第11話 恋する街角【雑貨モンブラン】

いらっしゃいませ


『アリスcafe』へようこそ




cafeの窓辺に小さな百合を寄り添うように生けさせていただきました。

香りの苦手な方は居心地が悪いかもしれません。日を改めてご来店くださいま



本日の茶菓子は栗羊羹をご用意いたしました。


お茶は知覧茶を熱めに淹れ渋めにしております。


どうぞ ごゆるりと




――――

――――


アリスcafeから見える丘の中ほど 住宅地のなかにそのお店はございま

す。


道路沿いには駐車場が二台分と自転車置き場 胸の高さ程度の柵に囲まれてい

ます。緑色の板を不揃いに打ち付けて作られた柵に小さくお店の看板


走行中の車からこの看板を見つけるのは難しいと思われます。


柵の向こうには緑が生い茂り、駐車場からも奥の様子は見えません。

このお店は商売をする気があるのでしょうか 


看板横からS字に延びる小道を奥へ数歩入ると突然お店が現れます。



『雑貨モンブラン』



鮮やかな青色の壁面が印象的です。


広く張り出したテラスのようなお店の入り口 小道から緩やかなスロープでつ

ながっています。

正面に二枚の大きな扉 取っ手には「close」と書かれた札が揺れています。


本日は定休日 お客様の姿がないはずですね。



こんなお店でも口コミによって幅広い年齢層の女性から支持されているようで

す。

店舗の撮影は許可されておりますが、ネット上に拡散することは禁止

まさに口コミのみで輪が広がっております。



扉に近づくとカチャっと小さな音 鍵が開いたようです。


左上には小鳥さんの形をしたカメラ きっと言われなければ気が付きません

ね。


扉がゆっくりと左右へ動き出します。変形型の引き戸 広く開いて迎えてくれ

ます。



店内はこぢんまりとしていますが北欧雑貨を中心に文具や紅茶の茶葉まで並ん

だ品揃え 店主の感性のみで選ばれた品ばかり

通路が広くとってあり段差もなくバリアフリー



平坦な場所でも躓いてしまう私にはあまり効果はございませんが・・・



お店の奥に進むと「staff only」の扉  こちらも近づくと自動に開きます。

顔認証によるセキュリティを備えた自動ドア 雑貨屋さんにしては珍しいので

はないでしょうか



§



「いらっしゃぁい もうはじめてますよぉ」



間延びしたようなおっとりした声


ここの店主 「ふうか」さん


声から感じる印象そのままの落ち着いた女性でございます。

赤いアンダーリムの眼鏡がチャームポイント 伊達メガネだそうですよ。


包容力と申しましょうか 彼女のまわりはふんわりとした空気が自然に出来上

がります。


雑貨屋さんで働いていますと言われたらみなさん納得するのではないでしょう


ちなみに私よりも少しだけ「お姉さま」でいらっしゃいます。




ふうかさんの目の前には電動式の車いす 今は各種コードをつながれて動けな

いご様子

各種機器を通して送られたデータがモニターにカラフルなグラフを描いていま

す。



「もうすぐ終わりますからねぇ 大人しくしてくださいね」


電動車いすに何を話しかけていらっしゃるのですか




雑貨モンブランの店主 ふうかさん


私たちのチームではロボット制御を担当するエンジニアでもあります。



――――



ここは私たちチームのサテライトベース

主に電気工作をするための工房でございます。通称「くりくり工房」


最初はサテライトベース「モンブラン」だったのですよ。誰ですか勝手に改名

したのは・・・ 予想は出来ますけど



お店側とは違い、壁には電動工具 いろいろな加工機器も並んでいます。まさ

に工房の雰囲気


表向きのお店はこの工房を隠すための偽装工作・・・ ではなく微妙な赤字を

計上することを目的としたお店

何故なのかはじゅうななさいにはわからないですぅ



§



本日工房には可愛いお客様がお見えです。



この電動車いすの利用者 いえ この機体のパイロット「ミオ」さん


「左右への動きはもう少し機敏にしてください。加速は遅くてもいいけど最高

速度はもっと出せませんか」


いろいろと要望があるようですね。さすがパイロットです。



「左右の動きを速くすると周りの人があぶないですよ。でも・・・ そうです

ね。レバーの遊びをなくして少し反応をシビアにしましょうか」



さっそく調整を始めるふうかさん 要望を聞き取ることに慣れていらっしゃい

ます。



小柄な身体を伸ばして調整作業をのぞき込むミオさん 綺麗な三つ編みが揺れ

ています。


「最高速度はどうしますか 二倍くらいにアップですか」



かなり興奮気味に要望をしておりますが、簡単に変更できるのでしょうか


 

