2.1度目の追放

「――アルゼよ、お前を我がグラント家から追放する」


「はい?」


 俺がスキルを授かった日から1年後、弟の『ルイ』がスキルを授かった日のことだった。


「ま、待ってください! なんで俺が――」


「黙れ! この恥晒しめが!」


 俺はその日、初めてあんな怒りの表情の父親を見たのだった。


「恥晒しだなんてそんな……」


「これまで1年間、お前のその『特殊スキル』に期待して待ちに待ったが……もうよい。お前の代わりに、ルイが《特殊スキル:剣聖》を授かったのでな。これで我が家も安泰だ。よくやったぞ、ルイ」


「ありがとうございます、父上! これからは兄上に代わって、家のために尽くします!」


「そ、そんな……」


 俺は目の前が真っ暗になるような感覚に襲われ、膝を付きそうになるのを必死に堪えた。


 この世界では15になると成人とみられ、誰しもが教会でスキルを授かる。

 俺も1年前の今日、教会で《特殊スキル:大喰らい》を授かり――そして前世のことを思い出した。


 ――そう、俺はいわゆる転生者ってことをだ。


 それまでも、よく他の貴族とは違うって言われたけど、今にして思えば前世の考え方を色濃く継いでたからかもしれない。

 俺としては普通にしてただけなんだが。


 スキルには『一般』と『特殊』があり、『特殊スキル』は非常に稀なスキルだ。

 儀式では必ず1つ以上のスキルを授かり、多い者では3つ以上手に入れることもあった。

 ただし『特殊スキル』を2つ以上授かった例はないそうで、『特殊スキル』さえあれば『一般スキル』がいくつあろうとその価値は揺るがないとまで言われるほどであった。


 なので、当時の俺は「転生者の特権チートキター!」と喜んだものの……説明もない『特殊スキル』なんて誰もわからないので、発動する条件がわからなかったのだ。

 それでも『特殊スキル』ということもあって父親は喜び、この1年間は様々なことに協力してくれた。

 豪華な食事から質素な食事まで、


 ――そういや昆虫なんてゲテモノ系も食べたなぁ……嫌な思い出だ。


 とにかくあらゆる物を食べさせられた。スキルの名前的に、何か食べれば発動するとと考えたのだ。

 だけど――。


「結局、お前はそのスキルを発動することができなかった。ルイ、見せてやれ」


「はい、父上」


 ルイが剣を手に持ち、


「ハアアア――ッ!」


 目にも止まらぬ速さで剣を振った。


「――ハッ!」


「ひっ!」


 ルイの降り下ろした剣が、僕の目の前ギリギリで止まった。


「あ、危ないじゃないか! 当たったらどうすんだよ!?」


「はあ? 当たるわけないじゃないですか。僕は《剣聖》ですよ? 兄上みたいになんの役にも立たないスキルとは違うんですよ」


 そう言って、ルイは俺を馬鹿にするように笑った。


「これでわかったろう、アルゼ。お前はもう用なしなんだ」


「し、しかし、それでは『レティア』とは――」


「兄上、なら俺が貰ってあげますから安心してください」


「――は?」


 ――今、コイツは何と言った?


 レティアとは俺の婚約者で、美しい金髪と透き通るような白い肌、そして吸い込まれそうになる碧眼を持った完璧美少女だ。

 俺たちは、幼い頃からお互いの領地に行き来するくらいに家族付き合いがあった。


「リリー公爵家の御令嬢とは、お前からルイに替えてもらうようお願いしているところだ。幸い面識はあるし、お互いの家のことを思えば公爵もすんなり受け入れてくれるだろう」


「そ、そんな……」


 俺は今度こそ崩れるように膝を付いてしまった。


「最後の情けだ、餞別はくれてやる。このウェイス・グラントが命じる。明日この家から出ていけ。よいな、もう家名は名乗るなよ」


「兄上、お達者で! ……レティアのことはお任せください、なにもかもね」


 ルイが耳元で、下卑た笑みを浮かべてそう俺を挑発した。


「お前――ッ!?」


「なんですか?」


 ――いつの間に剣を……!


