四十六輪目
起きて普通にご飯食べてる俺を見て困惑してる様子だが、間違っていないので安心して欲しい。
熱は変わらず38℃ある。
「ね、寝てなきゃダメだよ?」
「もう少しだけ、ダメですか?」
「……少しだけだよ?」
秋凛さんの意図しないあざと可愛さに胸がキュンとなる。
いや、意図しないあざとさって何だろう。
熱で少し呆けてるかもしれないが、確かこんな言い回しあったような。
「あ、リンゴ」
「ふふっ。剥いてくるね」
来る途中に買い物をしてきたのか、秋凛さんは手に膨らんだビニール袋を持っており。
その中にあったものを思わず口にしてしまったが、手間のかかる弟のような反応をされて少し恥ずかしくなる。
秋凛さんが台所へ行く時、空になった皿も一緒に持っていってくれたのでソファーへ寝転びながらリンゴを待つ。
お粥なので満腹とはいかないが、腹が満たされているので横になった途端に睡魔がやってくる。
いまリンゴを切ってくれているところなのに、この欲求には抗えない。
まだ体力が落ちたまま戻っていないため、気絶するようにストンと意識は沈んでいった。
「
どれくらい眠っていたのだろう。
何かを感じて意識が浮上したが、まだ微睡の中にいるため起きることはせず寝返りをうてば。
近くに何か温かいものがあり、それを無意識のうちにギュッと抱きしめる。
「
その際、何か声が聞こえたような気がした。
起きて確認するほど大事なことでもないため、気のせいだと思い頭を空にして再び眠りに──。
「
荒い呼吸音が聞こえてくると同時に、胸へと熱い風が送られてくるため。
このままじゃ眠ることもできないので少し重い瞼を開けてみれば。
「…………秋凛さん?」
そこには俺に抱きしめられている秋凛さんの姿があった。
ちょっと声優アイドルがしてはいけないような表情をしながら俺の胸に顔を押し付け、匂いを嗅いでいる。
没頭しているのか、名前を読んでも特に反応はない。
……普段も嫌だけど、今は特に汗臭いだろうから勘弁して欲しい。
あと、布団の中がもぞもぞと動いているのは何をしているのだろうか。
「あれ、運んでくれたんだ」
「ふぇっ!? あ、う、うん、ソファーのままだと治るものも治らないから」
少し意識が冴え、いま寝ているのがソファーではなくベッドだという事に気がついた。
思わず漏れた呟きであったが今度は聞こえたらしく、慌てた様子で俺から離れ、顔を真っ赤にさせながら何事もなかったように振る舞っている。
可愛い反応に揶揄いたくなるが、まだ寝ぼけた頭でそれをやると何か取り返しのつかない事になりそうだったのでやめた。
「大変じゃなかったですか?」
俺と秋凛さんは大体二十センチほど身長差がある。
体重だって俺の方が重いのだから、よく運べたものだと思う。
「伊達にこれまでレッスンしてきてないからね。優ちゃんを運ぶくらいわけないよ!」
そう口にする秋凛さんだが、先程までの行為が頭にチラついて頼もしく見えないのだが。
むしろ、少し身の危険を感じた。
ないとは思うが、もしもの可能性として秋凛さんが俺を襲った場合、勝てないような……。
「……いま、何時ですか?」
「もうすぐでお昼だね。お腹空いてる?」
「そこそこ空いてますね」
「出来たら呼ぶから、まだ寝てていいよ」
「だいぶ体調良くなったんで、起きますよ」
まだダメだよと言う秋凛さんに体温計を持ってきてもらい、熱を測ってみれば。
37℃前半とだいぶ下がっていた。
身体の調子も朝に比べてだいぶ良くなっている。
さすがに無茶は出来ないが、ずっと横になっていても身体が痛くなってくるから適度に起こさないと。
ソファーに移動し、剥いてもらったリンゴを齧りながらスマホを弄る。
夏月さんから心配だと連絡が来ていたので、だいぶ良くなったと返しておく。
控室や衣装、一通りのリハが終わって寛いでいるメンバーなど、写真も何枚か送られてきており。
レアな写真に喜ぶよりも、外に出していいのかとまず不安に思ってしまった。
「はい、優ちゃん。うどんできたよ」
「ありがとうございます」
食欲そそるうどんつゆの香りに、急にお腹が空いてくる。
スマホを脇に置き、さあ食べようと思ったのだが。
少し悲しそうな表情でこちらを見てくる秋凛さんに気が付き、箸を止める。
「…………本当はさ。優ちゃんも私のこと、残念に思ってるのかな?」
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