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 1人の男が、遠くで聞こえる騒音を耳にした。

 手にした槍と背後にそびえる大きな木の壁と門から、彼がここの門番であることが分かる。簡素な革鎧付きの衣服はくたびれていて、ボサッとした髪をボリボリ掻いている。門を挟んで向かい側にいる、彼と同じ格好をした相方の門番にいたっては完全に瞼を閉じて壁に身を預けていた。

 そんな様子なので、男は最初に聞こえた騒音を「動物が縄張り争いでもしてんだろうな」と気に留めなかった。2度目に聞こえてきた騒音も、気に留めなかった。

 3度目の、誰が聞いても人間の悲鳴だと分かる騒音が至近距離で聞こえてきて、ようやく男の危機察知能力が働き始めた。だが門番としてその初動はあまりにも遅すぎたと言わざるを得ない。男が音のする方へ顔を向けた時には、それはもう目の前にいたからだ。


「うわぁぁぁぁっ! 壁だ! いや床!? 壁か!」

「どっちでもいいよ! ぶつかるっっ!!」

「あわわわわわわ」

「――――なんだこいつらうわ危ねなんだこいつら!?」


 珍しい衣服を着た青年1人、それ以上に珍しく美しい女性1人、知っている顔の女の子1人。この3人組が塊となって、水平のはずの道をのであった。おまけに大小さまざまな石ころや木の枝やら木そのものまで引き連れて転がってくる。水平を。

 数秒後、ガラガラガラガラドドドドド!!!! と衝撃の波が壁を打つ。少なくとも門番の背後にあった木の壁は、己の役割をきちんと果たしたようだった。


「ゲホ、ゲホッ……いてて……何かわからないけど止まった……」

「ここは~、集落でございましょうか~?」


 土煙の中から、3人組が体を起こす。さっきまで水平を転がっていたのに、今は普通に立っている。門番の男は気が動転しそうだったが、唯一の顔見知りだった女の子に話しかけられ正気を取り戻した。


「あ、れ? ここウォルン村? 門番さんだよね、あたしだけど……分かる?」

「えっあっはい分かります、ディーン村の――」

「うん、そう! あたし! そのー、ちょっと事情があって……まぁちょっとどころじゃないんだけどさ、ひとまず、1晩でいいから村に入れて欲しいんだけど……」

「えっ、えっ、どうぞお入りください……」

「あはーやっぱダメだよね……っていいの!? 逆に!?」


 あるいは既に気が動転していたのかもしれない。知り合いが1人付いているとはいえ、明らかにこの辺の者ではない謎の人物2人をあっさりと村に入れてしまったのだ。

 門番の男は向かいの相方を見た。寝ていた。

 そう遠くないうちに、2人は門番を交代になるだろう。


◆◆◆


「一応あたしは何度もウォルン村に来たことはあったけど、まさかあの状況からでも村に入れるとは……」

「まーまー、入れたんなら結果良ければってやつだろ」


 りんごちゃんを先頭に、ライと女神さんは村の門から続く大通りを進んでいた。

 ウォルン村。墜落直前に垣間見たディーン村を除けば、ライたちにとって初めての異世界の集落である。

 やや不揃いな石道に沿って並ぶ民家は石や木で造られていて、窓と思われる分厚い木枠の中にはガラスではなく細い木々が並んでいた。民家の間にポツポツと紛れる何かの商店たちは、空が赤みを増してきたのもあって店じまいの準備に移っている。それでも人の往来は絶えておらず、1日のギリギリまで営みを続けようとしているような、そんな活気を感じる村だった。

 村の人々は髪色がやけにカラフルである点以外は、これといって変わりのない普通の人間たちだった。耳の長いやつとか青白い肌をしているやつとか、そういう類の存在は見当たらない。しかしやはり彼らから見ても異世界人と異世界神には何か自分たちとの違いを感じるのか、ライと女神さんを物珍しそうな目で見ていた。

