第21話
部屋の空気にふさわしくない、大きな音を立てて扉が開いた。驚いた僕はアンネと共に王座の後ろに隠れる。ユストゥスが慌てて駆け込んできて、後を村人がついてきた。あの綺麗なユストゥスの髪を村人が強く引っ張ると、引きつった顔をするのが不思議だった。彼は毅然と言葉を放つが、もはやそれを聞く者はいない。村人たちは数を増し、ユストゥスを連れて行こうとする。
「そこにいてね……」
ユストゥスは切なく最後の声を上げた。視線はこちらを向いていた。僕らに言ったのではない。ここにマルタがいた。
マルタはこんなことがあっても何も喋ろうとはせず、ただ、意識してみると存在を感じる。その息遣いや衣擦れの音が聞こえてくる。動揺しているだろうか。村人達は、透明の少女の存在をどの程度知っているのか。
「大変なことになったね」
うん、とアンネが答えた。僕が話しかけたのはマルタだった。マルタがいそうな方向に目を向けると、「私?」と声がする。
「前にもあったわ。不定期にこうなる」
鈴の鳴るような可憐な声が言う。アンネは透明の声に大層驚いて、辺りを見回した。声は何でもないことのように言い、動揺など微塵も感じ取れなかった。
遠くでユストゥスの叫び声が聞こえた。懸命に怒鳴っている、という感じだ。それは、マルタのためのような気がした。この声が彼女には何も響いていないのか。
なんて冷たいんだろう。悲しい人だ。……可哀想な人だ。
僕は胸がときめくのを感じた。
「誰だか知らないけど、誰かいるのね? お願い、私達迷宮に行きたいの。道を教えてくれない?」
「迷宮……自殺志願者? いいけど」
マルタは少し笑っていた。
ひたひた歩くマルタは、村人に一切気付かれることはない。僕達も、煤けた外套のおかげか、村人の仲間と思われたようで、すれ違っても城の連中と罵られることも犯罪者と袋叩きにされることもなかった。
いつか見た暗い階段を下りて、一番下の部屋までたどり着く。軋むドアを開けると、突き付けられた銃口が僕達を迎えた。
「こんなところまで入り込んできたか! ウジ虫ども!」
片腕の少女テラが器用にも銃を構えていた。種類なんて知らないけど、長い銃だ。今更死ぬのなんて怖くない。痛いけど。いや、やはりあの痛みを思い出すと怖いかもしれない。
アンネが少し怯えている。
「違う、テラ。久しぶり」
外套を脱ぐと、テラは僕のことを思い出したみたいだ。だけど銃は構えたまま。村の連中は皆敵、そんな目だった。
「用があるのは君の後ろの扉、迷宮だけなんだよ」
そう言うとテラは呆気にとられたような顔をした。迷宮、と呟き、道を開ける。扉への道は開かれた。
「私も行こうかな」
ふと、鈴のような声がそう言い、テラが大きく肩をはねさせた。「マルタ!?」と、信じられないものを見聞きしたような反応だ。
「マルタ、今言ったのはマルタだよな。わかってるのか? 迷宮で死んだら二度と生き返らない、本当の自殺だ」
初耳だった。いや、どこかで聞いたことがあったかもしれないが、覚えていなかった。迷宮で最後の死が待っている。
「もう飽きたから……」
感情の読み取れない声が言った。
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