっかりとK-26のことを覚えていた。あんなわずかな時間しか関わっていないのによく覚えていたな、とK-26は感心していた。

「あなた…名前…何?」

「え…名前?」

 少女はこくっと頷いた。

「俺は…K-26だ」

「え?…けーつー?」

「アルファベットのKに、数字の2と6で、K-26なんだ」

「…それが名前?」

「…あぁ、まあな」

「…変な名前」

 K-26は苦笑いした。これを名前と呼んでいいのか正直悩むところだが、これ以上話してしまうと、軍の機密まで話してしまいそうなので、K-26は一旦話を変えようと、別の話題に切り替えた。

「ところで、君の名前は何か教えてくれないか?」

「私の、名前?」

「あぁそうだ」

「……」

 そう質問すると、少女は下を向いてまた黙り込んでしまった。

「…覚えて、いないのか?」

「…うん」

「…そうか」

 やはり瓦礫の下に倒れている以前の出来事などはすべて覚えていないようだ。K-26は次の質問をする。

「あの戦いの時、君は何でママイルの行動を言い当てられたんだ」

「…あの時?」

「ほら、君を助けた時に襲ってきた細長い大きなママイルのことさ。地中に潜っていた奴…覚えていないか?」

 そう、あの時自機ブルー・マンティスは中破状態で絶体絶命だった。地中に潜り、レーダーでも捉えられなかったママイルの行動を、彼女は一発で言い当てた。果たしてどうやって行動を呼んだのかK-26か気になっていた。

「…何となく」

「え?」

「…何というか、直感、そういう風に感じた…」

「直感?…それだけ?」

「うん…」

 直感で偶然言い当てられたのか。いや、それにしては都合がよすぎる。直感だけでママイルの行動を予測できるのなら、こんな甚大な被害にはならなかったはずだ。

「……」

 しかし、これ以上聴いても彼女からは何も分からない。ただでさえ彼女は記憶を失っていてどうしていいのか分からない状況だ、これ以上質問するのは彼女にとっても良くない事だ、とK-26は感じた。

「そうか、分かった。色々話してくれてありがとう。君があの時、あの場にいなかったら、俺はとっくに死んでいた。君は命の恩人だ。」

「……」

「これから俺は、君の世話を担当することになった、君が記憶を取り戻すまでの間よろしくな、必要なものがあれば何でも言ってくれ、こっちまで持って来るから。」

 その言葉を聴いて、少女はさっきまで暗かった黄色い瞳を輝かせた。

「…何でも?」

「あぁ、まあ用意できるものに限られるけどね。」

「あ、じゃあ」

「ッ?何だ、欲しいものがあるのか?」

「うん…名前…欲しい」

「へ?名前?」

「うん、{君}は…やだ」

「そ、そうか」

 確かに、このまま彼女と色々やり取りしていく中で、名無しのままでやっていくのは不便である。彼女自身も、君呼ばわりが嫌らしい。何か彼女に仮の名前を付けることになった。

「名前、か…そうだな…」

 K-26はあたりを見渡し、何かいい名前が思いつかないかと探る。ベッドの傍にはテーブルがあり、コップ、ティッシュ、雑誌等々置いてあるがどれも名前には結びつかない。

「……」

 K-26は窓の外に何かないかとカーテンを開ける。

「うッ!」

 カーテンを開けた途端、光が入り込んできた。どうやら夜が明けてしまったらしく、太陽の光が、203号室に入り込んだ。

「な、もうこんな時間なのか!」

 思えば、K-26は現場に復帰後すぐに自機の整備を一晩中行っていたため、体内時計が狂ってしまっていた。

「はぁ、もう朝日が昇るなんて、全く忙しいったらありゃしない…ん?」

 ふとK-26の頭の中にある言葉が入り込む。

(朝日…アサヒ…)

 K-26は少女に向かって言った。

「アサヒ、ていうのはどうだ?」

「…アサヒ?」

「そう、朝の日差しでアサヒだ」

「アサヒ…アサヒ」

「…気に入らないか?もっと別の名前がいいか?」

 すると少女は首を横に振った。

「アサヒでいい」

「そうか、それは良かった、他に欲しいものがあれば言ってくれ。それじゃあ―」

「待って!」

 帰ろうとするK-26をアサヒは呼び止めた。

「何だ?まだ何かあるのか?」

「…お腹…さすって」

「…は?」

「お腹…さすって」

「いや、え?」

 あまりの唐突なお願いにK-26は困惑した。

「な、何で?」

「お腹…さすってもらわないと…眠れない」

「あぁ…そう、なのか」

「お願い…お腹…さすって」

「わ、分かった」

 K-26がベットの傍らに行き、床へと座り込む。アサヒは薄い毛布をかけ、仰向けになった。K-26は毛布越しにアサヒのお腹の部分を優しく撫でるようにさする。

「こ、こんな感じか」

さらさら、さらさら。

「うん…これでいい」

 さらさら、さらさら、さらさら、さらさら、さらさら。

 すぅー、すぅー。

 気づいたら、アサヒはぐっすりと眠っていた。K-26は眠っているアサヒの顔を見つめる。

(まったく、気持ちよさそうに寝やがって…俺まで…眠気が…)

「まだ…今日のミーティングが…」

すぅー、すぅー。

 気づいたら、二人とも深い眠りについていた。

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