第58話 0か100か!!?

 黒い錫杖に、細い首を貫かれた星酔。

 やがて霧となって消えていくその姿を、呆然と見ていることしかできなかった──が、我にかえる。


「幻夜……!」


 錫杖の主、幻夜の登場に…いや、星酔に手を下したことに困惑する俺。その横で


 

 パキ…パキンッ 

 サァァァァァ……



「…………ッ」


 拘束していた妖気の鎖が霧となって消えていき、力が抜けたようによろめいた彼方を慌てて支える。


「!! 彼方……っ」


「……宗一郎……無事…?」


 自分の状態ことより、俺を心配気に見つめてくる彼方。

 その瞳は金色から元の琥珀色に戻っている……?


「無事だよ、ケガもない」


 大丈夫と笑顔を作る俺。

 足元の術も消え、もう自由に動けそうだ。


「良かったぁ……」


 彼方は安心したように微笑むと、その場に座り込んだ。

 特にケガはないようだが、流石に星酔の術や妖力生命力を奪われた影響だろうか、だいぶ弱っているようにも見える。

 ただ、柔らかい微笑みを返えされ、なんだか少しホッとしてしまう俺。

 

 ──いや、それはそれとして。


 はあくまでものエゴなのは分かっているが……俺は幻夜に視線を移す。


「……なあ、殺す必要…あったか?」


 今更責めるつもりはない…といえば嘘になるかもしれない。ただ、確認したかっただけ。

 幻夜はそんな俺を改めて真っ直ぐ見据え、答えた。


「──あったよ。仲間に…キミと彼方クンに牙を剥くというのなら」


 それが獏の特殊能力者だろうが、上層部の意向がどうかなんて関係ない。

 

「言わなかったかい? 僕にとって仲間かそれ以外、ただそれだけのことだよ」


 “仲間か、それ以外か”

 “を殺すことへの躊躇いはない”


 何を今更、そう言いたげな眼鏡越しの紫瞳。

 ……いや、そうだよな。知っている。分かっている。

 だからといって、自分を信じ慕っていたような星酔を躊躇いもなく殺せることに…少なからずショックを受けた……ような気がしただけだ。


 次の言葉を失っていた俺に、


「──、殺す気だったよ」


 彼方は真っ直ぐに俺を見つめて言った。


「え……」


 彼方から聞くとは思わなかった強い言葉。何て聞き返せばいいか迷っていると、彼方は視線を外すことなく、


「“星酔が宗一郎を襲撃し、白叡にも術をかけた”と知らせてくれたのは、深く眠らされる直前の白叡だから」


「──!」


 あの時輝魅きみは、“彼方はしばらく来られそうにない”と言っていた。

 それでも、来た──何よりも優先して。


 “白叡に何かあったら彼方が

 

 確かに、その通りだ。

 しかも今回は、あのプライドの高い白叡自らが彼方に知らせるような事態…ということは──俺や白叡の命に関わること、だった?

 白叡は彼方の中に回収済みだとしても、その状態は……?


「白叡は……無事なのか?」


「うん、星酔が死んで術が解けた目を覚ましたよ」


 苦笑をうかべて答えた彼方。

 無事と明言しないのが気にはなるが、その前に


ことで…術が……?」


 今回白叡が受けた星酔の術は、以前のようにデコピンで目を覚ます済むような軽い術ではなく、術者の命が解除のになるような強力な術だったのか?


 だから、へは……殺す気で来た、と。


 彼方と白叡の絆の強さは今までも見てきた。

 白叡とだけじゃない、仲間…大切なもののため、そこに迷いはない。


 だがそれでも彼方は、星酔を“すぐに殺さなかった”。

 いや正確には、すぐにでも殺す気だっただろうに…できなかったのか。

 ここへ来た時点でやろうと思えばできたはず。それをしなかったのは…………から。

 俺が捕まっていたから手を出さなかった…出せなかっただけ。


 そして彼方が術をかけられたのも、俺のせい……?

 罠があることを承知の上で、自らの命を危険に晒したとしても仲間のためなら──? 

 

 だがあの瞬間、あの金色の瞳──

 幻夜が殺さなければ、星酔を殺していたのは間違いなく彼方だった。

 鎖に妖力を必要以上に奪われるのが分かっていても、星酔の攻撃から俺を守るために。

 

 彼方にとっての星酔の命。

 今までは“実害”も“命令”もなかったから、にならなかっただけ。

 でも今回は違う。

 白叡にな術をかけられ、俺も捉えられていた。

 それは十分すぎるほどの実害、か。


「宗一郎は、何も気にすることないよ」


 そう仕方なさそうに微笑む彼方。


 誰かを責めても仕方がない。俺の気持ちがどうであろうかなんて、最初から意味も関係もない。

 結局は同じこと──少なくとも俺たちにとって星酔の死はだった。

 そしてそれを招いたのは他でもない、星酔自身なのだから。

 

