第17話 再びの対立
「俺たちは中央監視室は制圧することで脱獄を目指す」
その言葉にミカらは黙って頷いた。
既に中央監視室についての説明はし終えている。
一同も脱獄最大の障壁だと理解出来ているのだろう。異論が出る様子はない。
「そのためには二つの役割が必要になってくる。一つ目は監視室を襲撃する制圧班。二つ目は制圧班が監視室を落とすまで注意を引きつける囮班だ」
脱獄を成功するためには絶対に制圧班の存在を監獄側に悟られてはならない。
囮班が派手に暴れ回り、全ての注意を引きつける必要がある。
レイとリサの二人では一か八かの作戦になるところだったが、これだけの戦力が揃っているなら話は別だ。勝機は大いにある。
「制圧班はリサ、ジェシー、アイザックの三人。囮班は俺とミカの二人でやる」
看守として潜んでいるリサは中央監視室のある第一階層へ辿り着くのに絶対に外せない。
加えて、監視室の中で控える警備兵との戦闘は激しいものになることが予想され、制圧班にも相応の戦力が求められる。
両方の役割を果たすことが出来るリサを制圧班に組み入れるのは当然だった。
だが、リサだけで落とせるほど監視室は警備は甘くない。
戦力の層を厚くするためにも戦闘向きの『異端力』を持つアイザックが制圧班に入るのも決定事項だった。
ジェシーは戦力としてはあてにならないが監視室への侵入には《
中央監視室の扉は
加えて扉は
しかし、ジェシーが制圧班に加われれば、この二つの問題を踏み倒して監視室への侵入が可能となる。
作戦のスタートを切るためにはジェシーの存在は欠かせない。
そういう意味ではジェシーはリサ以上に今回の作戦で重要な役割を担っていると言えよう。
「待ってくれ。シュザンヌはどうするつもりなんだよ?」
唯一名前を呼ばれなかったメンバーにジェシーが「忘れてるぞ」とでも言いたげに待ったをかける。
「シュザンヌは独房に待機して両班の連絡役を担ってもらう」
シュザンヌの能力は戦闘向きではない。
制圧班、囮班の両方で戦闘が避けられない以上、連れていっても足手纏いになるだけだ。
だが、役に立たないということは決してない。
複数の人間が動く作戦で最も恐ろしいのは連携が取れないことだ。
状況を把握出来ていなければ、臨機応変な対応が出来ず作戦が破綻する恐れがある。
今回のように二つのグループに別れて動くならば尚更だ。
しかし、シュザンヌがいればその問題は解決する。
互いの状況を常に把握出来れば独断専行を未然に防いだり、適切な指示を送り合い、狭い視点に囚われない行動が可能になるだろう。
集団行動においてこれ以上のアドバンテージは存在しない。
『了解しました』
シュザンヌが念話で同意し、ジェシーも納得したように頷いた。
「オレからも言いてえことがある」
そう言ったのはアイザックだった。
「テメエら二人だけで囮が務まるのかよ? もっと人数を増やした方が――」
「駄目だ」
その言葉をレイは有無も言わさず両断した。
「監視室の警備は厳重だ。生半可な戦力で挑んだところで返り討ちに遭うのは目に見えている。囮役は少数精鋭でなければいけない」
レイの反論にアイザックは押し黙った。
今回の作戦で中央監視室の制圧は確定事項。
そして制圧の失敗は脱獄の失敗を意味する。
制圧班に戦力を注ぐのは当然でレイの言う通り囮班は最小限に留めておく必要があった。
「取り敢えずの作戦はこうだ。リサが事情を装ってアイザックとジェシーを独房から監視室へ連れてゆく。そして三人が監視室に到着したのを確認し、俺とミカが暴れ注意を引きつける。その隙に三人が監視室を制圧。防衛システムを起動し、看守らを一網打尽にする。何か異論のある者はいるか」
「ちょっと待ってほしい」
ミカが手を挙げた。
「何だ?」
「今回の作戦、人死には出したくない。だから――」
「当然だ。死んだら脱獄の意味がなくなる。ここにいる全員は生きて脱獄出来るよう作戦案は常に修正を続け――」
「いや、そうではなく……看守の人たちも死なせたくないんだ」
「…………は?」
こいつは何を言っているんだ?
