39.後ろにご用心
俺とメルがようやくテオス山を下山して王都の前まで辿りつくと、
「ひどい……」
「アルゼ様……」
大きな門は開け放たれ、距離が遠くて中までは見えないが、防壁の向こう側からいくつもの黒い煙が上がっているのが見えた。
それだけで王都が異常事態に陥っていることは明らかだ。
「メル、急ごう」
「はい、アルゼ様」
俺はスキルの《駿足》を使って走り出す。メルは鬼人族なだけあって素の身体能力が高いので、普通にスキルを使った俺と同等の速度で走っていた。
「なんだよこれ……」
門を通り抜けた俺は、街の様子に言葉を失う。メルもその光景を前に、何も言えないみたいだった。
――地獄だ……。
街の至るところで悲鳴や叫び声がし、逃げ惑う人々で溢れかえっていた。
建物は破壊され火の手が上がり、数日前に王都にきたときとあまりにも違う光景に動機が早くなった。
「アルゼ様、ワイバーンが!」
メルの声にハッと我に返ると、その視線の先では幼い子供とその母親の前にワイバーンが降り立ったところだった。
「――《突進》!」
俺はワイバーンと親子の間に飛び込むように割って入り
「《頑丈》! ――くっ!」
ワイバーンの振り下ろした大きな腕を剣で受け止めた。
《頑丈》で身体を強化していたのでなんとか防げたが、生身の人間がこれを喰らえば間違いなく身体が引き裂かれるだろう。
「――はあぁッ!!」
その無防備となったワイバーンの首をメルが一刀両断し、なんとか事なきを得ることができた。
「あ、ありがとうございます!!」
「無事で良かった。さぁ、早く逃げてください!」
親子にそう言って、俺は改めて街を見渡した。
こういったことはそこら中で起きており、冒険者だけでなく兵士もいっぱいいる。だが、俺たちのように上手く倒せる者たちばかりではない。
ワイバーンともなれば、低ランクの冒険者や一般の兵士では対応することも難しいだろう。
「メル、無理のない範囲で助けよう」
「――! はい、アルゼ様!」
「いいか、無茶はするなよ」
俺はメルにそう伝え、助けを求める人々の元へ走り出すのだった。
◆◇◆
「ねぇ、あいつワイバーンの攻撃を受け止めたわよ……」
「ああ……これまでの無能ならあの一撃で死んでたはずなんだがな」
アルゼたちが王都に戻ってきてからの行動を監視していたレイラとガストは、ワイバーンの攻撃をものともせずに受け止めたアルゼに驚愕した。
「いったいどういうことなんだ……本当にヤツが強くなったとでもいうのか……?」
レオは、これまでの活躍は同行する奴隷によるものだと考えていた。だが、実際目にした光景は、まるでガストのようにワイバーンの攻撃を防ぐアルゼの姿だった。
「ねぇ、レオ……あの奴隷の女も相当強いわよ。私たちはあいつに手を出さないってルイに言ったんだし、もう行きましょうよ」
「だが、監視するとルイには伝えてしまったからな……」
「レオ、見てみろよ。あいつそこら連中を助けるつもりみたいだぞ。放っとけばそのうちルイも戻ってくるだろ。それより、俺たちだってワイバーンを1体は倒すんだろ? レイラの言うように、俺たちも倒しに行くべきなんじゃないか?」
「むう……」
レオは、半ば無理にテオス山での作業をルイに押し付けてしまったことを気にしていた。その条件としてアルゼの監視をすることだったので、自分たちがここを離れることでよりルイの心象が悪くなってしまうのではないかと。
基本的に自分のことしか考えないレオであったが、ルイは《剣聖》であったため
「まぁ、それもそうか。ルイには後で適当に言いくるめるとしよう。なんたって俺たちの将来もかかってるからな。俺たちはいずれ冒険者の頂点に辿り着く存在だ。こんなところで立ち止まってるなんて相応しくない」
結局のところ、自分勝手なレオはその場を離れる決断を下した。
「ええ、そうよ! 私たちには輝く未来が待ってるんだから!」
「ああ、あのグリードとかいう男の話だと、王家とも繋がりを持てるかもしれないしな。ルイの家もこれから大きくなるだろうし、『勇猛な獅子』は安泰だな」
「たしかにお前たちの言う通りだな。この苦難を乗り越えれば、俺たちはあんな無能よりも上へ行くことができるはずだ。さっさと行くとしよう」
レオたちはルイとの約束を放棄し、手頃なワイバーンを探すために駆け出した。
「おっ、ちょうどいいところに……レオ!」
ガストが何かを見つけ、レオに声をかける。
「どうした?」
「あれを見てくれ」
ガストの指す方向には、手負いのワイバーンとそれに対峙する1人の冒険者がいた。
その周りには死屍累々といった様子で兵士や冒険者が横たわっており、
「ちょうどいいな」
「だろう?」
レオが頷くと、ガストはニタリと醜悪な笑みを浮かべた。
「ねぇ、どうしたのよ?」
2人が何か悪巧みをしていることはわかったが、レイラにはいまいちどういう意味かよくわからなかった。
「あのワイバーンはあと少しで倒せるだろう。きっと、あの辺に倒れてるやつらが頑張ったんだろうな。――だから、あの冒険者を殺して奪っちまおうってことさ」
「――ああ、なるほどね。もう! そうならそうって言ってよ!」
レイラは自分だけ気づけなかったことが少し恥ずかしく、八つ当たりのようにガストに強く当たる。
「やれやれ、むしろそれしかないだろう。周囲に誰もいないし、やるなら今だ。レイラ、まずお前の魔法でやってくれ」
「わかったわ」
レイラはワイバーンと戦っている冒険者にバレないように、そっと魔法を放つことにした。
「――【アイスニードル】」
冒険者に向けたレイラの杖から鋭い先端がある氷の塊が出来上がり、それは相手を貫かんと発射された。
「ぐあっ!?」
多少レイラの狙いとはズレたが、冒険者の腕に当たって武器を落とした。後はガストたちがとどめを刺すだろうと、レイラはほくそ笑む。
「よし! よくやった、レイラ。行くぞ、ガスト」
レオが声をかけるがガストから返事がない。
不思議に思い後ろを振り返って見たものは――、
「――ぁ」
首から上のない、まさに物を言わない死体となったガストが崩れ落ちる姿だった。
「あ……あぁ――」
そしてその後ろには、大きな口をモゴモゴと動かすレッサードラゴンがいるのであった。
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