「でも、まさか彼方が来てくれるとは思わなかった。しばらく来られそうにないって聞いてたから……」


「ん……あぁ、輝魅たちに会ったんだってね」


 それも目が覚めた白叡から聞いたのか。


「やっぱり…抜け出して来たのかい?」


「仕方ないよ、白叡と宗一郎のピンチだったからね」


 幻夜の言葉に笑顔で答える彼方。

 というところも気にはなるが……来てくれたのだから感謝しかない。


「……彼方はともかく、幻夜はどうやってが?」


 俺の疑問に幻夜は小さく笑うと


「流石に、結界なしにの姿で妖力を使われればよ」


 ああ、確かに星酔の結界は彼方が壊したし、星酔は獏の姿に戻って俺たちを殺そうとした。


「それに、それ」


 そう言って幻夜は俺の右手…腕輪を指差した。

 幻夜から借りている妖力制御腕輪これ……もしや、GPS機能的なものでもあるのか!?

 ありえなくもない…と思いつつ、改めて見ると


「…………あれ…小さなヒビが……?」

 

 いつの間にか腕輪に入った小さなヒビを気にする俺に、彼方が


「宗一郎、星酔の結界を殴って解いたんでしょ?」


「あぁ、うん。彼方がやってたから真似した……」


 俺は彼方が廃寺に張られた結界を破った時と同じように殴ったつもりだったけど、あの時はそうするしか方法が思いつかなかったのだ。


「普通に殴っただけじゃ無理だよ。無意識かもしれないけど…妖力を出したんじゃない?」


 彼方の言葉に幻夜が頷く。


「なるほど。結界を破れるほどの妖力を出したからか。……一瞬だけだったみたいだが、それもあってピンポイントでが分かったんだよ」

 

 あの時。俺自身が意識して妖力を出せたわけじゃない。本当に彼方のピンチに紅牙が反応したのかも分からない。

 それでもそのおかげで結界が破れた。幻夜にも場所ここを知らせることができたのなら……結果オーライだろう。

 ただ、小さくともヒビが入ってしまったことを気にする俺に幻夜は


「……流石に一瞬でも“紅牙の妖力”だからな…耐えられなかったか?」


 小さくそう言って、軽く俺の腕を持ち上げ腕輪を確認するが、“このくらいなら大丈夫”と嘘くさいいつもの笑み。

 ……え…本当に大丈夫…なんだよな? 妖力制御性能的に問題ないのか? 


 若干不安を覚えつつも、大丈夫と言われたら仕方がない。

 とはいえ、今回は良いタイミングで妖力が出てくれたから結界から脱出できたけど、次はどうなるか分からない。それに妖力が出せても、記憶もないままなら覚醒もないだろう。

 相変わらず俺が足手纏いになるのは変わらない。

 遅かれ早かれ再び仲間こいつらを危険に晒すことになるのは火を見るより明らか。


 今回だって、俺が捕まらなければ…彼方があんなに分かりきった罠にハマって妖力を吸収されるようなこともなかったはずなんだ。

 ──いや、彼方だけじゃない。

 白叡には俺のせいで星酔の術にやられるのは二度目。しかも今回は命の危機だったわけだよな……?


「……なぁ、もし白叡が大丈夫そうなら…少し話しをさせてほしい」


 彼方は一瞬目を見開き俺をまっすぐ見つめ返してきたが、静かに頷き──しばしの沈黙。そして、


「…………白叡」


 その呼びかけに、彼方の左手先から白叡がシュッと出てきた。

 どのくらい術のダメージが残っているのだろうか、見た感じにはいつもと変わらないように見える……一応。


 地面に降り立つ白叡に、俺は膝を付いてできるだけ視線を合わせる。


 星酔襲撃で俺が気を失った後も守ろうとしてくれたこと、危険な目に遭わせてしまったこと──たくさんの申し訳なさと感謝の気持ちをどう伝えれば良いのだろうか。


 一瞬のうちに脳内に色々な言葉が飛び交うが、結局出た言葉は


「白叡、ごめん。……ありがとう」


 白叡は一瞬その柘榴色の瞳を見開いたあと、小さく溜め息をつき改めて俺を見据えると、


『宗一郎、オレ様は命令を遂行しているだけだ。…………お前が無事でないとオレ様が彼方コイツに殺される。だから、気にするな』


 言い方こそぶっきらぼうだったが、声音には優しさがわずかに滲んでいる…ように思えた。

 返す言葉を探すものの、小さく頷くことしかできなかった俺。

 そんな、俺の気持ちを知ってか知らずか 


「やだなぁ…流石にそこまではしないよ」


 と苦笑する彼方。

 てことは、わけではないんだな?


 そんな彼方の言葉に複雑そうな表情をうかべた白叡だったが、小さく溜め息をつくと、俺を一瞥してから


『……まさか紅牙お前から謝られる日が来るとは、思わなかったがな』


 ボソリとそう呟き、彼方の肩に乗る白叡。

 その言葉に彼方は小さく笑うと白叡を優しく撫でた。


 と、その時。


「あー! やっぱりここにいた!!」


 寺の入り口から聞こえた声が響いた。

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