 と、ライが村の様子を観察していると、りんごちゃんが1軒の民家を指差して立ち止まった。


「ここなら1晩は泊めてもらえるかも。うちの農園のお得意先なんだ」


 そう言ってりんごちゃんは民家のドアをノックする。中から出てきたのはやや腰の曲がった白髪の男性だった。「こんばんは、フェンさん」と挨拶し、事情を説明するりんごちゃん。とはいえ事情が事情なので、だいぶ説明しづらそうにしていたが。


「あらあ、なんだか大変なことになってるんだね。とりあえず中で話を聞こう」


 りんごちゃんの背後に並ぶ1人と1柱も含めて、このフェンという初老の男性は快く一行を家の中に招いてくれた。ロウソク、かまどの火、外光の3つで照らされた屋内は、薄暗くも不思議な暖かさを感じさせる。木製の家具たちは恐らくみな職人の手作りなのだろう、椅子の1つとして同じ形のものはなく、素朴だが賑やかな印象を与える。


「あらまあ、こんばんは繧�繝エ�。ちゃん。そちらのおふたりは?」

「人から呼ばれるのもダメなの、あたしの名前……ええと、こんばんはユーノさん」


 家の奥から出てきたのはフェン同様に白髪の生えた女性、ユーノ。フェンの妻だという。


「はじめまして~フェンさんユーノさん~。わたくしたちは~その~、ここより遠くから来ました、旅のものでありまして~」

「へえ、旅人さんなのね。こんな田舎までよくいらっしゃって」

「それで、さっきフェンさんにも話したんだけど、今うちのディーン村が大変なことになってて……なんていうか、すごい嵐が来たみたいに村中のものや人が吹っ飛んじゃってるの」

「嵐? こっちではそんなふうなの見かけてもないけどねえ」

「嵐のような勢いでというか……とにかくディーン村がメチャクチャになってあたしん家も飛んでっちゃってさ。あたしと、こっちの――旅人? さんたちも宿無し状態。だからお願い! 1晩でいいから泊めてください!」


 ガバっと勢いよく頭を下げるりんごちゃん。続いてライと女神さんも「お願いします!」と頭を下げる。


「構わないわ。貸せそうなのは1部屋しかないけれど、泊まっていってちょうだい」

「本当!? ありがとうユーノさん!」


 ひとまず今晩の宿を確保。安心したところでライのお腹がグウ、と鳴った。それを待ち構えていたかのようにフェンが鍋を持って現れた。


「余り物だけど、良ければ食べるかい?」

「うお、マジすか! ありがとうございます!」


 それを見て思わずりんごちゃんのお腹からも音が。ユーノが空き部屋を片づけるために離席し、2人と1柱での食事となった。ライと女神さんにとっては異世界初の食事だ。

 鍋の中は赤橙の優しい色合いをしたスープだった。中から具材として1口大の肉が点々と顔を覗かせている。温め直してくれたのだろうか、スープからは湯気がモクモクと立ち上っている。

 木製の小皿とスプーンを3つ貰って来てくれたりんごちゃんが着席するのを確認すると、ライが両手をパン、と合わせた。続けて女神さんもそっと手を合わせる。


「「いただきます」」

「……? そのイタダキマス、って何?」

「ん? ああ、そっか。俺たちの世界だと、よくご飯を食べる前にこうするんだ。俺の解釈だけど、食材への感謝とか、作ってくれた人への感謝とか、そういう意味があるんじゃないかなって俺は思ってる」


