第17話 幼馴染の秘密

 風が春の温かさを含み始めた頃、オレンジのラナンキュラスが飾られた書斎にアリシアは呼ばれた。


 窓の外はまだ明るいが、背の高い本棚に囲まれた部屋は暗く、天井のシャンデリアも明るく灯されている。


 書斎に入っていくと既に両親とレアンの姿があり、小さな応接用のテーブルを挟んで向かい合っていた。

 

「そこに座りなさい、アリシア。結婚前に、話しておきたいことがあるのだ」


「はい、お父さま」


 アリシアはレアンの隣に腰を下ろした。

 

 ここで初めてアリシアは、自分が王太子の婚約者に据えられた理由とレアンの出自を知ることとなる。


「レアンが、前国王陛下の御子さま⁈」


「そうだ、アリシア」


「黙っていてゴメンね、アリシア」


 申し訳なさそうにレアンは頭を下げた。


「……いいの。私もアナタが王族に近い血筋だとは察していたわ」


 レアンは金の瞳に金の髪。


 金髪は貴族のなかでは珍しくもないが、金の瞳となると話は変わる。


 王家の血筋には金の瞳を持つ者が多いのだ。


 正統な王位継承者に近ければ近いほど、金の瞳を持つ者が多い。


 実際、王太子であるペドロは金の瞳だ。


 それにレアンと王太子は顔立ちも似ている。


 近い血縁関係であることは、何も言われなくても察することは出来た。


「前国王は若くして崩御されたので、現国王が王座についた。前国王の王妃であるレアンさまの母君も後を追うように亡くなられ……」


 父であるリチャードの言葉を引き継ぐようにレアンが言う。


「私の父である前国王ヘンドリックは若くして亡くなったあと、母である前国王のレティシアが私を生んですぐに亡くなったんだ」


 アリシアの顔が悲痛に歪む。しかし、レアンの話はそこで終わらない。


「母は知っての通り伯爵令嬢だ。元々後ろ盾が弱かった上、私は生まれたばかりの赤ん坊。だから祖父である前スタイツ伯爵が、暗殺などの心配を避けるため引き取って隠されたんだよ」


「ああ。お前も知っての通り、前国王夫妻の御子さまは亡くなったことになっている」


「はい、存じております」


 父の言葉にアリシアはうなずいた。


「前国王陛下は、毒で殺されたなど暗殺の噂があった。そこにきて娘である前王妃さまも亡くなられたのだ。前スタイツ伯爵さまの気持ちは、痛いほど分かるよ」


「ええ。私もですわ」


 リチャードの震える手を妻は自分の手でそっと包んだ。


「昔のことだ。何があったのか本当のところは知らない。ただ、父の死により母に掛けられた金の魔法は解けてしまった。それだけが理由ではないだろうけれど、母は私を生んですぐに亡くなってしまった」


「あぁ……」


 王家の魔法は美しさを見せるだけの儀式的な魔法ではない。魔力を持って生まれてくる子どもから母体を守る意味もあるのだ。


 魔法は永遠ではない。術者が亡くなれば魔法も消える。


 レアンにとって父の死は二重の悲劇を生んだのだ。


「だからこそ、ペドロがキミではなく男爵令嬢に魔法をかけたと聞いた時、頭に血がのぼった」


「レアン……」


「そんな顔をしないでおくれ、愛しい人。私はキミを悲しませたくてこの話をしているわけではないよ。確かに母も父もいなくて寂しかったけれど、私にはお爺さまもおばあさまもいた。なにより、キミが側にいてくれた」


 アリシアは言葉もなく愛しい人の顔を見る。


 レアンはそっとアリシアの頬に手で触れた。


 彼女はその手の上に自分の手を重ねて、愛しい人の顔を見つめた。


「前国王派の者たちは有力貴族揃いだ。現国王陛下に反感を持つ者も多かった。あの頃、レアンさまの存在が明らかにされていたら……」


 父の言葉にアリシアはブルッと震えた。


 レアンが言う。


「ええ。血を見る事態に発展しかねませんでした。危険な時期を過ぎて、いまのところは国も安定しているし。私自身は、権力に興味はないから不満はない」


 アリシアはホッと息を吐く。


「だが王家はレアンさまを危険視した。いくら隠してもレアンさまは金の髪に金の瞳。一目見れば王家の血筋であることは明らかだ。しかも、スタイツ伯爵家の嫡男とくれば察しが付く。そこを逆手に取って、完全に隠しきるよりも名乗らず圧をかけるほうが作戦として有効だと前スタイツ伯爵さまも考えたのだろう」


「ええ。ですけど、そのしわ寄せがアリシアに……」


 レアンがアリシアを痛ましげに見る。


「わたしに?」


 アリシアの疑問に父が答える。


「お前とレアンさまは仲が良かった。だから、王家は怖れたのだ。お前とレアンさまが結婚して、我が家をはじめ前国王派が結託してレアンさまを擁立することを。万が一にもそのような事態になれば、厄介な事になる。それで王家は、お前を王太子殿下と婚約させたのだ」


「……」


 そんな話があったなんて。


 迷惑な話だと、アリシアは思った。


「お前と王太子殿下の婚約破棄……いや、解消を王家が受け入れたのは……あれから年月が経ち、自分たちの立場が盤石であると考えたからだろう」


「そうでしょうね、お父さま。しかも新しく王太子殿下と婚約したのは、シェリダン侯爵家を後ろ盾に持つ令嬢ですもの」


「理解が早いね。さすが我が娘だ」


「シェリダン侯爵家は、商会との繋がりも強いと聞いていますわ。有力貴族との関係も良好ですし。そうなると我が家やレアンさまの立場が危うくなりませんか?」


「ああ、そこは心配いらない。私とレアンさまで有力貴族たちや商会の方には圧力をかけておいたから」


「まぁ!」


 得意げに言う父に、アリシアは驚きの声を上げた。


「スタイツ伯爵の名を出し、さらにレアンさまを見れば、だいたいの察しはつくからね。貴族も商人も、バカではやっていられない。駆け引きは必要だ」


「そのせいでキミに寂しい思いをさせてしまったけどね」


 レアンは情けなさそうに眉を下げた。


 アリシアは表情を緩めて労をねぎらうように愛しい人の頬を撫でる。 


「あー……ゴホンッ」


 リチャードがわざとらしく咳をするとふたりはパッと離れ、それぞれの椅子の上で姿勢を正した。


「あら? ふふふ」


 それを見た母が笑う。


 つられて他の三人も笑い出し、ひとしきり賑やかな時を過ごすと、真顔にかえった父が言う。


「で、だ。お前とレアンさまの結婚が実現するいまとなって、王家は少々焦っているようだ」


「そうなんだよ、アリシア。もしかしたら、キミにイヤな思いをさせることになるかもしれない」


「構わないわ。レアン。アナタの為なら……」


「ありがとう。……でも、キミが望むなら、今からでも王位に挑むのもやぶさかでないけれど。アリシアは、どう思う?」


「レアン。私は以前からのお約束通り、アナタをダナン侯爵家に婿養子として迎えることを望んでいますわ。やり返したり、復讐したり……そんな事は望んではいません。私は……アナタと幸せになることを望んでいるのよ、レアン」


 彼は蕩けるような笑顔を婚約者に向け、


「喜んで従うよ」


 と、言うなり彼女を抱きしめた。


 アリシアは彼の腕の中で固まり、両親は何とも形容しがたい表情を浮かべて見ていた。


 が、咎める者は誰もなく。


 未来のダナン侯爵が腕をほどいたのと同時に書斎は再び笑い声で満たされた。

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