📦📦こちらスネーク。今からダンジョン配信を開始する

津雲 奏

段ボールの中の男

第1話 ダンジョンの最下層にて

「ねえ、お兄ちゃん。大丈夫?」


 無線をキャッチすると、俺の妹、悠の心配そうな声が聞こえてきた。


 ここはA級ダンジョン最下層。湿っぽくてひんやりした空気を感じながら、俺はダンボール箱の中に潜んでいた。


「ああ、大丈夫だ。問題ない。トラップに引っかかってゴーレム四体に襲われたが、なんとか元通りにしておいた。撮影は続行する」


 さっき、ラスボス手前の部屋に入った時、石畳に仕込まれていたスイッチをうっかり踏んでしまったのだ。トラップが発動し、四方の壁から巨大なゴーレムが飛び出してきた。奴らが俺に襲いかかってきたので、しばらくの間大騒ぎになってしまった。


 元に戻しておかないとこれからくるパーティの奴らに怪しまれてしまう。それで、できるだけ壊さないようにゴーレムたちを元の壁へと叩き込んでやった。

 しかし、俺の細心の注意にも関わらず、ゴーレムが少し変形したり、元の位置とは微妙にズレたりしてしまった。それもこれも、俺が自分のスキルを過信してしまっていたせいだ。


 俺のスキルは潜入スニーク


 ステルス性能の高い”ダンボール箱”をかぶることによって、相手に気がつかれずどこでも潜入することができる。だから、上級ダンジョンであろうが女子更衣室であろうが、簡単に入り込むことができるのだ。

(もちろん、女子更衣室に入ったことはない。やろうと思えばっていうことで、あくまで仮定の話だ)


 スキルの弱点としては、ダンボール箱をかぶっているせいで、足元がどうしてもお留守になりがちだというところだ。次は十分反省しなくては。


 俺は壁の様子を再度確認した。出来栄えには少々不満だったが、薄暗いのでぱっと見は分からない。時間もないのでこれでヨシとした。


 再び無線のコールが鳴る。


「そうだ、お兄ちゃん。晩御飯までに帰って来れるの?」


「ああ、どうかな? ところで今日はなんだ?」


「野菜カレー」


「そうか。玉ねぎはちゃんと炒めるんだぞ。飴色になるまで」


「わかっている」


「ジャガイモは大ぶりに切るのが一番いい。あまり煮崩れしないようにメークインを使うんだ」


「大丈夫だから、いつもの感じでしょ」


「ああ、そして、野菜は全部、にんにくと生姜、クミンとガラムマサラで炒めておくんだぞ。食べた時の香りが違う」


「わかったから、わかったから」


 悠の声がだんだんとめんどくさそうな感じになっている。だが俺は何か嫌な予感がして、悠に釘を刺した。


「あと、肉の代わりに”厚揚げ”なんて入れるんじゃないぞ」


「え…… ダメだった。だって、肉っぽいのないと寂しいじゃん。お兄ちゃんのやつには入れないから」


 悠のやつは、時々変なものをカレーに入れることがある。俺は妹のことをよく分かっているので、今回、危険をいち早く感じ取ることができた。妹はよくできたやつだが、それでも、油断できない時がある。


「ダメだ。余計な味が混じってしまう!」


「しょうがないなあ。じゃあ、揚げナスをカレーに乗っけるのでどう?」


「ありがとう。それでいい」


「じゃあ、またね」


 通信はそこで途絶え、あたりは再び静寂に包まれた。


 📦 📦 📦


 俺の名前は矢郷透、17歳の高校2年生だ。喋り方がおっさんくさいのは許してほしい。


 身寄りがない俺は、妹の悠と一緒に二人で暮らしている。悠は元気で明るくしっかり者、愛くるしい瞳と、綺麗な黒髪のショートカットが特徴の中学一年生だ。兄としてのひいき目もあるが、正直、そんじょそこらの女性では太刀打ちできないくらいの美少女だ。


 両親は俺が高校入学直前、少しの財産を残して死んでしまった。その時、悠もまだ小学6年生。一家の行末は全て俺の肩にかかっていたが、高校1年生になったばかりの当時の俺にできることは通学の合間にバイトをするくらいしかなかった。


 本当は学校を辞めて職に就きたかったのだが、悠の大反対にあい、渋々学校には通っていた。


 ただ、かなり節約はしていたが、両親が残してくれたお金も徐々に底をついてきていた。そこで、危機感を覚えた俺たちが生活を続けていくために今行なっていること。


 それが、ダンジョンの動画配信だった。


 ダンジョン…… 10年ほど前から世界はすっかり変わってしまった。世界各地に突如としてダンジョンが乱立するようになったからだった。


 原因は全く不明。だが、放っておくとダンジョンの中からモンスターがワラワラと出てくるので、人々に大きな被害が及ぶようになった。


 警察の拳銃程度では到底敵わず、当初は自衛隊が出動して戦っていた。だが、ダンジョンの数が多くなるにつれ、次第に対応が困難になっていく。結局、ダンジョンが出現したら出てこれないように出口を塞ぐしか方法がなくなっていた。