 ルイの剣先は俺の喉元に狙いを定めていた。


「……くそっ」


 こうして俺は、グラント家から追放されることになったのだった。



 ◆◇◆



「――なんてことがあって、今回もパーティー追放。俺はただ、あのままレティアと結婚してのんびり暮らせればよかったのになぁ……。でも――」


 俺は動いてみる。


「――おお!」


 今までとは比べ物にならない素早さだ。

 それに――、


「《突進》!」


 そこから更にギアが上がったような感覚で、スキルを発動した。


「うおっと、あぶね!」


 木に激突しそうになって、すんでのところで止まる。

 この《突進》は、直線的に素早く突っ込めるスキルみたいだ。


「ステータス」


 俺がそう唱えると、目の前に前世では見慣れたゲームのようなステータス画面が表示された。


【名前】アルゼ

【レベル】6

【一般スキル】《突進》

【特殊スキル】《大喰らい》


「うーむ……どうやらこの《大喰らい》、スキルを得られるだけじゃなくて、経験値もだいぶ吸収してるっぽいか?」


 俺のレベルは5だったけど、ついこの間上がったばかりだし、一角兎程度でそんな簡単にレベルは上がるものじゃない。

 もしかしたらこの《大喰らい》は、余すことなく経験値を吸収してくれるのかもしれない。


「魔物を食えば食うほど強くなれるスキル――まさに《大喰らい》っていうことか」


 一角兎を食べてからもう1日近く経ってるし、このスキルのおかげかどうやら死ぬことはなさそうだった。


「これなら、どんどん食べてどんどん強くなれるな。てか、これ控えめに言って……かなりチートじゃないか?」


 前世では食うのに困るほどの辛い人生だったから、今回はそうならないように神様が配慮してくれたのかもしれないな。

 俺がそんなことを考えていると、


「グルルル――ッ」


「おいおい……『ホーリーベア』じゃないか!」


 2メートル以上ありそうな、でかい白熊が現れた。


「さすがにこれは分が悪い……よな?」


 すぐにでも逃げ出したいところだが、ホーリーベアは完全に俺をロックオンしていて、簡単には逃してくれそうになかった。


「くっそ、やるしかない……か」


 俺は覚悟を決めてホーリーベアの眉間に狙いを定め、剣を構えた。


「ふぅ……」


 息を深く吐いて心を落ち着かせる。

 コイツは少し他の魔獣と異質で、見た目に比べて実はそんなに強くないけど、《聖なる癒しホーリーヒール》という『特殊スキル』を使うことができる。

 傷も状態異常なんかもすぐに完全に回復してしまうので、一撃で仕留めないといけないのだ。


「グオオォォォォ――ッ!!」


「――!」


 危険を感じて咄嗟に後ろに跳んだものの、


「――痛ッて!」


 服が破れ、胸からは血が出ていた。

 ホーリーベアが腕を振ってスキルを使ったのかもしれない。


「グルル……」


「くそっ、長期戦はまずいな……!」


 俺はもう一度剣を構え直し、


「ほら! 来いよっ!」


 ホーリーベアを大声で挑発した。


「グルルオォ――ッ!!」


 ホーリーベアが地面に手をついて走り出した瞬間、


「うおおぉぉ――《突進》!!」


 俺はホーリーベアに向かって走り出し、タイミングをずらすように直前で《突進》を使った。


「――ガフッ……」


 剣はカウンターのようになって、勢いがついたままホーリーベアの眉間に突き刺さった。


「はぁ……はぁ……、やった……やったぞ! ついに俺は1人でも魔物を倒すことができたんだ――っ!」


 俺は勝利をかみしめつつ、


「――おっと、こうしちゃいられない! さっそく飯だ飯」


 ウキウキとホーリーベアを食べる準備を始めた。

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