第32話 幸せのなかの不安
11月を半ば過ぎて、レアンの表情が曇る回数が増えた頃。
アリシアの父であるリチャードは、レアンと話をする機会を作った。
「男同士の話をしよう」
午前中の明るい陽射しが差し込む執務室。
レアンとリチャードは、小さな応接机を間に挟んで向かい合って座った。
「レアン。キミの不安は分かっているよ」
「そうですか、
レアンの表情が曇った。
「金の魔法をかけられたアリシアは、キミに何かあれば一蓮托生。キミのご両親のように命を落とす可能性がある」
「はい。そうです」
アリシアの妊娠を知った時、レアンは純粋に嬉しかった。
だが、ある可能性に考えが至った時、一気に不安は押し寄せた。
レアンは苦しげな表情を浮かべて言う。
「私が王族に連なる血を持って生まれた以上、権力争いからは逃れられません」
「そうだね。国王夫妻に子どもがいない今は、キミとアリシアの間にできた子どもが王位に一番近いとも言えるから……狙われるね」
「はい、そうです」
リチャードの懸念に、レアンは頷いた。
「今となっては、私の命などどうでもいい。アリシアと子どもの命を守れるのなら、それで……」
「滅多なことを言うものではないよ、レアン」
リチャードは、にこやかに義理の息子をたしなめた。
「分かってます。私に何かあったら、アリシアとお腹の子どもがどんな目に遭うか……」
「そんなことを言っているのではないよ、レアン。私はね、キミとアリシアに幸せになって欲しいんだ。もちろん、アリシアのお腹にいる子どもにもね」
レアンは唇をキッと噛んだ。
幸せな一方で、不安がレアンを苛む。
自分が毒でも盛られて命を落とせば、アリシアも、そのお腹にいる子どもにも危険が及ぶ。
実際に両親がそうだった。
自然と俯いていく自分を止められないまま、レアンは呟くように言う。
「私は……自分の命に代えても、アリシアと子どもを守りたいのです」
「ハンッ。そんな暗くて辛気臭い考えは捨てなさい、レアン。キミも、アリシアも、そして二人の子ども。みんな幸せになることだけ考えたらいい」
「
リチャードの言葉に、レアンは弾かれたようにして顔を上げた。
「もしもキミに何かあれば、アリシアの身も危ない。そんなことは分かってる。親なら子どもを守りたいという気持ちもね。だけど。ねぇ、レアン。私は、キミのような生い立ちの人間をもう1人作るつもりもない」
「
レアンと視線を合わせたリチャードはニヤリと笑った。
「キミの命を守るのは私の仕事だ。護衛もしっかりつけるし、影で動いてキミを守る者たちもいる。ちょっと窮屈に感じるかもしれないが、我慢してくれ」
「
レアンには、リチャードの姿が亡き祖父と重なって見えた。
「ふふ。そうだよ。私はキミの父親だ。親は子を盾にするような真似はしない。この私がしっかりとキミを守る。だからレアン、キミはアリシアたちと幸せになることだけを考えておくれ」
「はい……はい、
レアンは頼もしい大人に守られる子どもの気分になった。
リチャードの姿に、亡き父の存在を思う。
レアンの視界が涙で少しだけ滲んだ。
リチャードは、それに気付かないふりをした。
◆◇◆
ダナン侯爵邸は広い。
門扉をくぐって建物に辿りつくまでの間には草原が広がっている。
背の低い草しか生えていない草原は、とても見晴らしがよい。
侵入者があれば、見張りにすぐ見つかってしまう。
厳選された使用人たちも、身元がしっかりした信用おける者ばかりだ。
それでも業者に混ざっての侵入があったり、納品された品物に毒を盛られたりといった騒ぎは起きた。
毒味役が倒れたこともあったが、アリシアのために常駐していた医師の素早い処理のおかげて大事には至らなかった。
危険はゼロにはならなかったが、ダナン侯爵家の者は一丸となってアリシアとレアンを守ったのだ。
津波のように押し寄せる危険が、穏やかなさざ波に変わることを願いながら、レアンは侯爵邸のなかにいてアリシアの側に寄り添い続けた。
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