そんな苛立ちと戸惑いが生み出した表情でレイは固まった。
「看守の人たちはただ己の仕事に従事しているだけだ。そこに罪はない。だから――」
「……ふざけるな」
ミカの言葉を拒絶するようにレイが遮ると、紅の双眸を静かに向けた。
「看守は全員殺す。そうしないと俺たちの脱獄が異端審問会に知られることになるぞ」
看守を生かしてはここで起こった出来事が管理者である異端審問会の耳へ入ることになる。
『異端者』が四人も脱獄したなど知られれば異端審問会は総力をもって確保に赴くだろう。
最悪の場合、教皇庁から執行者まで出張ってくるかもしれない。
そうなれば再び捕まるのは確実――いや、殺されるだろう。
看守たちは一人残らず殺さなければならない。
「そもそも、脱獄を敢行する以上奴らは全力で俺たちを殺しにくる。そんな奴らを手加減しながら相手に――」
「君たちはっ!」
今度はミカがレイの言葉を遮った。
悲痛げに顔を歪め、レイの眼光と真っ向から対峙する。
「どうしてそんなに軽々しく人を殺せるんだ……っ!」
「殺さないと生きていけないからだ」
だが、そんな様子にもレイは心動かされることなく、無感動に答えた。
「俺とて無闇に人を殺すつもりはない。だが殺すか、殺されるかしか選択肢がないのなら躊躇いなく殺す。それが生きるってことだ」
「何故そう極端な考えしか出来ないんだ! 殺し合う以外の選択肢だってあるはずだ。例えば話し合って――」
「話し合いで解決出来るならお前はなぜこんなところにいる? 『異端者』という理由だけで有無も言わされずここに連れて来られたからだろ。向こうは最初から話し合いのテーブルに着く気なんてさらさらないんだよ。そんな奴らと話し合うことなんて何一つない」
「だからと言って人を殺していい理由なんてない! 人の命は尊いんだぞ!」
どこまで行っても平行線な両者の議論。
義憤に駆られ感情のまま叫ぶミカと、淡々と理路整然に語るレイ。
そしてそれを黙って見ていたリサは静かに固唾を呑んだ。
恐らくこのまま議論が続くものなら殺し合いに発展するだろう、と。
では、どちらが先に手を出すのか。
この様子を百人に見せれば九十人が感情的に話すミカだと答えることだろう。
しかし、リサは確信していた。
先に堪忍袋の緒が切れるのは
一見冷静なレイだが、その目は静かな瞋恚の炎を宿しており、眼前の少年を今にも焼き尽くさんとするばかりの憎しみの色で満ちていた。
それにミカは気がついていないのか、あるいは気がついていながら自分の信念を貫こうとしているのか定かではないがこのまま議論を続けさせるわけにはいかない。
レイは今にも噴き出しそうな火山のような激情を辛うじて理性で抑えているが、綺麗事ばかりを並べ中身の伴っていないミカの言葉はその
これではまるで火薬庫で火遊びをしているようなものだ。
このまま騒ぎが大きくなれば看守が駆けつけ、脱獄の道は閉ざされる。
ミカがレイの怒りという名の導線に火を付けるまでにこの不毛な議論を止めなくてはならない。
「ちょっといいか」
議論を中断させようとしたリサだが、その先を越す形でレイとミカの間を声が割って入った。
「混ぜてくれよ。言いてえことあんのはオレもだからよ」
声の主はリサたち同様、今まで黙って二人のやりとりを見ていたアイザックだった。
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