「危ないからやめてください。私が追い付けなかったらどうするの 今でも大

変なんだから」


ミオさんの肩を後ろから捕まえて作業の邪魔にならないように止めているのは

同級生の「葉月」さん

元気な小動物系のミオさんに寄り添うお姉さんタイプ



「だいじょうぶよぉ 今の速さが限界だからね」



「どうしてですかぁ」 不満顔のミオさん


「今の速度が法定速度限界なの これ以上速くすると車両扱いになるから歩道

を走れないわよ」



「良かった ミオは私の手の届くところにいてくださいね」


後ろから包み込むように抱きしめて頬ずりをする葉月さん ミオさん愛されて

いるではないですか



――――

――――



私がミオさんと出会ったのは病院のトレーニングルーム



歩行訓練に疲れてベンチに座っている彼女がいました。泣いていました。


私 おせっかいなんですよね。気が付くと隣に座って無言で背中をなでていま

した。



しばらくすると落ち着いたのかミオさんから話しかけてくれました。


「お姉さん 私の話を聞いてもらえますか」



    §    §    §



趣味の合う友達とお出かけの日でした。


推しの新刊を買って、映画を見て、ランチをしながら熱く語り合って、最高の

一日でした。


余韻を感じながら二人並んでの帰り道 



――― コントロールを失った車 


――― 車道側を歩いていたミオさん



気が付いた時に見えたのは救急車の中で泣きじゃくる友人の顔でした。




外傷はありませんでした。ただ左足が動かなくなりました。ただそれだけの事

です。


でも友人が泣くのです。


あの日に誘ったのは私だと あの帰り道を選んだのは私だと 車道側を歩かせ

てしまったのは私だと


友人が 親友が泣くのです。



それだけがつらいです。



    §    §    §



自分の未来を悲観する涙ではありませんでした。


心から友人を思いやる気持ちのみが伝わってまいりました。



「話を聞いてくれてありがとうございました。少し気持ちが楽になりました」



私はただ聞かせて頂いただけですよ。



§



次の日 ミオさんに会うために病院へ



談話室で待っていると約束通り車いすに乗ったミオさんがやってきました。


車いすを押しているのは親友の葉月さん 大人びて見えますね。とても優しい

目をしています。 


はじめまして お話はお伺いしていますよ。




あらそのキーホルダーはかなり前のアニメですよ。ファンなのですか


葉月さんが肩から掛けているポーチには見覚えのあるキャラクター



「このシリーズに出てくる戦闘機がかっこいいんです。変形するんですよ」


熱く語り始めるミオさん 話を聞いてみるとメカニックオタさんのようです。


それを生温かな目で見守る葉月さん その立ち位置なのですね。一般の方のよ

うでございます。



「私はこのヒロインの方が魅力的です。一途なんですよ」


あら 違いました。方向が違うだけで同じ作品を愛するオタさんでした。


でもどうしてこのアニメなんですか 


「近所のお姉さんに布教されました。ミオもなんです。今ではしっかりとファ

ンですよ。お姉さんも見てください。劇場版もあるんです。青板持ってきまし

ょうか」


さらっと「青板」の言の葉を使う時点でこちら側の人種でございます。

実はですね。お姉さんもその作品のファンなんです。かなり重度の古参です

よ。


まずは握手しましょう。


布教していただいたお姉さんにもお会いしたいですね。お茶会などで熱く語り

たく存じます。



「お姉さんは結婚して引っ越しちゃったから・・・」


ご結婚されたのですか・・・そうですよね。そんなお年頃ですよね。



・・・ ふぅ



§


 ~ 熱くオタトーク ~


趣味について語れば人柄もわかってくるものでございます。

ここまで関わってしまったのです。


もう他人ではございません。お姉さんはかなりのおせっかいでございます

よ。

今日から私たちはですからね。



§



間もなく退院できるとのこと おめでとうございます。



「でも車いすのサイズが合わないんです。もっと小さな車いすが欲しいのに 

これじゃあ宇宙そらで戦えない」


ミオさん小柄ですからね。でも戦うって誰とですか しかも宇宙と書いてソラ

と読ませていますよね。



「私が押すから大丈夫 それにあの坂じゃ一人で上がれないでしょ」


オタ発言にも動じない葉月さん 慣れていらっしゃるのですね。そしてお世話

する気満々です。



「ブースター付けたら坂なんて楽々」「どこかに飛んでいっちゃいます」



「色塗っちゃダメかな」「ダメです。これはレンタルです」



お姉さんに怒られる妹に見えてまいりました。仲の良い姉妹にしか見えません

よ。ほほえましいですね。


えっ どうしましたか 葉月さん



「姉妹にしか見えませんか」



急に空気が変わりました。ミオさんまで少し寂しそうな目

そうでしたか この距離の近さの理由がようやく分かりました。


でもですね。あえて言わせて頂きましょう。



独り身のお姉さんに向かって見せつけるとは良い度胸です。

よろしい 聞かせて頂きましょう。


退院後、お茶会に招待しますので出頭するように



お姉さんはね。おせっかいなんですよ。面倒なほどに・・・



――――

――――



偶然出会った可愛らしい女の子たち


趣味を通して「同志」になりました。そして二人の抱える複雑な想い



次回 おせっかいなお姉さん 頑張ります。







またのご来店をお待ちしております。

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