 ふーん、と感心した様子のりんごちゃんは、おもむろに右手を甲が外に向く形で胸に当て、指を左手で包んで目を閉じた。


「――あんまり食事のときにやったことはないけど、この世界ではこうやってお祈りするのが一般的かな。さ、食べよ?」


 それぞれの皿に取り分け、ライとりんごちゃんは具の肉から、女神さんはスープからまずは1口。口に含んですぐ、皆の顔がほころんだ。


「これはこれは~。お野菜の美味しさを良く感じられますね~」

「肉も美味い! 優しい甘さだなぁ」


 じっくり煮込まれたスープには様々な野菜のエキスが溶け込み、深いコクとまろやかな甘みが際立っている。そんな野菜エキスに包み込まれた肉は柔らかく、口の中でホロリと溶ける。余り物とは思えない絶品の1品だった。

 そんな楽しい食事の中、ふとライがスープをすくいながら言った。


「そういやさ、りんごちゃんが出してた〈ステータス〉ってアレなんなの?」

「ん、これ? ――〈ステータス・オープン〉っと」


 りんごちゃんは片手でさっと手を振りながら唱え、青白い枠と文字の光を出してみせた。相変わらず文字化けはしていたが。


「〈ステータス〉は魔法の1種、だったかな。だけど、修行して魔法使いにならなきゃ使えない他の魔法と違って、〈ステータス〉は『神が人間にかけた魔法』って言われてて、言葉が喋れるようになったくらいから誰でも使えるの」

「へー。俺たちも使えるのかな?」

「どうでしょう〜? わたくしたちはこの世界に生まれ出た者ではありませぬゆえ〜」

「ものは試しだ。〈ステータス・オープン〉!」


 りんごちゃんを真似し、手を振りながら唱えてみるライ。すると顔のすぐ隣に青白い光が現れ――


名前:ライ カネル

性別:男

年齢:15

職業:なし

居住地:なし


「「「出た!?」」」


 出た。しかも、この世界の住人たるりんごちゃんよりも割とちゃんとした表記のものが出た。


「てことは、女神さんもイケるんじゃない!?」

「わ、わたくしも……? 可能なのでしょうか〜。〈ステータス・オープン〉〜」


名前:女神

性別:女神

年齢:女神

職業:女神

居住地:女神


「……」

「……」

「……まともなのが出るの俺だけかよ!? なんで2対1で表示バグってるほうが多いんだよ!?」


◆◆◆


 食事を終えた頃にはすっかり暗くなっていた。現代日本のような電気ライトなど存在しないため、屋外の明るさが屋内の明るさにも直結している。何本かのロウソクの火がぼんやり、かろうじて部屋の輪郭を示すような暗さである。

 ライは女神さん、りんごちゃんと別れ、居間を借りてそこで寝ることになった。男女が同じ部屋で寝るのは色々マズいという判断である。流石のライもそれくらいの分別はある。


「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさいませ~」

「おやすみー」


 手持ちのロウソクが扉の向こうに消え、ライも居間のロウソクをフッと消した。完全に月明かりだけとなり、ピロロロ……と何かの虫の音色と風音だけが暗闇の中で薄っすらと聞こえていた。

 しばらくして、キリ、キリ、と静かに扉の開く音がした。そしてほとんど無音に近い足音が1つ。


「――――ライさん、此度はわたくしのせいで、このような大事に巻き込んでしまい申し訳ありません」


 静かに、だがいつもよりも引き締まった声色でライにささやく。


「ここまでの数時間、不安の音をほとんど上げられなかったこと、まこと感服の限りでありますが……突然全てから断絶され、見知らぬ地へ放り出されたのはさぞお辛いことでしょう」

「…………」

「残念ながら、ここがどのような世界なのか、わたくしにも全容は見えておりません。下手に大きくこの世界に干渉してしまうと、また森での1件と同じような事態を引き起こしてしまうやもしれません」

「………………すー……すー……」

「どれほどの時間がかかってしまうのか見当もつきませんが、わたくしは必ずや、ライさんを元の世界、元通りの時空へとお返しするとお約束………………ライさん~?」

「すー……すー……」


 穏やかな、寝息だった。


「も、もしや~、既に眠っておられる……!?」


 兼留ライ、彼は明日のことは明日考える男であった。

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