第24話 夜会 2

 大広間には誘惑するように楽団の心浮き立つ演奏が響いていた。


 賑やかに

 軽やかに

 楽しげに

 踊れ

 踊れ。


 演奏に誘われるように貴族たちはヒラヒラと踊る。


 ダンスフロアに滑りでたアリシアとレアンは手を取り合って踊った。


「私はダンスの経験に乏しいから不安だな。キミの足を踏んでしまいそうだ」


「ふふ。大丈夫よレアン。上手に踊れているわ」


 見つめ合う恋人たちは足元を浮かれた気持ちのまま動かして踊る。


 近くに、遠くに、揺れるように離れては近付くふたりの距離。


 腰に回されれば愛しい人の腕は力強くアリシアをホールドする。


 レアンの愛しい人は、近くで見ても遠くで見ても美しい。


 ガヤガヤとした人々のざわめきは遠くなり、耳に届くのは心地よく響く演奏とキミの声、そして吐息。


「そうかい? 私にはキミしか見えていないから、誰かにぶつからないか心配だ」


「まぁ、レアンってば」


 うふふと軽やかに笑うアリシアが風のように優雅なターンを決め、再びレアンの腕の中に納まる。


 シャンデリアの光が足元に落とす影。


 大理石の床の上で影たちも遅れをとるものかとばかりに揺れている。


「ふぅ。なんとか一曲目が無事、終わったな」


「まだ二曲は踊らないといけないわ」

 

「私としては最後まで踊っても構わないが? 噂のラストダンスというのに興味がある」


「まぁ、レアンってば」


 うふふと笑うアリシアの軽やかな笑みのように次の曲が始まった。


 離れることなくそれを待っていたふたりは、軽やかな足取りで再び踊り始める。



「ダナン侯爵令嬢は婚約破棄のショックでおかしくなった、と、聞いていたけれど……」

「ええ、私も聞きましたわ」

「どうやら嘘だったようね」

「噂なんてそんなものですわ」

「本当に。お元気そうですし、お幸せそうですわ」


 

 噂など気にせず踊っていれば評価は変わる。それが貴族社会というものだ。


「ホントにキミは賢くて美しい。この手を離したくないよ」


「ふふふ。でも離していただかないとターンが出来ませんわ」


 ゆるりと離れた手は華麗なターンを決めるとレアンの元へと戻った。


「二曲続けて踊れば、私はキミの特別として認められるのかな?」


「そうね。三曲踊れば確実よ」


 アリシアの綺麗な笑顔に見とれてレアンの頬が赤く染まる。


「じきに結婚するというのに、わたしの婚約者さまは初心ね?」


 白い手袋をした小さな手が赤く染まった頬の上をするりと滑る。


「ん。その言葉へのリベンジは、初夜の時にするよ」


「まぁ、レアンってば……」


 真っ赤になってうつむくアリシアのつむじを見ながら、レアンは幸せだな、と、感じた。

 

 演奏は止まらずに三曲目のダンスを貴族たちに促す。


 アリシアたちは続けて仲良く踊りだした。



「でも侯爵令嬢のお相手が伯爵というのは……」

「あら。お似合いなのですから良いのでは?」

「そうですわ、とても仲が良さそうですわ」

「うふふ。若いって素敵。羨ましいわね」

「あら? お相手の伯爵さま……」

「スタイツ伯爵でしょ?」

「社交の場ではあまりお見かけしませんけど」

「美形で素敵ね」

「そうよね? お若い上に美形ですわ」


 三曲目ともなれば、話題は元王太子婚約者から今のお相手に移っていく。


 そして人々は気付く。


「綺麗な金髪をしておいでだけれど……瞳も金色ではなくて?」

「あっ……ホントですわね」  

「金色の髪に金色の瞳と言えば……」

「王族?」

「えっ、でも伯爵ですわよね?」

「スタイツ伯爵家……あっ……」


 元王太子婚約者のお相手の出自に勘の良い貴族が気付き、その動揺はサワサワと貴族たちの間に伝わっていく。


 気持ち良く踊るアリシアとレアンだったが、ふたりが四曲目を踊ることはなかった。

 

「今夜は楽しんでいただけているかな?」


 アリシアにとっては聞き慣れた声。レアンにとっては聞きたくもない声が響いたからだ。


 婚約者にギュッと手を握られたアリシアが振り返れば、そこには王太子ペドロとその婚約者であるミラが立っていた。

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