 しかし、そんな絶望的な状況で、人々の間にも変化が訪れていた。


 ダンジョンが多くなるにつれ、能力保持者スキル持ちが出現するようになったのだ。そして、これまで人類が得られなかったような強大な力を持つことができるようになった。そして彼らスキル持ちは、新しく得た力を試すためダンジョン攻略をするようになった。


 政府も積極的に彼らを支援し、ダンジョンを攻略したものには一定の報酬を与えることになった。スキル持ち同士は互いにパーティを組むようになり、次々とダンジョン攻略を成し遂げていった。


 俺も高校入学時にスキル判定を受けてはいたが、残念ながらC級スキル判定とだった。


 人気があるのはA級以上でB級でも有用なスキルなら仲間に入れてもらえる可能性はあった。しかし、C級スキルの人間は余程のコネでもない限り攻略パーティを組む相手がいない。


 スキルですでに底辺という判定を受けている俺だったが、絶望してばかりはいられなかった。徐々に親の貯金を切り崩していた俺たちは、すぐにでも金を稼ぐ必要があったからだ。


 そこで、俺はダンジョン配信に目をつけたのだ。


 ダンジョン配信はそのリアルで臨場感あふれる映像と、人々のダンジョンへの関心の高まりもあって非常に人気がある。人気パーティはダンジョン攻略の報酬の他に、攻略動画の再生数を稼いでバカにならない報酬を受け取るものもいた。さらにその中にはアイドル配信者とも呼べる人物まで出てきて大変な人気を博していた。


 もちろん、あまりに残酷な場面、例えばパーティに死傷者などが出た場合は規制に引っかかり、動画再生はBANされ、最悪アカウント停止になってしまう。だから、通常は上級パーティが低級ダンジョンを攻略する際など、攻略に余裕がある時に撮影していたものを配信することが多かった。


 スキルがC級で、ろくなパーティも組めない俺は、散々考えた末、自分のスキルを利用することを思いついた。潜入スニークというスキルは、ダンジョン深くまで簡単に潜り込めるというメリットがあった。だから、通常なら流されることがないS級やA級などに潜り込み、他人がやっている上級ダンジョンの攻略場面を、動画で勝手に撮影し配信することにしたのだ。


 高レベルダンジョンの攻略ともなると、かなりの視聴数となり、なかなか良い収入になった。もちろん、勝手に撮影しているのでアカウント停止を受ける可能性もある。そして、より多くの人気を得るには、より危険なダンジョンに潜り込む必要があった。しかし、他に手立てのない俺たちは一年以上そうやって食いつないでいたのだ。



 今日はS級パーティ”氷の貴公子”(クソみたいなネーミングだな)がこのダンジョンを攻略するという情報があったので、先にダンジョン奥深くに潜入をしていた。このパーティはS級スキル”烈風氷結波ブリザード”持ちの、氷帝と言われる男が率いている。


 S級は彼一人だが、A級スキルの人間が数人いて、最近売り出し中のパーティだ。氷帝『氷室了』はなかなかのイケメンで配信者としての人気も高い。


(まあ、せいぜい頑張ってくれよ。全滅したら配信できなくなるんだからな)


 俺がボソッとそう呟いたとき、人の足音が聞こえてきた。


 📦 📦 📦


 人数は…… 6人か。スラリとしたイケすかない長身の男、やつが氷帝か。顔だけは動画で見たことがある。そして、長剣持ちの男アタッカー盾持ちの男タンク術師キャスター(遠隔攻撃ができるスキル持ち)が氷帝の他に二人もいる、術師キャスター三人体制か、前線は薄いがなかなか贅沢なパーティだ。最後の一人は……。


 そう呟いた俺は少し驚いた。俺の知っている顔がもう一人いたからだ。


 ”清華彩音”


 俺と同じ高校に通っている高校1年生。まあ、校内では知らないものはいないお嬢様だった。


 腰まである長く艶やかな美しい黒髪、二重の大きな瞳は綺麗な深い紫色をしていた。整った顔立ちはあどけない少女っぽさと、大人びた部分が同居していて、その圧倒的な美少女ぶりは同じ高校はおろか、周囲の高校にも知れ渡っていた。才色兼備としても知られていて、成績も優秀、一年生ながら生徒会役員までやっている。


 そして、何より、彼女はS級スキルの中でも最強クラスと言われている”聖剣エクスカリバー”持ちとしても知られていた。


 (ほう、あの”清華彩音おじょうさま”がなんでこのパーティに…… まあ、俺には関係ないか)


 そもそも、同じ高校と言ったって、C級の時点で俺と彼女には接点がない。まあ、赤の他人と言ったらそれまでだ。


(まあ、俺は俺の仕事をするだけさ。見せてもらおうか、伝説級のS級スキルってやつを)


 俺の見ている間に、ラスボスの部屋の前で全員が集結していた。


 ——俺は撮影を開始した。

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