三話: Intruder from Space
ゴウ、ゴウ、と遠くから聞こえる地鳴りで、真白も総介も目を覚ました。総介がトラックの荷台から出てきた時、真白は瓦礫の壁から体が出ないように気を付けて伏せつつ、そっと壁の向こう側を覗こうとしていた。総介に気づいた真白は、彼を自身の体に登らせる。
双眼鏡を手にした総介が壁の向こう側で見つけたのは、一頭のゾウだった。だがただのゾウではない。遥か遠くにいるにもかかわらず、それは朝焼けの中でハッキリとその輪郭を示していた。ゾウが足を動かす度に、ゴウ、ゴウと地鳴りが生まれる。
「巨大化したゾウだ。大丈夫、距離は遠い。それにゾウって元々草食だろ? こちらから刺激しなけりゃ問題ないさ」
総介がそう言ったので、真白も頭を壁から出して“巨大化ゾウ”を見た。
その足取りはゆっくりで、どこか寂し気にトボトボと当てもなくそれは彷徨っていた。どこから来たのか、どこへ行くのか、真白たちはおろか自分自身でも分かっていなさそうに。
総介が身支度を終え、真白と共に動き出すのと入れ替わりで、巨大化ゾウは足を畳んでいた。それは真白に気づいていたようだが、顔を向けるのみで特に何をするでもなく、去っていく真白を見ていた。
◆◆◆
「ゾウって本来群れで行動するもんだったはずだ。ひとりきりなのは寂しいだろうな」
川を越え、真白と総介は再び高層ビルの立ち並ぶエリアへと戻ってきた。崩れてしまったものも多いが、多くのビルはその高さを折れずに保っている。中には真白の身長さえ超えるものも遺っており、おかげであちこち歩き回らないと街の全容が見えないのは、かつてここにあった人間社会の複雑さの表れなのかもしれない。
「わたしたちと同じだね、きっと。あのゾウさんも仲間を探してたのかな」
「かもな。人間も動物も、みんな離れ離れか」
真白は荒れ果てたコンクリートの道路を道なりに進んでいた。普通の人間だったら直進するだけで日が暮れてしまいそうなほどに障害物の積まれた道をいとも容易く踏み越え、街の奥深くへとどんどん進んでいく。その真白が抱きかかえるトラックの屋根で、総介はビルを一棟一棟眺めていた。
その中で中腹に大きな穴を開けたビルを見つけた総介は、何か気になるものを見つけたのか真白をそれの前で止め、彼女の手のひらをリフト代わりにビルの中へ入って行った。
真白も総介の入った穴の中を覗く。彼が向かったのは、フロアの一角にあった本屋らしかった。数分後、本屋から出てきた総介は何冊かの本を脇に抱えていた。
「何の本?」
「“
真白の伸ばした手のひらに再び乗り移った総介は、一冊の本を掲げて見せた。真白は総介ごと手をグッと近づけて目を細めタイトルを読む。
“GHOE ~地球外からの脅威~”。安っぽいSF小説にありそうな、そんなタイトルの本だった。他の本も一様に似たようなタイトルで、何かの企画で同じ題材の作品を色んな作家に書かせたかのようにさえ見えてくる。
だが、これらの本が決してフィクション作品などではないことは、総介たちの反応を見れば明らかだった。
「書かれたのはどれも今から八年前らしい」
「八年前……“マザー”が地球に落ちてきた年、だっけ」
「ああ。確かに世界的な脅威ではあったけど、まだ“奴ら”が一体だけだと思ってて、海の向こうの出来事だった頃だ。だから呑気に本を書いてるくらいの余裕があった」
「ふぅん……それがどうして気になるの?」
「昨日缶詰漁りをしてたときも思ったんだが、小綺麗なんだよ。この街は」
「綺麗?」
「ああ。生きてる人が見つからないけど、死んでる人も見つからない」
抱えていたトラックに総介を戻しながら、真白は足元を見た。ひび割れたアスファルトの隙間に、僅かに緑色が見えた。
「この街には“クリーチャー型”がいたけど。それでみんな逃げたんじゃないの?」
「俺の想像でしかないが、きっと順番が逆なんだよ」
真白が再び歩き出す。角を曲がると巨大な陥没穴があった。中には何もいなかった。
「つまり、あいつに襲われて避難したんじゃなくて、とっくの昔にこの街は放棄されてて、そこにたまたま昨日の奴が住み着いたんじゃないかって」
「だから、八年前の本が本屋ごと残ってた?」
「実際のところはもうちょっと最近放棄されたのかもしれないけどさ、この壊れ方は“戦いの痕”じゃない気がする」
ビルとビルの隙間に立体駐車場らしき建造物があった。車は一台もなかった。その後ろに、また別の巨大陥没穴が開いていた。
「でも、それじゃあここを探したって誰もいないよ」
「元いた住民は、そうだろうな。でもこんなに高いビルが沢山残ってて目立つんだ、俺たちと似たようなことを考えてる人がやって来ている可能性はある」
しばらく歩き続けた。
窮屈な網目の道を一本ずつ辿って、高架の高速道路をしゃがんで潜り、総介を降ろして地下鉄の入り口を覗き。
開けっ放しの改札口で千切れたストラップを拾い、雑誌しか残っていないコンビニの棚を覗き、オフィスの壁に真っ白なシフト表を見て、それでも誰の声さえ聞こえはせず。
探して、探し続けて。
ようやく見つけた、ビルの隙間に見える影へ駆け寄った。
そこには、
……
…………
………………
沢山の瓦礫をかき集めて真白と同じくらいの大きさの山が作られ、その頂点に長い鉄骨が一本立てられた。作業を終えた二人は、並んでそっと手を合わせ目を閉じた。
立ち上がろうとして、総介が何かを見つけた。それはか細い鉄棒に括り付けられた血染めの旗だった。すぐ隣にはほとんど消えかかったタイヤの跡が点々と、どこか遠くへと続いていた。
「確かに、わたしたちと同じようなことを考えてた人はいたね……でもやっぱり、ここにはもう誰もいないよ」
「そうかもしれない。けど」
けど、そう言って総介は一点を指差した。
その先にあった建物は、真白が二人縦に並んでも届かないほどに高い、間違いなくこの街で最も高い建物だった。
「まだこの街でやれることはある」
◆◆◆
「三十年以内に地球へ衝突する可能性の高い天体」だったそれの正体は、意思を持つ生命体だった――核ミサイルロケットの撃墜を引き金に、巨大生命体“GHOE”は我々の計算を狂わせるかの如く急加速を開始した。タイムリミットまで一年を切った今、衝突予想地点に設定された北ヨーロッパの避難対象者約一億人は、未だ全員の避難が完了していない。なぜGHOEは地球を目指すのか? 人類はGHOEを止められないのか? 我々になすすべはあるのか? 数多くのメディア出演経験を持つジャーナリスト・高柳佑馬が、NASA関係者からの衝撃の証言を基に人類史上最大の脅威を読み解く。
――GHOE ~地球外からの脅威~ 紹介文より引用
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